本紀14回
率いてきた軍が3万。そして、紫州の兵4万のうち、2万を借り受けて5万。これが、紫天賊を討伐するための総勢5万の陣容である。慕容循はあと2万欲しかったと言うが、白涼は言っても詮無いことだと思い落ち着いていた。
慕容循の戦略の基本は、敵より多い兵を用意すること、である。数がなければ装備と訓練で。それで補えなくなってはじめて策が出てくる、という大略に基づいていた。
数が多いといっても烏合の衆ではもちろん意味が無い。そもそも兵とは兵を殺すための訓練を受けているものという前提が慕容循の中には存在している。だが、訓練を受けていない民兵や野党のたぐいでもまとまれば脅威となる。それがこの度、最低で5万。
慕容循は考える。賊軍は山賊を統合したものが中核となっている。だからといって、その後人を殺す訓練をしていない山賊のままだろうか? 元山賊で、今は兵と呼べるものになっているのではないだろうか?
半年で紫州の半数近い城を落とした手際の良さ。そもそも山賊が、略奪ではなくいっぱしの統治を行うためのに城を落とすだろうか。なにかがおかしい。これは白涼と慕容循の共通見解でもあった。しかしその違和感の正体を探るには情報が足りない。左将軍の敗戦で得ることができた情報は、ただの野党の群れではない、というところまでだった。
まずはぶつかってみるしかない。5万の兵を率いて白涼は、紫天賊に奪われた地域へと進軍を開始するのであった。
「紫天賊軍本隊の居場所が判明しました。こちらの、婁郡開県とのことです」
地図を示しながら偵察兵を束ねる校尉、曹弁が報告する。あきれたことに紫州の軍事責任者、陳哲は今賊軍がどこにいるのかということすら把握していなかった。そのため方々へ斥候を放ってその位置が特定した。
「ここからだとほぼ北か。まっすぐいくかい、将軍?」
長い髭をしごきながら、胡騎校尉の長孫覇が問いかける。地図を見つめていた白涼は、すこし考えてから首を振った。
「いや。ここは、賊軍と、賊軍の本拠地である紫天山地を結ぶ線上にあるこの……新上県を攻めよう。賊に取られている城だ」
「退路を断つってこと? でも、迂回する道はいくつもありそうだけど」
首をかしげながら桃花が言う。
「いくつもあるのなら、それを全て封じるか? だが落とすことはできても維持できる兵力ではないか……」
韓維が顎に手を当てて考えるそぶりを見せる。が、すぐにかぶりを振るとあきらめたように肩をすくめる。
「私の頭では分からんな」
白涼は苦笑しつつ、解説する。
「いや、考えは近い。新上県を拠点に、周辺の城を落としていく。おそらく賊は退路を立たれることを嫌って、こちらに向かってくるだろう。そこを叩く」
「今は城の維持は二の次で、とにかく賊兵を減らすことを考えるわけです」
慕容循が補足する。
「出きればこちらに有利な地形で迎撃したい。斥候が持ってくる情報次第だ、頼むぞ曹弁」
「はい、予測地点の割り出し、慕容循殿と相談の上で報告いたします」
「頼んだ。可能な限りこちらに有利な地点で戦いたい。相手の地の利をできるだけ封じるんだ」
「はい、将軍」
「それから、長孫覇」
「おう」
「貴殿の『赤備』、今回が初のお披露目だ。真紅の軍の恐ろしさをなるべく強く印象付けたい。先陣は任せた」
「おじうえー」
気の抜けるような甘えた声を出したのは姫桃花だ。
「わたしの部隊にも色塗りたい」
「ちょっと、桃花さん、いきなり何を言うんですか」
慕容循がたしなめるが、桃花は言葉を続ける。
「ずっと考えてたんだけどそれぞれ部隊の色を変えて、その特徴をもった色をつけて、ってのができたらいいのにって。味方も分かりやすいし」
「それは考えておいてもいいな。ただ、桃花には柔軟に別働隊の指揮ができるように固定の部隊を持たせる構想はしていなかったんだ、今は棚上げにさせてくれ」
「むう」
不満顔の姪のあたまをぽんぽんをなでると、白涼は皆に向き直る。
「一度二度戦って終われるような相手ではないと心得よ。各自最善を尽くすべし!」
『はっ!』
新上県を守っていた賊兵は1000ほどだったため、数時間で新上城は陥落した。そこで判明したことだが、賊軍は殺人・強盗・強姦を禁止していて、破ったものは死刑、実際に何人も処刑されているということであった。
「どう見る、慕容循」
夕刻の城壁の上で、賊軍本体がいると思われる東方に目を向けて白涼が尋ねる。
「略奪の場にはしていないということは、目先はともかく将来的に本気で統治するつもりがあるのではないでしょうか……あまり、考えられないことですが」
「そうだな。だが、もしそのような戦略的な行動をとろうとしているのであれば……。捕らえた賊からなにか情報を引き出したいが」
「それは曹弁殿がうまくやってくれるかと」
「ああ」
そこへ、場内の見回りをしていた韓維がやってくる。
「賊を追い払って石を投げつけられたのははじめてですよ」
「石を?」
「ええ。お前ら官軍より、賊軍のほうがやさしい。税金も半分にしてくれた、嫌な官吏を追い払ってくれた、なのにまた役人がくるのかっていう感じです」
その投げつけられた石なのだろうか。手の中で石を遊ばせる韓維。
「民心も掌握しようとしていたのか。それを賊徒が守れるほどの統率力、侮れんぞ、これは」
「予想より、大変ないくさになるかもしれませんな」
そう言って韓維は持っていた石ころを放り投げた。放物線を描いて場外に落ちていく石を見つめる三人の心中は、穏やかではいられなかった。




