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叡帝興国紀  作者: badman
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拓跋帛伝 4回

 昌帝国東端にある東海州は、塩の産地として名を知られている。その塩の流通であるが、かつては自由に商売することができていた。しかし陸寵が皇帝になり、その豪遊が帝国財政を圧迫し、さらに10年前の赤倫教徒の乱で戦費がかさむと、塩を政府の専売にすることで補おうとされた。それは確かな効果があり、財政再建は予定以上に進んだ。

 しかし専売、つまり競合相手がいない塩は値段を吊り上げられていき、庶民の生活を苦しめていた。

 これが何をもたらしたかといえば。塩賊、とよばれる塩の密売人の発生であった。塩賊はこれまでの賊と大きく違うところがある。それは、その活動が塩を政府価格より安く売ることであり、つまり庶民にとって塩賊は歓迎することはあっても、恨むことは無かった。このため官が取り締まろうとしても住人の協力を得ることができず、難航していた。

 東海州にある塩田の管理は、東海州を勢力下に持つ章栄州節度使、拓跋望(たくばつぼう)の義務であった。しかし、拓跋望はあろうことか自らの権限を利用して塩賊に塩を横流ししていたのである。塩の密売で巨万の富を得ている塩賊から、さらにその上前をはねていたのだ。さらに最近は、次子拓跋帛(たくばつはく)の参謀となった黄興という学者崩れから助言を受け、ひとつの塩賊のみ優遇することで塩賊同士にいさかいをおこさせ、塩賊の数が増えぬようにしていた。

 そのようにして塩賊と蜜月関係にあった拓跋望だが、皇帝を称した皇太子、陸項巴(りくこうは)より、塩賊の発生を抑えろとの詔勅(しょうちょく)を受けることとなった。




「久、帛、それに黄先生、いったいどうしたものかのう」

 商才については十分なものの、それ以外は平凡と称される拓跋望は、詔勅を手にして悩ましげに問いかける。久は長子拓跋久(たくばつきゅう)のことである。

 呆れた、というようにため息をついて拓跋帛が口を開く。

「どうと言われましても。東海州周辺で塩賊が多いのは事実でありますから?」

 肩をすくめる弟に次いで拓跋久も意見する。

「だから私は常日頃塩賊に肩入れするのはやめろと言っていたのです!」

「そうはいってものう。わしが肩入れせずとも塩賊は出る。ならば儲けを少し頂いたところで悪いことはあるまい」

 恨みがましく上目遣いで言い訳をする拓跋望。拓跋帛が仕方ないというように頭をかいて

「まあ、少しはその儲けを塩賊退治に向けるしかありますまい」

と、答えた。「そうはいうがなあ」と煮え切らない拓跋望に、黄興が助言する。

「でしたら、懇意にしている張昂(ちょうこう)一家以外の塩賊を一掃してしまいましょう。賊の数は減る、張昂には感謝される。いかがですかな?」

「ふむ?」

「私は張昂一家も含めて討伐することを進言しますぞ、父上!」

 生真面目な拓跋久は語気を強める。

「いや、兄上、張昂一家は利用しましょう。見逃す代わりに、ほかの塩賊の所在地なり密造塩田なりを調べさせるのです。こちらが調査するよりよほど正確に調べてもらえますよ」

 にやり、と笑う拓跋帛。黄興もよくできましたと言うように頷いている。

「おお、そうだな、そうしよう。久、お前がやるかね?」

「お断りします。全て一掃ということであれば引き受けますが」

 顔を背けつつ拓跋久。拓跋望はひとつため息をつき、

「頑固だのう。仕方ない、帛、やってくれるか」

と次男に顔を向ける。

「ええ、いいですよ。黄先生、今回もお知恵を拝借します」

「はい、殿。ではまず張昂殿に会えるように手配しますかな」

「そうですね。お願いします」

 嬉々として塩賊退治の算段をする二人を見て、拓跋望は頼もしそうな、拓跋久は苦々しそうな表情を浮かべるのだった。




 塩賊の長たる張昂は、非常に用心深い男であった。隠れ家をいくつも持ち、同じところには二日と滞在しない。障害になる可能性のある役人は賄賂で買収し、また買収に応じない役人はその上を買収して配置換えをさせた。なにしろ節度使を相手に贈賄をしているのだ、張昂の希望が通らないことはほとんど無かったのである。そんな用心深い張昂だが、どういう(つて)か黄興が拓跋帛との会談をとりつけた。

 会談の場所は東海州午甲郡(ごこうぐん)という海沿いの港町にある、張昂の一味が経営している大きな旅館であった。張昂の一味は塩の商売で羽振りがよく、この町に多くの銭を落としていた。町人はこの塩賊を歓迎しており、官憲も一味からたっぷりと賄賂をもらって張昂に便宜を図るようになっているために、実質的に張昂一味に支配された町と言っても過言ではない。しかし張昂一味にとっては重要拠点ではあるが、本拠地ではない。ここに張昂の慎重さが表れていた。

 会談に使われる旅館、月瓏飯店(げつろうはんてん)に到着した拓跋帛と黄興は最高級の部屋を与えられて歓迎された。

「店の作りも、飾られている調度品、絵画、どれも素晴らしいですね、先生」

 ため息をつく拓跋帛に、黄興も頷く。

「ですなあ。これは下手をするとお父上より銭を持っているかもしれませんなあ」

 父、拓跋望も節度使としての正規の収入と、様々な賄賂の類を合わせればかなりの収入をほこる。だが、拓跋望はそれらをあまり使わず溜め込むことに興味が向いている。一方張昂一味は、海の仕事、賊という明日を保障されない立場があるためか、溜め込まずどんどんと使う傾向にある。よって、おそらく銭の所持量自体は拓跋望が(まさ)っていると思われた。

「拓跋帛様、張昂が到着いたしました。会談のお部屋にご案内いたします」

 すこし化粧が濃いが美しい若女将の案内で、会談の部屋へ連れて行かれる拓跋帛。その部屋には円卓が、そしてその上に所狭しと料理が並べられていた。そして一席に座るよく日焼けして精悍な顔をした中年の姿。その隣には中年よりはやや若そうな、細身で口ひげを生やした番頭風の男が座っている。中年が笑みを浮かべながら口を開く。

「よく来たな、節度使の次男坊。まあ、座れや。俺が張昂だ。まずは酒でも飲んでこの席を祝おうじゃないか」

 張昂を名乗った男の強烈な威圧感をうけながら、拓跋帛は負けじと笑い返して席に着くのだった。

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