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叡帝興国紀  作者: badman
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本紀16回

 伏兵とその後の追撃により賊軍に与えた打撃は、五千ほどにとどまった。紫天賊首領の李蕃の判断が早く、分断された五千を見捨てての撤退を選んだからである。地形としても街道の左右に森があるため、陣形が長細く一挙に殲滅するには不向きなことも理由として挙げられる。

「緒戦に快勝できたことは今後有利に働くはずです」

 新上県(しんじょうけん)に戻った白涼らを出迎えた慕容循(ぼようじゅん)はそう言った。反乱というものは、官軍が弱いと見るや周囲からならずものや官に恨みを持つ者などが流入して肥大化する。逆に言えば、官軍が強いところを見れば逃げ出していくものも増えるものだ。



 軍議の席に一同が集まる

「偵察によれば、賊軍はこちらを迂回して紫天山地に戻るようだ」

 白涼の言葉に、慕容循は頷く。

「もし紫天山地の本拠に残した兵力とあわせて挟撃を狙っていても、こちらが補給路を潰せる形になっていますからね。一時の挟撃のために居残ってくれるならむしろ長期的にこちらが楽になるのですが」

「連中も馬鹿ではないってことか」

 長孫覇(ちょうそんは)が、自慢のあごひげをしごきながら言う。それに桃花が茶々を入れた。

「馬鹿なら助かるんだけどねー」

「くくっ、違いない」

 皮肉げに桃花に同意するのは韓維。そして正規軍の纏めとして軍に加わっている中郎将の孫灸(そんきゅう)は白涼に尋ねる。

「で、この後はどうします。みすみす山に返すのも芸がない気がしますが」

「そうだな、山に向かっている連中に横撃(おうげき)を入れるくらいはやっておこうか」

 白涼の言葉に頷く一同。賊軍が昼夜兼行の強行軍でもない限り、どの道を通って紫天山地に戻るかを偵察した上での出陣でも、十分にその進路を妨害することは出来るだろう。

「完全に進路をふさぐ形で陣を張ってしまいますと、賊軍は強行突破を仕掛けてこちらに大きな被害が出る可能性が高くなります。ここはあくまで横からの一撃、賊軍の意気をそぐことを念頭において戦ってください」

「そうだな。赤備えが先陣を切ればきっと賊軍は浮き足立つ。そこを後詰で叩く形にしよう」

 慕容循の進言を受けて、白涼が方針を決めた。

「山のほうに逃げる場合と、こっちに向かってくる場合とが考えられると思うんだけど、それぞれどうするの叔父上」

「そうだな、もし山に向かわれた場合は半分より後ろを重点的に狙って数を減らす。向かってくる場合は、そのまま総力戦だな」

 白涼の返答に、慕容循が補足する。

「総力戦をさせてくれればいいのですが、本拠に篭って戦うほうが相手にとっては有利ですから、無理はしない・・・・・と、思います」

「おいおい、頼りねぇなあ」

 腕組みしながら長孫覇が言う。だが、慕容循も賊がどのくらい賢いのか、もしくは賢くない(・・・・)のか、掴みかねているのだ。この段階ではっきりと断言するには、情報が不足していた。

「一ついえるのは、山に向かわれた場合に深追いをしすぎて、相手の本拠にいる兵に反撃を受けることだけは避けてください。大軍がいるとは考えにくいですが、空であることもまた考えにくいですので」

「ふん、なるほどな」

「よし、それでは出陣準備をしよう。偵察からの報告があがったらすぐに出られるように」




 偵察によると、紫天賊は現在白涼達がいる紫州西部の新上県を北側に迂回して紫天山地に入る様子を見せている、とのことであった。予想よりやや早い速度で進軍をしているようだったが、こちらも急げば追いつける程度の速度と判断した白涼は、北へと向けて進軍を開始した。

 そして二日目の昼過ぎ、紫天山地へ向かう賊軍の姿を捉えた。白涼は長孫覇率いる赤備えを先頭に、突撃の命令を下した。

「いくぞ野郎共!」

 長大な斬馬刀を振りかざした長孫覇を先頭に、すさまじい勢いで突進する鎧兜を真っ赤に染め上げた精鋭部隊、赤備え。その勢いはまさに赤い暴風。その暴風が、突如の官軍の出現にあわてる賊軍の横原に食らいついた。

 斬馬刀が振るわれるたびに血飛沫が舞い悲鳴が上がる。もちろんその配下の赤備えも、将に負けぬ奮闘を見せて次々と賊軍を屠っていった。

 赤備えの一撃にうろたえる賊軍に対して、さらに白涼軍本隊の追撃が加わる。横からの攻撃への備えをしていなかった賊軍は、その被害を徐々に大きくしていった。しかし。

「おう野郎共! やられっぱなしでいるんじゃねえ!」

 賊将の李蕃(りばん)が声を張り上げると、その周囲にいた賊兵達は整然と横からの攻撃を防ぐための陣形を取っていく。李蕃がいたのは隊列の前方であり、赤備えが突入したのは真ん中やや後方にあたるため、李蕃の周囲は混乱がまだ伝播してなかったこともあり、落ち着いて体勢を立て直すことが出来たのだ。


「賊は迎撃を選んだか。ここからは総力戦、みなのもの、気合を入れろ!」

 白涼が檄を飛ばす。兵たちはその檄におお、と応えて前に出て行く。赤備えが食いついた部分から、徐々に賊軍の隊列が崩壊していく。しかし。


 賊軍陣営では。

「盾を持った部隊は固まって敵の攻撃をいなすんスよ。前方と分断されるとまずいス、張さん千人隊率いて援護いってくださいス」

 後方でも賊軍の指揮官が体制の立て直しに声を上げていた。こちらはあわてる様子もなく淡々と指示を出していたため、徐々に混乱が収まっていく。

「見た感じ兵力は互角スから、安心して戦うスよ」

 やせぎすで頭に巾を巻いた指揮官は、のんびりした様子で周囲を落ち着かせていた。


 白涼麾下の五千は、その連度と装備のおかげで賊軍を大きく押し込んだ。しかし正規兵二万五千、紫州兵二万は、体勢を立て直しはじめた賊軍に互角に抑えられている部隊も出始めていた。流れが完全に官軍に傾こうとしたそのとき。戦場に銅鑼の音が響いた。


「へっ、おせえんだよちくしょうが!」

 李蕃が言葉とは違って嬉しそうに声を張り上げる。


「なん・・・・・だと・・・・・!」

 白涼は、完全に不意を疲れた様子で銅鑼の音のほうを振り向き、その先にあったものに驚いた。

 そこには。青い鎧兜に身を包み長刀(なぎなた)を持った凛々しい青年と、白い鎧兜に方天戟(方天戟)を構えた美人の女性、そしてその背後の、二万を超える賊軍の、援軍であった。

 青い青年の長刀が振り下ろされると、

「全軍、新上県方面へ引くのだ!」

 即座に退却の鐘を鳴らさせた白涼は、自ら激戦になりそうな前線へ向けて駆け出した。

「退却! 退却!」

 それを聞いた桃花も自分は後方から、紫州兵の退却を指揮する。一千の白涼麾下の部隊が殿(しんがり)となってくれたため、紫州兵には大きな被害が出ずに引き上げることが出来そうだった。


 伏兵の攻撃を防いでいた正規兵のうち五千を指揮していた中郎将の孫灸(そんきゅう)は、前線を縦横に駆けながら退却の指示を出していく。だが、この部隊がもっとも伏兵の圧力を受けていたため、思うようにはいかない。

 そこへ。長刀を持った青い鎧兜の青年が声をかける。

「敵将とおみうけいたす。我が名は王澄命(おうちょうめい)、いざ尋常に勝負!」

「なんの、拙者の棍で打ち据えてくれるわ!」

 指揮官同士の一騎打ちが、発生した。背後に率いるのが攻める兵の王澄命(おうちょうめい)と、引きの兵を指揮しなければならない孫灸(そんきゅう)では勢いが違った。二合、三合と武器をぶつけ合うたびに孫灸が押されていく。

「たいした腕前だな、王澄命!」

「そちらこそ、なかなかの棍捌きですね、孫灸殿・・・・・はあっ!」

「なんの!」

 振り下ろされる長刀をはじくと、馬首を返して距離をとる孫灸。

「ここでお前みたいな手練れ相手に長々やりあう余裕はないんでな! 悪いが逃げさせてもらうぞ」

 二人の間に紫天賊の兵がなだれ込む。孫灸は棍でその兵たちを打ち倒しながら、退却を開始した。





 この日の戦いは、かろうじて五分、というところであった。白涼にとっての収穫は、紫天賊の総兵力が七万を下回らないことが分かった、くらいであろうか。それよりも兵の被害が痛い。特に紫州から借り受けた兵四万のうち、五千が討ち取られ、または負傷でそれ以上の戦闘には使えなさそうだという報告を受けている。

「こちらの進軍速度も完全に読まれていました・・・・・申し訳ありません、僕の責任です」

 慕容循が頭を下げる。その声には悔しさが込められていた。

「紫天賊は、こちらに察知されない道筋で山からの兵を出してきていたな。こちらがあそこで横撃をかけることを読んでいての行動、か」

「私が相手をした敵将、王澄命という者、かなりの手練れでした。まだあのような戦力を残しているとすれば、左将軍が敗北したことも頷けますね」

 中郎将の孫灸の報告に、一同の表情が曇る。これからは、こちらより数に勝る相手に、相手の本拠地で戦わなければならないのだから。



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