見習い少女と公爵閣下 その2。
「ふむ、結局破壊の魔女よ。
そなた達は何故我が屋敷を訪ねたのだ?」
お師匠様の暴走をやっとの事で治めて、疲れ果てている私の耳に公爵閣下の暢気な声が届きます。・・・誰のせいでお師匠様が暴走していたと思っているんでしょうねえっ。
「頼みがあったのよ・・・。」
「頼み?
そなたが私に頼み事とはな。」
言いにくそうに顔を顰めるお師匠様へ対し、公爵閣下はお師匠様の言葉を意外に思ったのか驚いた顔をしています。
「・・・閣下の経営するレッドスピネル救護院で、この子をリクを働かせて欲しいの。」
「・・・笑えん冗談だ。」
お師匠様の言葉に公爵閣下は厳しい表情をしてしまいました。
「申し訳ありません、公爵閣下。どうか、発言をお許し下さい。」
「む、リク嬢よ。
公式の場では無いのだから格式張った事は必要ない。
祖父へ話しかけるようにしてくれて構わん。」
公爵閣下へ発言の許しを求めた私へ、厳しい表情を緩め悪戯っ子のような笑みを向けて、私に話しかける許可を与えてくれました。
「ありがとうございます。
閣下、反対するお師匠様に強くお願いして救護院で働きたいと願い出たのは私なのです。」
「なんとっ・・・。
ふむぅ、リク嬢、失礼だがそなたは救護院で働く意味を知っているのかな?」
「お師匠様だけでなく、キースさんよりも聞き及んでおります。
そのうえで、私は変わらぬ思いで救護院で働きたいと願ったのです。」
「・・・・。」
再び厳しい表情を向ける公爵閣下へ簡単に私の身の上を説明しました。赤子の頃の記憶があるなど言えないため、推測混じりの話しだとは言いましたが・・・。
その上で、何故救護院で働きたいのか、お師匠様達にも伝えた決意も語って見せました。
「そなたの事情や決意は分かった。
だが、やはり救護院はまだ10歳の娘が働くような場所では無い。
第一、そなたに何が出来るというのだ?」
公爵閣下の言うように10歳の小娘が出来る事などたかが知れているでしょう。できない事の方が多い現実に悔しい気持ちを抱く事もあるでしょう。ですが・・・。
「公爵閣下の言われるように、今の私ではできない事の方が多いと思います。」
「ならば・・・」
「ですがっ!
ですが、私は知ってしまいました。お師匠様がリオを、ヘリオスを産んだ頃に街で救護院を覗く機会があったのです。」
そう、私は見てしまっていたのです。この世界の看護の現状を・・・。
「・・・冒険者から医者になり応急手当程度しかできない医者、そればかりか無責任にも学ぶ事もなく勝手に医者を名乗る人達。
重い病気であれば貧富問わずに捨てられることが多いこの世界であっても、それでも一縷の希望を託すように救護院へ入れていた家族の思いも虚しく満足な治療も、看護も受けることなく死んでいった人々、そんな冷たくなってしまった大切な人のために悲痛な叫びを上げる家族。」
私の言葉にこの部屋にいる誰もが顔を顰め、悲痛な表情を浮かべています。
「確かに私に出来る事はないかもしれません。何も変える事は出来ないかもしれません。
・・・ですが、小さな事かも知れませんが出来る事もあると思います。
少なくとも、そんな現状に慣れきり、改善を諦めた方々よりは遥かに出来る事があると思うのです。
だって、私は"看護師"なんですから。」
"看護師"、それは私の誇りです。
前世で"看護師"として自分の命を削ってでも死ぬまで働いていた理由なんて、今思えば簡単な事だった。この仕事が大好きで、"看護師"として働く自分に誇りを持っていたから。
・・・だからこそ許せないのです。誇りも、努力もしないこの世界の"看護師"が!
私の世界の"看護師"を偉大な先駆者達が変えたように、私も何時の日か変えて見せます。真っ白な白衣を身に纏い、奉仕と博愛の精神を象徴とした灯火をこの胸に抱いて!
《アルフレッド・フォン・クラリスロ公爵》
目の前にいる、まだ10歳の少女は国の重鎮達すらも匙を投げかけているこの大きな問題に挑むのだ紫水晶のような瞳を輝かせている。
昨今の教会離れにより、熱狂的な信者も少なくなり始め"病魔"という言葉に疑問を抱く人々は多くなってきた。しかし、永きに渡って続いてきたこの悪しき伝統を打ち破る術は未だに見付かっていない。
"病魔"というよりは、病になる事を恐れ救護院を立てたとしても、働き手は少なく貧しく、弱い立場の者ばかり集まっているのが現状だった。
そんな立場の者達は、最低限の仕事をすれば良いのだという思いを隠す事もなく働いている。それでは、いくら救護院を立てたとしても病に打ち勝つ事など出来はしなかった。
しかし、目の前の少女は誰もが嫌がり、成りたいとも言わない"看護師"に成りたいのだと心から叫んでいる。そんな彼女の姿は、今は無き二人の人物を公爵の脳裏に思い出させた。
一人は事故で失ったたった一人の大切な娘。誰に対しても優しく、慎ましく、穏やかな性格の持ち主であった。彼女が生きていれば、この少女の言葉になんと返すだろうか・・・。
そしてもう一人は、現王陛下の生みの母にして今は亡き前王妃の姿だった。王家の三種の神器の一つを宿していた前王妃。彼女もまた、目の前にいる少女のように民のために心を砕き、教会の陰謀を、圧力を跳ね除けて、今の王家を立て直した女傑と言える人物であった。
後者の人物を脳裏に思い描いた公爵が思った事は、少女への賞賛でも侮蔑でもなく別の事だった。
--似すぎている。
脳裏に思い描いた前王妃とは違う髪と瞳の色。しかし、その顔立ちは何故気が付か無かったのかと思う程に似通っていた。その事実を認めた時、もう一つの情報が脳裏に思い起こされた。現王陛下の側近しか知らぬ隠された事実。
その存在は民衆にも忘れ去られ、王家の威光を守るため誘拐された事すらも隠された消息不明の"姫君"。
誘拐されることなく健やかに育っていれば、目の前の少女と同じ年頃の"姫君"。
目の前にいる少女のように、現王陛下の漆黒の髪と現王妃殿下の紫水晶の瞳を併せ持っている"姫君"。
--ふむ。どうやら、秘密裏にこの少女について調べ上げる必要性がありそうだ。
公爵としての仮面を被り、真意を誰にも悟らせることなく動き出す事を決める。しかし、問題は少女のこの"お願い"をどうするかだ。
出来る事ならば"姫君"の可能性がある、この少女を救護院で働かせるような真似はしたくない。だが、ここで断って目の届かぬ可能性のある別の救護院で働く事を許す訳にはいかぬ。この少女の様子では、実行に移しかねん。・・・致し方有るまい、あの二人にくれぐれも言って聞かせておけば問題なかろう。
もしも、本当に彼女が"姫君"であれば、この彼女の"意志"が達成された暁には何よりの象徴と成る。
エリューシオン王国現王リチャードに忠誠を誓うアルフレッド・フォン・クラリスロ公爵は様々な思惑を巡らせ、少女の与り知らぬところで動きだし、少女を手元に置く事に決めた。そのための一つの手段として己が設立した"レッドスピネル救護院"で働く事を許可したのだった。
いつも読んで頂きありがとうございます。
昨日、評価して下さった方が5人となりました。その上、私のような初心者が書いた物語に高評価を頂き、本当に感謝しています。
未熟な私の諸語りですが、どうぞこれからもよろしくお願い致します。