シオンの苦悩と公爵閣下。
--どうすればリクの助けとなる事が出来る?
都市バファロンでもっとも豪奢な屋敷の応接室にシオンはいた。一見無表情に見えるその顔は、リクが見れば心配するような硬く、暗い表情を浮かべていた。
シオンの心を埋め尽くしているのは、リクが働く救護院での彼女への対応であった。シオンにとってそこで働く者達は、まるでリクを目の敵にしているように感じていた。
己がリクに話しかけただけで、山のような仕事量に手伝おうとしただけで、酷い対応に忠告しようとしただけで、彼女の仕事はさらに増やされていく。彼女のために、動けば動く程に彼女を苦しめる結果になってしまう。そんな何も出来ぬ自分自身が不甲斐なく、彼女の意志を無視してでも、あの救護院から連れ出してしまいたくなる。
しかし、それを彼女は決して望まない。それをシオンは分かっている、分かっているのだっ!!
激情を心の奥に秘め、シオンは現れた人物へ礼して挨拶を述べる。
「ふむ、リク嬢の護衛のシオン殿だったな。
さてさて、この私に何のご用かな?」
シオンの目の前にいたのは、この領地の主でレッドスピネル救護院の設立者にして経営者の"アルフレッド・フォン・クラリスロ公爵"だった。
「・・・公爵閣下、頼み事をするなど身の程も弁えぬ事だと承知しています。
ですが、どうかお願いします。我が主を助けて下さい。」
「・・・・。」
「お願いします。」
深く、深く頭を下げて懇願するシオンの姿を公爵は静かに見つめる。
「・・・それは、リク嬢が望んでいることかね?」
「いいえ、己の勝手な判断です。」
公爵は、シオンに頭を上げるように促すが決してシオンは上げようとはしなかった。
「シオン殿よ、そなたはとても真っ直ぐな性格なのだな。
リク嬢もそなたのような人物に側にいて貰えて幸せに思っているだろうな。」
シオンの愚直な程に真っ直ぐな心に感嘆すると同時に、公爵はシオンを諫める必要があると思わずにはいられなかった。
「だがな、シオン殿。
そなたは主の闘いから目を背け、諦めぬ主より先に降伏するを良しとするのか?」
「っっ!!」
「リク嬢は、今闘っているのだ。
それは、我らのように剣を持つ闘いでは無いかもしれん。
だが、彼女の矜恃と信念を掛けた闘いにどうして他者が介入できる?
それは、彼女の覚悟に対しあまりに無粋というものでは無いだろうか?」
「・・・っ。」
公爵の言葉に思わず顔を上げたシオンは、無表情でありながらもその瞳にはありありと後悔の色を滲ませた。
「そなたは、悔しいのだな。
主のために共に闘えぬことが、主のために何も出来ぬ無力な自分が。」
「・・・はい。」
公爵は、シオンの胸の内を察して言葉を投げかける。公爵にも分かるのだ、忠誠を誓った主の力になれなかった時の己の無力さを悔しいと感じる激情が。
「シオン殿よ。
これより先、彼女は茨の道を進むこととなるだろう。」
「なにをっっ!」
「彼女が志す"看護師"は、この国にとって無くてはならぬものとなる。
国の重鎮達が諦めようとした"病魔"へ闘いを挑み、今小さいが一つの結果を出そうとしている。
一月にも満たぬ、この短い期間の中で"病魔"という大きな壁に小さいが罅を入れたのだ。
・・・それこそが、彼女の不幸なのかもしれん。
彼女は、これからも若い娘としての幸せも捨てて歩み続ける。
それこそが、己の幸せなのだと言わんばかりにな。」
公爵の言葉を受けて、シオンの瞳に迷いが浮かぶ。リクへ騎士の誓いを立てて起きながら、シオンは見える敵をなぎ払うことは出来ても、悪意や欲に満ちた姿の無い敵からは守ることが出来ない。それなのに、姿のない敵ばかりがこれから先の彼女の未来には待ち受けているのだっ!!
--僕は、何処まで無力なんだ!!
打ちひしがれた様子のシオンの様子を眺め、公爵は一つの道を提示する。
「シオン殿よ。
これより先も彼女に付き従い、支え、力になりたいというならばその方法は無い訳ではない。」
「っ!!どのようなことですか!!!」
シオンは打ちひしがれていた顔を勢いよく上げ、強い意志の宿った双眸を公爵へ向ける。その双眸を満足そうに見定め、頷いた公爵は言葉を続ける。
「そなたは騎士として彼女の側にいるために確かに強さも必要だ。
だが、彼女を取り巻く環境や、貴族達の思惑、教会の妨害など情報を得て、操る術も学ぶ必要がある。
それが、いずれ彼女の大きな助けとなるだろう。」
「・・・それは、どうすれば手に入るのですか?」
「我が公爵家が全面的に支援することを約束する。」
公爵の言葉を聴いたシオンは、さすがにここまで都合の良い話しを与えられれば、疑念を持たざるは得なくなってしまう。
シオンは、公爵を静かに見つめ考える。・・・公爵は何を考えているのかを。
「先に言っておくが、私にも下心はある。
彼女を他の貴族へ渡すつもりはないが、私からの護衛を望まんだろうからな。
少しでも、そなたが強くなって貰わなければ困るのだ。」
シオンの心の機微すらも、おそらく理解しているの公爵は最もらしい答えを与えることで先手を打つ。
「・・・そうですか。
このお話有り難くお受けさせて頂きます。」
「うむ。」
公爵へ返事を返しながらも、シオンは思う。
例え公爵が何を企んでいたとしても、それを打ち破る程の"力"を、"知識"を身につければ良いと。
リクの歩む道がたとえ茨の道であったとしても、己の存在がその茨の棘を少しでも減らすことが出来るように必ず成長することを心に誓うのだった。