041 あれから、
雲を薄く溶かした淡い色の空が、金網越しに光っている。
合成ビニルの袋を揺らしながら、少年は鉄の階段を下りていた。
青年へと変貌を遂げる間際のすっきりとした健康的な四肢に、床になじむ暗色の上着。フードを深く被っているせいで顔立ちは窺えないが、少年と呼ぶほどには幼くはなく、けれど青年と呼ぶにはまだ早い、そんな年格好だ。
かかん、かかん、と小気味よい音を立てる鉄の階段は、まるで全体が巨大な楽器のよう。
季節はそろそろ初夏にさしかかる頃だが、奈落の底から吹き上がる無機質な風にそんな気配は感じられない。
深い谷の対岸に星空のような街灯りを臨みながら、歪んだ闇に沿うように延々と続く階段を地下五階まで降りると、少年は狭く薄暗い廊下へと入った。しばらく進んで立ち止まるのは、ところどころ塗装のはがれたクリーム色のドアの前だ。
旧式の鍵を差し込み、ドアを開ける。
ドアを引いた瞬間に巻き起こった小さな風とともに、少年の頬に何かが当たった。
肩にひらりと落ちたそれを、鍵を持ったままの指でつまむ。
蝶の形に切り取られた合成紙だ。
また一匹、ひらひらと横を過ってドアを出ようとする紙の蝶を手のひらでそっと捕らえると、少年は後ろ手で静かにドアを閉めた。
床に点々と散らばる白い蝶を踏まないようにしながら、短い廊下を進む。
奥から切れ切れに歌が聞こえた。
ほしふるよには そらにわへ
いとしかなしの わかれには
すずふりふりて ふりふられ
ははとはなれて はてのはて
そして――……
必要最低限のものだけで構成されたワンルームは、地上から届く真昼の光で淡く緑みがかっていた。
その最奥、窓のある壁にくっつけるようにして置かれたベッドの上。
寝て起きたままの格好で、窓枠にもたれて空を見上げる後ろ姿に声をかける。
「起きてたの?」
手遊びの童謡が静かに途切れる。
ゆっくりと振り返ったジインが、こちらを見てふわりと微笑んだ。
「おかえり、ソラ」
あれから、一ヶ月と少し。
ジインは、まだ生きている。