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ソラニワ  作者: 緒浜
10/53

010 ゆれる

「“モグラ”を壊しちゃったの?」

 朱世の作業場はまぶしいくらいの光に溢れていた。狭い部屋の壁が見えないほど物やら棚やらが積み上げられているけれど、整然と並んだそれらはきちんと整理分別されていて、散らかっているという印象は受けない。

 正面のデスクには、アルファベットに埋め尽くされたディスプレイが三台。

「ああ、『ハコ』のセキュリティーを無理やりこじ開けた時に」

「『ハコ』って魔法院第三研究所のことよね。レベル5のセキュリティーに“モグラ”を使ったの? 無茶だわ」

 言ってくれれば専用のプログラムを組んだのに、と呆れる朱世の後ろで、ジインは肩をすくめた。

「まあ、コトが急だったもんで。悪かったな、チップをだめにして」

「ううん。コピーならいくらでも作れるからそれは別にいいんだけど、よく突破できたわね」

「それは“モグラ”のすばらしい性能のおかげだよ」

 腕組みをしたジインがモニターをのぞき込む。

「まさか朱世にハッカーの才能があるなんてなあ。『貧困街』にいた時にはちっともわからなかった」

 ふふ、と笑って、朱世がキーボードを叩く。

「私もまだ信じられないわ。でもね、楽しいの。ここをこうすれば、もっと速くなる。こっちを当てはめれば、もっとシンプルにって。終わりのないパズルを組み立てるみたいで」

「終わりのないパズルなんて、おれはやりたくないけどな」

 考えただけでも気が遠くなりそうだ、とジインは苦笑いした。

「それで、“モグラ”のストックはあるか?」

「あるわよ。しかも先週できたばかりの最新版」

 キャスター付きの椅子を滑らせて、朱世が薄い引き出しを開ける。黒い合成布の上に小さなチップがいくつも並んでいた。

「今なら全種類揃ってるけど、必要なのは“モグラ”だけ?」

「いや、他のも一揃い欲しい。当分ここには来れないと思うから」

 朱世の手が止まる。けれどそれは一瞬のことで、振り向いた笑顔にかげりはなかった。

「そう。じゃあ出血大サービス価格で、さらにオマケもつけちゃおうかな」

「本当? 嬉しいな」

 そう言って微笑んだジインよりもずっと嬉しそうな顔で、朱世は手袋をはめた。

「“モグラ”、“ネズミ”、“カメレオン”……クラッシャー一式にアダプターもつけとく?」

 宝石のように並べられたチップが、次々と薄いケースに収められていく。

 ソラはジインの袖を引っぱった。

「ねえ。おもしろい名前だけど、何に使うものなの?」

「ああ、プログラム・チップって言ってな。端末機に差し込んで、セキュリティーの解除とかシステムへの侵入とか、まあ色々。ほら、ラブホから院の情報にアクセスしただろ? ああいうこととか」

「ラブホって、やだ、あなたたちそんなところに泊まったの?」

 眉をひそめる朱世に、ジインが満面の笑みで答えた。

「そっ。おれたち、ラブホで寝た仲なんだ。なあ、ソラ?」

「ちょっ、何言ってんの?!」

 思わず声が大きくなる。

「寝たって、ぐーぐー寝ただけじゃん!」

「ぐーぐー寝ただけだよ? おれは他になにも言ってないけど。あっ! やだソラくんたらまさか変なコト想像しちゃった? やっらしー」

 芝居がかった仕草でぷぷぷと笑うジインの踵を、ソラは軽く蹴った。

「いてっ! おまえ、蹴るなよ」

「だってジインが!」

「相変わらず仲がいいのね」

 のんびりと言いながら、朱世はぱちんとケースを閉じた。

「はい。これで全部よ」

「ありがとう。代金は……」

「いらない」

「は?」

「お金はいらない」

「まさか、そういうわけにはいかないよ。金はちゃんと……」

「これ」

 ジインが言うのを遮って、朱世はジインの手に何かを押しつけた。

「新作の“アオムシ”よ。アルファベット100個までならどんな回線からでも送れるの。それをあげるから、落ち着いたら連絡をちょうだい。……それが、“代金”」

 金の代わりに連絡をと漆黒の瞳に見上げられ、ジインは困ったように首を傾げた。

「わかった、連絡はする。でもチップの代金はちゃんと払わせてくれ。でないと、あとで求紅に何て言われるか……」

「だめよ、受け取れない。受け取ったら、もう……二度と会えない気がする」

 呟く声がかすかに震える。なにか言いかけたジインの視線を避けるように、朱世は手をかざした。

「いいの、わかってる。ごめんなさい。迷惑よね、こんなこと……でも私は、どんな形でもいいからあなたとの繋がりを絶ちたくないの」

「朱世」

「みんな、バラバラになってしまった」

 朱世が視線を落とす。

「あの日、竜の襲撃騒ぎで群の子のほとんどが……命を落とした。無事だった子たちも結局、あの混乱で消息がわからなくなって……。あなたは私たちの群じゃなかったし、話をしたこともあんまりなくて、元々そんなに親しいわけじゃなかったけど、あの頃からの知り合いで今でも顔を合わせているのはあなたくらいなのよ。だから……あなたまでいなくなってしまったら、私……」

 朱世が唇を噛む。揺れる視線をまぶたで閉ざし、深く息を吸った。

 ゆっくりと息を吐く。再び開いた双眸には、強い光が宿っていた。

 意志の強い、生命力に溢れた目。

「とにかく、必ず生きて、無事でいてちょうだい。あなたの無事の連絡が、そのチップの代金よ。後払いでいいから、絶対に支払って」

「……わかった。約束する」

「絶対よ」

「ああ、必ず」

 器用にチップを指で回して、ジインは“アオムシ”を握り込んだ。

「そういえば、残から連絡は?」

 朱世のまなじりがきゅっと吊り上がる。

「ないわ。まったくどこで何してるんだか……たまにお金を送ってくるから、生きてはいるみたいだけど」

「残のことだ、なにか考えがあるんだろう」

「だといいけど……あれだけ溺愛してた姪っ子の顔も見に来ないなんて、どういうつもりかしら」

 ため息まじりに朱世が言う。

 残。その名前は聞いたことがあるような気がした。朱世の兄弟だろうか。ジインの知り合いなら、もしかしたら自分も知っているのかもしれない。思い出せないけれど。

 そういえば、自分が記憶喪失だということをすっかり忘れていた。

 記憶がないことへの不安は、もうほとんどない。

 きっと、ジインがそばにいてくれるからだろう。

 自分の過去は気になるけれど、思い出せないのならそれはそれでいいような気がした。

 古い記憶など、どうせ新しい記憶の中に埋もれていくのだ。

 このままジインと一緒にいられれば、新しい、楽しい記憶がどんどん増えていくだろう。

 もし、一緒にいることができるのなら……。

「……、」

 不安がちくりと胸を刺す。

 どうして、“もし、できるのなら”などと思ったのだろう。

 ぼくはジインと一緒にいると決めたのに。

「ソラくん」

「えっ?」

 やわらかな手がソラの手を包み込んだ。漆黒の瞳がまっすぐに向けられる。

 強く見つめられ、ソラの心臓は跳ね上がった。思わず目を逸らしそうになるけれど、何かを訴えるようなまなざしから視線を外すことが出来ない。

「私はあなたを信じてる。あなたと、ジインのことを」

 朱世の手に力がこもる。その両手は、まるで神に祈るようで。

「二人なら大丈夫だって、心からそう信じてるの。だから……」

「ジインー!」

 部屋へ駆け込んできた二葉がジインに飛びつく。

「コラ待て二葉っ!」

 その後を鳶広が追ってきた。

「二葉! 作業場で騒いじゃダメっていつも言ってるでしょう!」

 一喝され、二葉はジインの影に隠れた。母親の顔をうかがいながらも、瞳をキラキラさせながらジインの上着を引っぱる。

「ジイン、ちょうちょ見せて!」

「二葉、ジインは忙しいのよ」

「いいよ、大丈夫。ただしちょっとだけな。朱世、いらない新聞か何かを……」

 困ったように微笑んで、朱世が棚から新聞を取り出す。合成紙で出来たそれをテーブルに広げると、ジインはその上に片手を置いた。

 大きな目をさらに開いて、二葉はジインの手元に見入っている。

 いったい何が起こるのだろう。

 二葉の気持ちが伝染したように、少しわくわくしながらソラはジインの手を見つめた。

「え……」

 一瞬、新聞の文字が動いたような気がして、ソラはまばたきをした。

 息を呑む。錯覚ではなかった。印刷された文字がぞろぞろとうごめき、虫のようにジインの手の下に這い集まってくる。もう片方の手のひらも重ね、ゆっくり膨らませる。そこへ唇を寄せ、ジインは何事かを囁いた。

 秘密めいたその仕草は、今まで見た中で一番魔法らしい魔法だった。

 手のひらがそっと開かれる。そこには黒いアゲハチョウが一羽、ゆっくりと羽を閉じたり開いたりしていた。

「わああ!」

 机の端を掴んで、二葉がぴょんぴょんと跳ねる。

 ジインの手から飛び立ったアゲハチョウは、本物そっくりの動きでひらひらと部屋を舞った。

「すごい……」

 思わず感嘆の声が漏れる。無関心そうに入口に寄りかかっていた鳶広でさえ、アゲハチョウを目で追っていた。

 テーブルの上に残った新聞紙には、蝶の形の穴が開いている。

「ね、どうやったの?」

 訊ねるソラの耳元に、ジインはアゲハチョウから目を離さないまま囁いた。

「ヒミツ」

 部屋を何周かしたところで、アゲハチョウはひらりと二葉の手に舞い降りた。止まってしまえば、それがただ紙を切り抜いただけのものだとわかる。

 二葉がジインを見上げた。

「おしまい?」

「おしまい。ごめんな、もう行かなきゃならないんだ」

 不満げに頬を膨らませる二葉の頭を、ジインは優しく撫でた。

「今度はもっとたくさん飛ばしてあげるから。赤いのも、青いのも、黄色いのも、いっぱい」

「ピンクも?」

 母親とよく似た大きな瞳が、再びキラキラと輝き出す。

 一片の曇りもない瞳は、それ自体が美しい宝石のようだった。

「ピンクも、ムラサキも」

「じゃあ、おやくそく!」

 満面の笑みを浮かべて、二葉が小指を突き出した。ふくふくと小さな指に、ジインが自分のそれを絡ませる。

「やーくーそーくーおやくそく、やぶれば逆さまツボのなか!」

 ぶんぶんと腕を振りながら二葉が歌う。

「求紅が、六番出口まで案内しろってさ」

 面倒そうに言い、鳶広がじゃらりと鍵の束を鳴らした。

「それじゃあ、朱世」

「うん……気をつけてね。ソラくんも、元気で」

 朱世がぎこちなく微笑む。ソラはなんだか胸が苦しくなった。

 後ろめたさが残るのは、ぼくがジインを連れて行ってしまうからだろうか。

 そういえばさっきの話が途中だったが、続きを聞く時間はなさそうだ。

 ――二人なら大丈夫だって、心からそう信じてるの。だから――。

 そのあと朱世は、何と言おうとしたのだろう。

 手を振る朱世のとなりで、二葉は手のひらのアゲハチョウにしきりに息を吹きかけていた。




「……守れない約束はしないほうがいいと思うぜ」

 暗闇で鳶広が呟く。もうずいぶんと歩いた気がした。狭い通路は『彩色飴街』のさらに下層まで続いているようで、その広さと複雑さにソラは半ば感心、半ば呆れていた。

 時折通り過ぎる小さな灯りに、ジインの輪郭がぼんやりと滲む。

「守れないかどうかなんて、わからないだろ」

「守れないに決まってる。というか、オレが守らせない」

 立ち止まり、鳶広が振り返る。闇の向こうで、その眼光が鋭くなった。

「二度とここに現れないでくれ」

「は……ずいぶんと嫌われたもんだな」

「好き嫌いの問題じゃない。あんた、危ないんだよ」

 じり、とわずかに後じさる音が聞こえた。

「あんたの周りは、いつも危うい匂いがする。たまにいるんだよな、あんたみたいに厄介ごとを引きよせる質の人間てのがさ。まあ、好き好んで呼び寄せるわけじゃないだろうけどあんたの場合、厄介ごとがあんたを好いてる……そんな感じがする」

 鳶広の視線が、ジインの肩ごしにソラへと向けられた。

「いや……好かれるばかりでもないか。わざわざ『ハコ』から“ヒトガタ”を連れ出すくらいだもんな、あんたも好いてるんじゃねぇの? 厄介ごとをさ」

 先の尖った眼差し。また、あの“視線”だ。

 再びざわつき始めた胸のあたりをぎゅっと掴む。

 立ち位置をわずかにずらして、ソラはさりげなくジインの影に隠れた。

 大丈夫。ぼくにはジインがいるんだから――……。

「よりにもよって魔法使いが“ヒトガタ”を連れて歩くなんて、導火線に火のついた爆弾抱えてるようなもんじゃないか。爆発したら、いったい何人が巻き込まれると思ってるんだ? 被害を被るのがあんた一人ならかまわないさ。魔法院にたてつこうが、“ヒトガタ”を連れて歩こうが、好きにすればいい。でも巻き込まれるのはごめんだぜ」

 悲鳴のような軋みを上げて、小さな扉が開かれる。吹き抜けの闇の底へと、螺旋階段が伸びていた。遥か下に出口らしき四角い灯りが見える。わずかだが、外の空気のにおいもする。

「降りれば二十五層だ。ドンじいの医院の通りに出る。そいつと仲良くするのは勝手だけど、爆死するなら他所でやってくれ」

 くれぐれもここを巻き込むな、という鳶広の声が、吹き抜けに反響して滲んだ。

 声音が、視線が、早く出て行けと背中を追い立てる。

 爆弾? 爆死?

 ぼくのせいで、人が、死ぬ?

 それはいったい、どういうこと――。

「そうだ、これを朱世に渡しておいてくれ」

「何だ?」

「電子マネー。チップの代金だ。今は受け取らないだろうから、頃合いを見ておまえから渡してくれ」

「ちょっと待って」

 鳶広に差し出された腕を、ソラは思わず掴んでいた。

「なんだ?」

「なんだじゃないよ! そんなことしたら、朱世との約束はどうなるの?」

 少し驚いたように、ジインはゆっくりと目を瞬いた。

「連絡はするよ。でも金のことは話が別だ。餞別に受け取れるような額じゃない。おれの“連絡”にそこまでの価値があるとは思えないし」

「でも……」

 ソラが何か言うより早く、鳶広の手がチップをひったくった。

「わかった。これはオレが責任を持って朱世に渡してやるから、あんたは安心して消えてくれ」

 毎度アリガトウゴザイマシター、と憎たらしく言いながら鳶広は虫でも払うようにしっしっと手を振った。

 むっとして、思わず睨む。

 いやな奴だ。そういえば、初めて会った時も失礼な態度だった。

 いけ好かない。

 視線に気づいた鳶広が、くん、と顎を突き出す。

「何だよ、文句あんのか? 爆弾ちゃん」

「っ、さっきから爆弾爆弾って、一体どういう意味……」

「じゃあ鳶広、それは確かに頼んだからな」

 無理やり話を断ち切るように、行くぞ、とジインが上着の裾をひるがえした。

 踏み外せばそのまま一気に地獄まで転がり落ちそうな闇の中を、かかん、かかんと、リズミカルに靴音が降りていく。

 不自然に会話を遮られ、なにか釈然としない気分のまま、ソラは鳶広に背を向けた。

 階段に灯りはなく、わずかな光に浮かび上がる一段一段のシルエットを確かめながら降りて行く。

「――あの二人はオレたちが守る!」

 背中に鳶広の声がぶつかった。

「だからあんたは、もうここに現れないでくれ」

「……できるだけそうしたいけど、約束はできないな」

 かん、と靴音を鳴らして、ジインが振り返った。

「守れない約束は、しないほうがいいんだろう?」

 その明らかなからかい声に、

「……ほんっと、最後までムカつく奴だな」

 さっさと食われちまえ、と毒づいて、鳶広はこれでもかというほど力一杯、扉を閉めた。

 凄まじい金属音が反響し、次第に収まっていく。

 反比例するように、鳶広の言葉がソラの中で大きくなっていった。

 ――魔法使いが“ヒトガタ”を連れて歩くなんて、導火線に火のついた爆弾抱えてるようなもんじゃないか――。

 ――爆発したら、いったい何人が巻き込まれると――。

 ――爆死するなら他所でやってくれ――。

 ――さっさと食われちまえ――?

「――ジイン」

 奈落のような闇を、ぐるぐると旋回しながら降りていく。

「ジイン、待って」

 一足飛びで駆け下りると、ソラはジインの腕を掴んだ。

 狭い段の上で向かい合い、夜空色の瞳をまっすぐに見上げる。

「何だよ、朱世のことならもう……」

「違う」

 確かに朱世のことも気になるが、それ以上に引っかかっていることがある。

 こくり、と喉が鳴った。

「……巻き込むって、何? ぼくが爆弾って、どういう意味?」

 人々の冷たい視線は、自分が普通の人と違うからだと思っていた。

 けれど。

「“ヒトガタ”は、人と体質が違うだけじゃないの? 爆弾って、もしかして、ぼくのせいで何か良くない事が起きるの?」

 導火線に火のついた爆弾。

 被害を被るのがあんた一人なら、と鳶広は確かに言った。

「ぼくのせいで、誰かが死ぬようなことが起きるの? まわりの人を巻き込むような、なにか大変なことが……」

「大丈夫だよ」

 ジインが笑う。嘘の欠片も感じさせない、きれいな笑顔だ。

「大変なことなんて起きない。あいつの言ったことは気にするな」

「でも……」

「心配するなってば」

 くしゃりと頭を撫でられる。温かな指先がわずかに地肌に触れた。

 この笑顔を、温もりを、失いたくない。

 それでも……いや、だからこそ。

 再び階段を降り始めた背中に、意を決してソラは言った。

「もし、ぼくのせいでジインが……ジインの命が危険にさらされるのなら、ぼくは一緒にいられない」

 拳を握り込む。手のひらに爪が食い込んだ。

 魔法院に追われているというだけでも、もう十分迷惑をかけているのだ。

 さらにジインの命まで危険にさらすわけにはいかない。

 かつん、と靴音が止まった。

「一緒に、いられない……?」

「そうだよ。ぼくのせいでジインを何か危険なことに巻き込むのなら、これ以上一緒にいるわけには……」

「そんなこと、言わないでくれ」

 ジインが振り返る。どきりとした。

 いつもまっすぐな夜空色の瞳。

 そのまなざしが、頼りなく揺れている。

「誰に何を言われてもかまわない。だけど、おまえが……おまえまで、そんなこと」

 言わないでくれ、と囁く言葉は、声にならずに闇に溶けていく。

「ジイン……?」

「……行こう」

 揺れるまなざしを逸らし、顔を背けるようにしてジインは踵を返した。

「今日のうちに進めるだけ進んでおいた方がいい。『裏』の港はけっこう遠いんだ。もうそろそろ『裏懸賞金』がかかってるかもしれないから、宿に泊まるのは危ないな。となると、今夜は野宿か」

 水と食料を調達しないと、と早口に呟きながらジインが階段を降りていく。

 その背中は。




 何かから逃げているように見えた。



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