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ソラニワ  作者: 緒浜
30/53

030 innocent liar

「――できたわ」

 ジインの携帯端末からコードを引き抜いて、朱世が振り返る。

「一部は壊れていたけど、データの七割はなんとか復元できたわ。たぶん『ハコ』の情報も無事だと思う」

「ありがとう」

 礼を言いながら、ソラは稼働して温まった端末を受け取った。小さなタッチパネルに触れると、黒い画面が揺らめいて、翡翠色に光る粒子がアルファベットを形作る。

 ジインが全消去したはずのデータはこの小さな電子機器のどこかに引っかかっていたらしい。“復元”という作業がどの程度手間のかかるものなのかソラにはさっぱり分からなかったが、『神の左手』の連中の話によればかなり難度の高い技術のようだ。それを実行できるプログラマーはこの広大な『彩色飴街』でも一握りで、有能ゆえに多忙な彼らと接触するためには何重にも仲介を挟まなくてはいけない。接触までにかかる費用と時間を考えると、その希少な一握りにたった二年で上り詰めた朱世が顔なじみで本当によかったとソラは心から思った。

「ええと、それで、お金のことだけど……」

 端末を握りしめながらおずおずと切り出したソラに、朱世は柔らかな印象だった目元をきゅっと吊り上げた。

「先払いでもらってるわ。この前会った時に、なにかの手違いで余計な代金を受け取っていたようだから」

 言葉の端に未だ冷めやらぬ怒りを感じ取って、ソラは肩をすくめた。

 譲り受けたプログラム・チップの代金の代わりに安否の連絡をするという約束を、舌の根も乾かぬうちにこっそり代金を支払うことでジインが反古にしたのはつい二週間前のことだ。

「ごめんね。オレは止めたんだけど」

「いいのよ。少し……いえ、かなり頭に来たけど、ジインらしいと言えばジインらしいわ」

「でも、本当に払わなくていいの? 求紅に怒られない? と言っても、実はいま払えるお金がないんだけど……」

「もう支払ってもらったって言ったでしょ? 気にしないで」

 これ以上言うと怒るわよ、とわざと眉根を寄せた朱世に、ソラは肩をすくめて笑った。

「ありがとう。助かるよ。でも、この前のお金はジインのお金だから。今回はオレの依頼だし、いつか払えるような状況になったら支払いに来る。だからそれまでのツケってことにしておいてくれる?」

 それがいつになるかはわからないんだけど、と付け加えたソラに、朱世は居ずまいを正して言った。

「……『ハコ』へ行くの?」

 朱世の静かな問いに、ソラは曖昧に笑った。朱世には詳しいことを話していない。復元したデータの使い道も、ジインの今の状況も。

「もし何か目的があって『ハコ』へ行くのなら、私も手伝うわ」

「気持ちだけで十分だよ」

「でも、」

「朱世には二葉がいるだろ」

 覚悟の滲む声音で言い、これから行う事の危うさを暗に伝える。

 そう、守るべきものが他にある朱世を巻き込むわけにはいかない。

 朱世もわかっているのだろう。辛そうな顔で短いため息を吐いた。

「……私に手伝えることがあったら何でも言って。できる限り力になるわ」

「ありがとう。でもこれで十分だよ。さっ、鳶広や他の人たちに見つかる前に行かないと」

 鉢合わせしたら面倒だからと立ち上がるソラを、朱世が廊下まで見送る。

「何かあったら、今日みたいに“アオムシ”で連絡を。……ジインを、よろしくね」

 不安げな朱世を安心させるように、力強く頷いてみせる。

 朱世に教えてもらった抜け道へと歩みかけ、ふと思い出したように振り返った。

「……残から連絡は?」

 明りの少ない廊下に満ちる薄やみの向こうで、朱世がおどけたように肩をすくめる。

「相変わらず、なしのつぶてよ」

 ちゃんと生きてるのかしら、と呆れたような声音とは裏腹に、朱世の瞳に寂しさが過る。

 ――もう関われない――。

 目の前の少女とよく似た色の瞳と、寂しげな呟きとを思い出して、わずかに心が揺れる。

 しかし、

「……きっと、元気にやってると思うよ」

 しばし逡巡した後、結局ソラはそれだけを口にしてその場を後にした。




 ――本当に奴を生かしておくのですか?――。

 薄暗い通路の先から聞こえた不満げな声に、ソラは歩を速めた。

 ――あんな化け物、信用できるはずがない――。

 静かに沸き立つ怒りと嫌悪を押し殺しながら、重い扉を押し開ける。ぱん、と何かを弾くような乾いた音が立て続けに鼓膜を揺さぶった。

 頭をこすりそうなほどに低い天井の広間。鉄板の床に引かれた線に沿って四、五人の人間が一列に並び、銃を構えて的に狙いを付けては引き金を引いている。

 『神の左手』のアジト内に設えられた射撃場は、大きな広間の片面に布張りの的を据えただけの貧相な造りだ。しかしそこに満ちる殺気の鋭さは粗雑な環境に不釣り合いなほど洗練され、集う者たちの意志の強さを表している。

 横目に鋭い視線と殺気をぶつけてくる男たちの背後を何食わぬ顔で通り過ぎると、ソラはまっすぐに列の一番奥を目指した。今まさに引き金に指をかけている赤い髪の女の前で立ち止まると、取り出した端末を突きつける。

「『ハコ』のセキュリティー情報です」

 六発の弾丸を続けざまに的の中央に命中させてから、臙脂色の瞳がちらりとこちらを見る。

「これでジインを安静に匿ってくれるんですよね?」

 安静に、という箇所にことさら力を入れて、切れ長の双眸を挑むように見上げる。

 しばしの沈黙の後、赤い唇の端がわずかに持ち上がった。

「……いいだろう」

「レインネイン!」

 抗議の声を上げるイーザウを、レインネインは視線でいなした。

「元はこちらから持ちかけた取引だ。余計なことはせず大人しくしていると約束するのなら、魔法士はこのまま匿ってやる。その端末の中身と引き換えにな」

 傍らに立つイーザウの顔が忌々しげに歪む。それを無視して、ソラはさらに言った。

「オレを作戦に加えてもらう件は検討してもらえましたか?」

「……得体の知れない化け物を作戦に加えるなんて危険過ぎます。考え直すべきです」

 これ以上ないほどに憎しみのこもった目でこちらを睨みつけながら、呻くようにイーザウが言う。あと一歩でも近づけば、ナイフの一閃ぐらいは浴びさせられそうだ。

 包帯でがちがちに固められ肩から吊られた腕では、殴りかかることはおろか、ソラに触れることさえ叶わないだろうが。

「イーザウ」

「はい」

「端末をソグバッグのところへ」

 訴えを打ち切られたイーザウの顔が赤黒く歪む。怒りに拳を震わせて今にも殴りかかって来そうな眼差しを、ソラは平然と見返した。

 自業自得だ。“たたじゃおかない”という忠告を無視してジインに手を出した方が悪いのであって、その報復によって腕が折れ曲がり作戦に加われなくなったことはこちらのせいではない。こめかみに青筋が浮かぶほど逆恨みされても、それはお門違いと言うものだ。

 まあ、どちらに非があるかなど、どうでもいいけれど。

 煮えたぎるような憎しみと、冷めきった侮蔑。温度差の激しい睨み合いをしばし続けた後、イーザウは憮然とした様子で端末を引ったくると、荒々しい靴音を響かせて射撃場を後にした。

「……化け物だからこそ、できることもある」

 扉の閉まる音を背で聞きながら独り言つように呟くと、ソラは『神の左手』の若きリーダーに一歩迫った。

「お願いします。一刻も早く、『ハコ』へ行きたいんです。あなたたちの邪魔になるようなことはしない。絶対に役に立ってみせる。先鋒でもしんがりでも何でもいい、あなたの弾よけの盾でもかまわない。オレを『ハコ』へ連れて行って下さい」

「そう焦るな」

 熱っぽいソラの訴えをそっけなく一蹴すると、レインネインは銃を構え直した。

 乾いた銃声が響く中、ソラは歯噛みした。

 焦るな、だって?

 焦るに決まっているじゃないか。

 今こうしている間にも、ジインの体は竜毒に蝕まれているのだ。

 一刻も早く、『ハコ』から自分の生体データを盗み出さなければならない。

 可能なら、その他の竜毒に関するデータや、ジイン自身に関するデータも。

 そしてそれを外国か反政府系の研究所に持ち込み、解析をする。

 時間は一瞬だって無駄にできないのだ。

 無茶苦茶な計画だと言うことは、ソラ自身よくわかっていた。

 けれど、万に一つでも可能性が残っている限り、前に進むと決めたのだ。

 進まなければ、走らなければ……前を見ていなければ、自分はきっと“壊れてしまう”。

 だから、走る。

 綱が切れて谷底へ落ち行く吊り橋を、ともに落下しながらも必死で駆け抜けるように。

 走って、走って、走り抜いて。

 必ず、向こう岸へたどり着いてみせる。

 ふっと空気が動く。

 何の前触れもなく、レインネインの銃口がこちらを向いた。

 目の前の銃身を反射的に掴んで照準を逸らすのと、がち、と激鉄が鳴ったのが、ほぼ同時。

 一秒にも満たない間の出来事だった。

「いい反応だな」

 そんなに綺麗に避けるとわかっていたら一発分残しておいたのに、とどこか白けた様子でレインネインが言う。

「武器の扱いは?」

「残にひととおり教えてもらいました」

 言うなり、ソラはレインネインの足元に置かれた数種類の銃の中から一つを拾い上げ、無造作にかまえて引き金を引いた。

 片手で構えた銃から立て続けに発せられた弾丸は、的の中心に穴を一つだけ開けてすべてそこを通過する。

 発射時の反動にもソラの腕は一ミリもぶれることなく、まっすぐに構えられたままだ。

 これが、“ヒトガタ”。

 人並みはずれた能力を見せつけられた男たちの空気が、ざわりと逆立つ。

 化け物め。

 そんな悪態が聞こえた気がした。

「お見事」

 緩慢に手を打ち鳴らすレインネインに、ソラは皮肉を込めて言った。

「一刻も早く『ハコ』へ行かなければならないので」

 真意の知れない臙脂の双眸をほとんど睨むように見上げる。レインネインの微笑みがわずかに深まった。

「おまえは運がいい」

「……?」

 怪訝な顔のソラに、レインネインがにやりと笑う。

「近々『ハコ』でセキュリティーシステムの更新と警備兵の大規模な配置換えがあるらしい。あの端末に保存されているデータを活用するなら、決行は当然システム更新前ということになる。配置換え直後の不慣れな警備兵相手なら隙を突きやすいし、そこにちょうど液体燃料の輸送日が重なれば、我々にとってこれほど都合のいいことはない」

 作戦の日程が早まる。

 思わぬ朗報に、ソラは拳を握りしめた。

「さらに幸運なことに、魔法士団の一部が砂珂国のクーデター鎮圧に派遣されることが今日決まった。こちらとしてはあまりことを急ぎたくはないのだが、偶然にもいい条件が重なっている。このままだと、本当におまえの望みどおり近日中の決行になりそうだ。……まるで神がおまえの後押しをしているようだな?」

 幸運の女神か死神かは定かではないが、とからかうように言いながら、レインネインが足元の銃を手にとる。

「だが、これは我々にとってもまたとない好機だ。それでも勝算は三割以下だが」

 的へ向けて標準を合わせる横顔から、すっと表情が消えた。

「……我々の長年の悲願だ」

 独り言のように呟いたレインネインの、あまり感情の表れない瞳の奥に、燃えるような憎悪が見え隠れする。

「これが最後の機会……たとえ命をいくつ使おうとも、今度こそ計画を成功させる。あの肥えて腐りきった西の土手っ腹に、巨大な風穴を開けてやる……飛空船が通れるくらいのな」

 パン、と的が撃ち抜かれ、間髪入れずにスライドが引かれる。

「おまえの作戦への参加を認めよう」

 視線は的に向けたまま、レインネインは淡々と言葉を投げた。

「作戦中の一時離脱も見逃してやる。哀れな兄を救うために我々の計画を利用すればいい。その代わりに、我々もおまえの“ヒトガタ”としての能力を最大限利用させてもらう。ただし……」

 瞳だけを動かして、レインネインがこちらを見る。

 底冷えするような眼光に、銃口を向けられた時よりも鼓動が早まった。

「おまえか、もしくはあの魔法士が、我々の邪魔をした時は……」

 乾いた血と同じ色の瞳が、一瞬にして鮮やかに燃え上がる。

「不死身のおまえの代わりに、あの魔法士をバラバラにして臓物をぶちまけてやるからそのつもりでいろ」




「どこへ行ってたんだ」

 部屋へ戻るなり、ジインがどこか慌てた様子で歩みよってきた。

 手洗い用のサンダルではなくブーツを履き、シャツの肩にコートを引っ掛けている。

 何かあれば、そのまますぐ外へ飛び出せるような格好だ。

「どうしたの? 何かあった?」

 深く被っていたフードを脱ぎながら訊ねるソラに、ジインが柳眉を逆立てる。

「それはこっちの台詞だよ! 目が覚めたらおまえいなくて、待ってても全然戻ってこないから、何かあったのかと……」

「ああ」

 どうやら身を案じてくれていたらしいジインに、ソラはそれがまるきり杞憂だとでもいうように無邪気な顔で笑った。

「ごめんね。心配した?」

「こんなに長い時間、いったいどこへ行ってたんだ? 奴らと何かあったのか?」

 問いつめるジインの視線をあまり意識しないよう注意しながら、ソラは何気なさを装って答えた。

「少し外を見てきたんだ」

「外へ出れたのか? 見張りなしで?」

「着替えを買いたいって言って、残に付き添ってもらった」

 シャツと下着の入った合成紙の袋を部屋の隅に置きながら、ソラは半分だけ嘘を吐いた。外に出たのも着替えを買ってきたのも本当だが、見張りは付かず実際はソラ一人での外出だ。

 嘘に適度な真実を混ぜると、驚くほど真実味が出るということをソラはここ数日で学んだ。

 自分のいないところでジインが残に問いただせばすぐバレてしまう手薄な嘘だが、ジインは疑ったりしないだろう。念のため残には後で裏口を合わせてもらうつもりだが。

「賞金稼ぎに見咎められたりしなかったか?」

 案の定、欠片も疑うことなくソラの話を鵜呑みにしたジインが心配そうに訊ねてくる。

「うん。ちゃんとゴーグル着けてフードも深く被ってたし、残がいてくれたからね。全然気づかれなかったよ。画像が出回ってるって言っても、オレぐらいの背格好の金髪はそこら中にいるからね。連中はむしろジインの方を目印にして探してるみたい」

 実際は一人歩きの途中で賞金稼ぎらしき厳つい巨漢に疑いの眼差しをよこされる危うい場面が何度かあったのだが、余計な心配をさせることもないので伏せておく。

「おれが教えたデッドスペースは見てこれたか?」

 仕切り布の向こうをちらりと伺いながらジインが声をひそめる。それに合わせるように耳元に口をよせると、ソラはわざとらしいくらいに声を落とした。

「残がいたからデッドスペースは無理だったけど、教えてもらったルートは服屋を探すフリをしていくつか確認してきたよ」

 “確認した”と言うよりも、教えてもらった逃走用の裏道は賞金稼ぎたちを避けて朱世のところへ行くために“使わせてもらった”のだが。

「人通りも少ないし隠れ場所も多いけど、こそこそしてたら逆に目立つっていう危険もありそうだよね……ジイン、とりあえず座ったら?」

 話を一度とぎらせて、ソラはジインを簡易ベッドへと促した。

 四人も入れば埋まってしまうような手狭な部屋は、二人のうちどちらか一人が立っているだけでも動きが制限される。

 壁際で所在なくたたずみながら、ジインは片足をぶらぶらさせながら言った。

「いや、少し体力つけようと思って。最近寝てばかりだったから、少しは体を慣らさないと」

「でも、あんまり体を動かさない方がいいんじゃないの?」

 不安げなソラに、ジインが小さく笑う。

「立ってるくらいなら大丈夫だよ。脱出するまでに最低限歩いたり走ったりはできるようにしておかないとな。たとえおれが万全の状態でも、たった二人でテロリストのアジトを抜け出して賞金稼ぎの大群をやり過ごすなんて簡単なことじゃないんだ。奥に入り組んでいるせいかここはピアナクロセイドの濃度が低いし、これ以上おまえの足を引っ張るわけにもいかない」

「でも……」

「ああ、ほら。右腕も少し動くようになったんだ」

 言いながら肘上まで右腕を持ち上げる。指先を震わせながらも、ゆっくりと握ったり開いたりを繰り返して、ジインは笑ってみせた。

「大丈夫、無理はしないよ。本当は多少無理してでも早くここを出たいんだけど。……連中の動向はなにか掴めたか?」

「うん、そのことなんだけど」

 一旦言葉を止めて息を吸い込む。

 そうとは気づかれぬよう心を固くすると、わざとらしく声をひそめて、ソラは切り出した。

「近々、連中がまとめて出払う日があるみたいなんだ。脱出はその日を狙った方がいいと思う。さすがに全員がいなくなるわけじゃないと思うけど、半分になるだけでもかなり楽になるだろ?」

「日時ははっきりわかるのか?」

「それはまだ。でも近くなれば、もっと詳細がわかると思う。だからそれまでは……少しやつらに協力するフリをしようと思うんだ」

「……協力するフリ?」

 夜色の目がわずかにすがめられ、ジインの纏う空気が強張る。内心冷や汗をかきながらも、ソラはやましいことなど何ひとつないような顔で夜色の瞳をまっすぐ見つめ続けた。

「連中がジインに拷問したのはイーザウとかいう奴の独断で、『神の左手』の総意じゃなかった。ああいう血の気の多い奴らにはレインネインが釘を刺してくれたみたいだけど、敵か味方かはっきりしない中途半端な状態のオレたちをここに置いておくことに納得していない連中も多い。もちろん、オレがいる限りあんな真似は二度とさせないけど、一応オレだけでも協力するフリをしておけば、奴らも手荒なことはしてこないと思うんだ。脱出ルートの下見をするにも、見張りの付き添いなしで外へ出るには嘘でも協力するフリをするしか方法が」

「本当に“フリ”で済むのか?」

 猜疑に満ちた声音が、ソラの言葉を遮る。

「まさかそのままなし崩し的にテロに参加しよう、なんて考えてるんじゃないだろうな?」

 心臓が喉元まで跳ね上がる。心の奥底まで探るような視線から目を逸らしたくなるのを必死で堪えながら、ソラは呆れたように言った。

「そんなことするわけないだろ」

「本当に?」

「本当に」

 細いパイプでできた丸イスに腰かけると、ソラは『神の左手』に対するありったけの嫌悪感を顔面に押し出した。

「ジインにあんな酷いことをした奴らなんかと手を組むわけないだろう?」

 あからさまに顔をしかめ、怒りのこもった口調を作りながらも、ソラは臓腑の奥でくすぶる残り火の気配が強くなるのを感じていた。

 実際、ソラの怒りは未だ治まっていなかった。

 今でもありありと思い出せる、椅子に縛り付けられたジインを見た時のあの情動。

 一瞬にして憤怒が体中を駆け巡った、あの感覚。

 結局ソラは、廊下の見張り二名と、部屋の内部にいた六名全員に重傷を負わせたが、今でも人を傷つけたという罪悪感は微塵もない。

 大切な人を傷つけられた、その報いを与えただけだ。

 そう、あんな奴らと手を組むなんてあり得ない。馴れ合うなんてもってのほかだ。

 ただ目的を果たすために、利用するだけ利用する。それだけだ。

「……本当に信じていいんだな?」

 怪訝さの残る眼差しで、ジインが静かに問う。

「正直、今のおれは一人でここを出ることができない。おまえの言葉を信じる以外に道がないんだ。……本当に、信じていいんだな?」

「約束は守るよ」

 喉にも舌にも引っかかることなく、さらりと嘘が吐けた。

 まるで自分自身でも、その言葉を真実だと信じきっているかのように。

「――わかった。おまえを信じるよ」

 心に鋭い痛みが走り、ソラは思わず胸を押さえた。

 それには気づかないまま、ジインが念を押すように言う。

「いいか、本当にフリだけだぞ。深く関わったり、大掛かりなことに手を出したりはするな。人の道を外れるようなこともな。強要されたら上手くかわせよ?」

「わかってる」

「フリをするのはここから逃げ出すまでの短い間だけ……奴らを油断させて、アジトと外を自由に行き来するためだけの“フリ”だからな?」

「しつこいなぁ、わかったってば!」

 何度も念を押すジインに、思わず刺々しく言う。ジインの表情がふっと緩んだ。

「なに?」

「いや……やっとわかってくれたんだなと思って」

 よかった、とはにかむように笑うジインを見て、胸の痛みがどくんと広がった。

 嘘の上手さに反比例して、心を抉る罪悪感は深く大きくなるばかりだ。

 胸の痛みを押し隠しながら、こっそりと己を嗤う。

 ナイフで人の手を差し貫くことを躊躇わない心が、ジインの些細な一挙一動でこんなにも揺らぐなんて。

「じゃあ、今日中に本格的な計画を立てないとな。まずはこのアジトの構造を把握して、潜伏先の選定とそこまでのルートを――」

 久々に見せる生き生きとした表情で、ジインが叶うはずのない脱出計画についてあれこれと思案し始める。

 気取られぬよう、訝しがられぬよう、けれど可能な限りの時間を使ってソラはジインの横顔を見つめた。

 見つめて、見つめて、網膜に焼き付ける。

 こんなに明るい表情が自分に向けられることは、もうなくなるかも知れないから。




 この手酷い裏切りを、ジインは決して許さないだろう。



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