閑話 春の日の出来事。
《メリッサ・エキザルト》
「・・・・メリッサ。」
「・・・っ。」
あたしを見つめて、低い、色気を含んだ声で名前を呼び、ゆっくりと近づいて来るキースを前に、どうしていいのか分からなくなっていた。さっきまで一緒にいたリクに助けを求めようとしたけれど、あの子は"頑張れ"というような目線を投げて家の外へ行ってしまった。混乱しかけたあたしの脳裏には昨日の夜のこいつの言葉まで浮かんできた。
こいつは1年前の出来事以来、定期的にあたしの家に訪ねて来ては数日、数ヶ月滞在するようになった。今回も特に理由もなくフラッと現れて、いつも通り滞在することになった。別に断る理由もなかったから好きにさせていたんだけど、最近はこいつの言動に戸惑うことが多くなった。それを認めたくなくていつも通りに気がつかない振りをして接していたんだけど・・・ね。
リクが眠った後のいつもと変わらない酒盛りをして、そろそろ寝ようと部屋に行こうとしたんだけど、急にこいつの雰囲気が変わった。一瞬だったと思う、獲物を狙う猟師、肉食動物、何でも良いけどそんな"眼"をしたこいつに射すくめられて、気がついたときには腕の中に囚われていた。
「・・・メリッサ。」
十分に整ったあいつの顔がすぐ側にあって、眼を反らせなくて、どうして良いか分からなくて、少しでも動いたら唇が重なりそうなほどで・・・・・。
「メリッサ、悪るいな・・・。
気がつかない振りをするお前を見るのも、いい加減飽きちまった。」
「・・・・・。」
鋭い眼差しであたしを見つめるこいつにあたしは理解させられてしまった。
「俺は、お前に惚れてる。
だから、絶対に逃がさねぇ。・・・・・いい子だから、大人しく俺の側に来い。」
--捕まって、囚われて、喰われる。
あたしの身体を抱きしめながら、耳元で妖艶に囁く声に魂まで侵されそうになる。
「・・・・・今は、ここまでで止めといてやるよ。」
あたしを名残惜しそうにゆっくりと離して、寝台の上の夜の帳を思い起こさせるような顔で囁く、この男に・・・、あたしは・・・・・・・・。
「言っただろう?逃がさねーって。」
昨夜の出来事を思い起こして逃げようとしたあたしの身体を部屋の壁に追い詰め、逞しい両手の捕らえて、昨夜と同じ色気を含んだ妖艶な笑みで見つめる"キース"に、あたしは囚われてなる物かとにらみつける。
その様子を喉を鳴らすように低く嗤い、嬉しそうな声で囁いてくる。
「そんな顔をしても男を喜ばせるだけだと、前にも教えなかったか・・・?
まあ、そんな気の強いお前が気に入っているんだけどな。」
「・・・巫山戯んじゃないわよ。あたしをあんたの数多い遊び相手と一緒にしないで。」
そう、この男は女だったら誰でも良いんだ。何度、この男のくだらない痴話喧嘩に巻き込まれた事か。
「・・・・・・遊び相手じゃね-よ。
酷い男の自覚はあるけどよ、あいつらはただの代わりだ。
最初はな、亡くしたサリアの代わりだった。
でもよ、お前と出会って気持ちを自覚してからは全部お前の代わりにしてた。」
・・・・・何を言ってるの?この男は。
「最低ね、二度とあたし達に近づかないで。」
「嫌だね。」
「キースっっ!」
言葉を荒げるあたしを余裕のある顔で見下ろしてくる。
「"まだ、そんな関係じゃ無いわ"」
「っ!!」
嬉しそうに眼を細めて、さらにあたしに顔を近づけてくる。
「"まだ"ってことはよ、そんな関係になってもいいって事だよな?」
「・・・・・。」
答えられないあたしに、さらに言葉を重ねてくる。
「答えないのなら好きに解釈させて貰うぜ?」
「・・・・・あたしは、あんたの昔の女の代わりになるなんてごめんよ。」
この男が亡くした"妻"を深く愛してることなんて、痛いほどに知ってる。
他の女の代わりに愛されて何の意味がある?
「代わりじゃねえよ。
言っただろう、"お前と出会って気持ちを自覚してからは全部お前の代わりにしてた"」
「・・・。」
「俺が"今"愛しているのは、メリッサだけだ。」
その言葉を聞いてあたしはどうして良いか分からなくなった。勝手に眼が熱くなって涙が溢れそうになる。
だって、あたしだって、自分の気持ちくらい子どもじゃないんだからわかるわ。
でも、他に想う人がいるなら蓋をするしかないじゃない。
「・・・・・・嘘だったら、一番得意な攻撃魔法ぶっ放すわよ。」
「いいぜ、嘘じゃねえからな。」
その言葉を最後に二人の影は重なり、しばらく離れることは無かった。