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ソラニワ  作者: 緒浜
47/53

047 awake

 気がついたら朝だった。

 なにやら視界が狭く、前が見づらい。頭は重く、体はだるいし、寝過ぎた後の倦怠感が体に充満している。

 けれど気分は悪くない。目に映る景色も心なしかいつもより少しだけ明るいような気がした。

「あれ、起きたの?」

 タオルで頭をがしがしと拭きながら、ソラが洗面所から顔を出す。

「めずらしいね、こんなに早く起きるなんて。まあ、昨日の夕方から寝続けていればいいかげん目も覚めるか」

 ベッドの上でぼうっとしながら、ジインはごしごしと目をこすった。

 あれ。なにがどうなったんだっけ。

 近づいてきたソラが、こちらをまじまじと見て笑った。

「ジイン、鏡見てみな。すごい顔だよ?」

 その言葉で、どうやら目が腫れているのだと見当がついた。

 と同時に、昨夜のことをぼんやりと思い出す。

 “ずっと一緒にいるよ。どこまでも、果ての果てまで”

 そう言って笑ったソラの笑顔を見た途端、今まで抑えに抑えていた感情のダムが決壊したように溢れて止まらなくなった。

 竜毒や魔法院への恐怖、前へ進めないことへの苛立ちや悲しみ、焦燥、そして自己嫌悪。

 溜めに溜めていた負の感情がない交ぜになって溢れ出し、子どものようにわんわんと泣いてそのまま寝入ってしまったのだ。

「うう……」

 呻いてベッドに倒れ込む。

「どうしたの?」

「……自分がどうしようもなく弱っちいへっぽこダメ人間だってことを思い知らされてうちひしがれている」

 シーツに顔を埋めたままくぐもった声で答えると、ソラが吹き出した。

「へっぽこダメ人間て……まあ確かに、あんなジインは初めて見たけどね。でもべつにへっぽこダメ人間だとは思わないし、昨日のことはあんまり気にしなくていいんじゃない? 今のジインは普通とちょっと違うしね」

 普通と違う?

 首をひねって見上げると、ソラが苦笑いした。

「昨日、部屋から靴を履き忘れてきたって聞いた時、実は少し安心したんだ」

「安心……?」

 怪訝な顔で首を傾げるジインに、ソラは表情を正して言った。

「ジインは今、少しおかしくなってるんだよ。竜毒のせいで心が弱って、冷静な判断ができなくなってるんだ。当たり前だよ。いつ襲ってくるかわからない竜毒の恐怖と戦ってるんだから」

 でも、とソラが続ける。

「“おかしい”ってことは、元のジインと違うってことで、“元と違う”ってことは、いつかは元に戻れるってことだ」

「……元に戻るかどうかなんてわからないぞ」

 確信に満ちたソラの論に、今度はジインが苦笑いする。

「もしかしたらおまえが知ってる昔のおれが嘘で、今のダメなほうが本性かも」

 弱々しく笑うジインに、ソラが首を振る。金色の髪の先から雫が散った。

「そんなことない。ジインは強い人だよ。今は少し心が弱っているだけだ。大丈夫、きっと元どおりになる」

 きっぱりと断言され、そうだろうかと自分に問うてみる。

 否、多少おかしなところはあったにせよ、自分はもともと臆病なのだ。

 愛する者を失うことへの恐怖。

 自分へと向けられた得体の知れない狂気への恐怖。

 眼前に迫っているわけでないにもかかわらず、それらについて思い煩い、足がすくんで身動きがとれなくなってしまうほどに臆病なのだ。

 けれど。

 “ジインは強い人だよ”

 ソラにそう言われると、本当にそんなような気がしてくる。

 そして、ふと気づく。

 昨夜、涙とともに流れ出たのは、心の奥深くに溜め込んでいた虚無感ではないだろうか。

 幼い頃から愛する人たちを幾度も失い、非情な運命に翻弄され続けてきた。それでも希望を失わずに生きてきたつもりだが、なにをしても所詮無駄なのだという虚無感は心のどこかに潜んでいて、ふとした瞬間に顔を出しては絶望へと引きずり込もうとする。

 心深くに根を張った虚無感はそう簡単に消えるものではない。

 けれど、心なしかその影は少し薄れたように感じる。

 “ずっと一緒にいるよ”

 ソラがそう約束してくれた、あの瞬間から。

「お腹減ってるだろ? なにか作っておくから、シャワー浴びてきなよ」

 ずっと一緒にいると約束してくれた、竜の少年。

 簡単には死なない強靭な体と、それに見合う強い意志を持った、おれの大切な弟。

 ソラと一緒なら。

 今まで掴めなかったものが、掴めるかもしれない。

 望む未来を、二人で、ともに。

「シャワーですっきりして、腹ごなししたら、さっそく作戦会議だ」

 そんな想いを知って知らずか、空色の瞳を希望にきらきらと輝かせてソラはにかりと笑った。

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