5歳児と治癒魔法。
静かな夜の森を、柔らかな月ように清廉で美しい銀色の輝きを宿した光が照らし出す。その光は、森に眠る全ての生き物に安らぎと癒しをもたらした。徐々に小さくなっていく光の中心には血を流す男の側に寄り添うようにして座り込んでいる幼い少女がいた。
小さくなっていったその光はリクの身体を中心に、まるで燐光を纏うかのように輝き続ける。そんな幻想的な光を纏ったリクの頭の中には、目の前のキースの身体の状態が流れ込んでいた。
--やっぱり、左腹部(左脇腹の辺り)の傷は大きめの静脈を傷つけていましたね。背中まで斜めに貫通していますし、失血量も多い・・・。右肩の傷は、小さめの静脈を傷つけていますが十分に止血ができているし、他に多少の擦り傷はありますが問題ない程度ですね・・・・・。
光を纏ったリクは、頭の中にキースの身体の状態が流れ込んでくることに何の疑問も抱くことなく治療を開始する。リクは、当たり前のように周囲にある生命力溢れる木々や花々、大地に至るまで全ての"ものたち"から力を少しずつ借り受ける。
リクは、頭の中で人間キースの骨の内部にある骨髄から、血液のもとになる細胞が増殖し、白血球、赤血球、血小板など血液を形作っているものに変化していく事を想像する。
同時に傷ついた血管や臓器の細胞もゆっくりと分裂を始め、傷ついた場所を修復させていき、体内から始まったその流れはやがて体表へ向かい、筋肉や皮膚ひふへ達し、全ての傷を余すことなく"元通り"になることを想像した。
全ての怪我が癒えた身体の中を、リクが想像した中では骨髄より一瞬で新しく作り出されていた血液が流れ始めていく。心臓から始まり、肺、脳、各臓器や四肢に至るまで十分な酸素を含んだ新鮮な血液が流れる。
全ての治療を終えて、纏っていた光が薄くなり始めた時には、リクの想像した全てのことは現実の物となっていた。
「リク・・・・・、あなた・・、何を・・・?」
突然の魔力を含んだ光を放ち始めたリクへの、驚愕と動揺に彩られたお師匠様の疑問の声が響いたと同時に、今まさに命が消えようとしていた"キース"がゆっくりと起き上がった。
「・・・・・あぁ・・?
俺は、死んだんじゃねーのか・・・?」
死にかけていた身体を起こして小さく呟くキースと驚愕に眼を見開いているお師匠様の姿を確認して、リクは安堵と達成感をおともに意識を手放した。
私が眼を醒ますと、いつもの私の部屋のベッドに眠っていました。頭がぼうっとして、眠る前に何をしていたのかすぐには思い出せません。しばらくベッドの上に座ったままでぼんやりとしていると、部屋の扉がノックされ、返事を返す前にお師匠様が入ってきました。ベッドの上でぼんやりと座っている私を見たお師匠様は、綺麗な形の眼を一杯に広げました。
「りくっっっ!りぐぅぅーーっ!!!」
滂沱ぼうだの涙を流しながら、私に駆け寄り、跳びかかって来たお師匠様の抱きしめるという名の締め上げに叫ぶ余裕もなく、再び意識を失いました。
再び私が意識を取り戻した時、私の側にはキースさんと部屋の隅で落ち込んでいるお師匠様の姿がありました。
「・・・けほっ、キースさん?」
「よう、おじょーちゃん。とりあえず、ほら。ゆっくり水を飲みな。
そこの破壊魔っ!同じ事しようとしてんじゃねぇっ!!」
目が覚めたばかりで、乾燥している喉の所為かうまく声が出せません。起きた私を見たお師匠様が再び駆け寄る体勢を見せると同時にキースさんが牽制します。・・・・・キースさん、グッジョブです。
キースさんより渡されたお水をゆっくりと喉に通します。喉が渇いていたために、いつもより美味しく感じました。
「・・・・・おじょーちゃん、どうして自分が寝ていたか覚えてるか?」
私が、水を全て飲み終わるのを待って心配そうな顔でキースさんが聞いてきます。部屋の隅にいるお師匠様も心配そうな眼差しを送ってきます。
--・・・私なんで寝ていたんでしょう?えっと、いつも通り修行して、夕方になってもキースさんが帰って来なくて・・・・・・っっ!!!
「キースさんっ!大丈夫なんですかっ?!怪我は?!」
ぼんやりとしていた頭が、急速に覚醒していくことを感じます。私のキースさんへ飛びつかんばかりの慌てた様子と裏腹にキースさんは、苦笑して私を落ち着かせるようにゆっくりと頭を撫でます。
「おじょーちゃんのおかげだな。全く問題ねぇよ。」
私を安心させるように両手を広げて見せます。その姿に私は安堵しました。ですが、どうやってあれだけの傷を治したのでしょう・・・?私のおかげとはいったい・・・・?。
「・・・リク、あの時のこと、ふぬけ野郎の怪我を治したこと覚えてる・・・・・・?」
「・・・なおした?」
真剣な表情でお師匠様が私に問いかけてきます。私は、少しずつ記憶を辿って行きます。そして、思い出しました。私の魂の奥底からあたたかな"光"があふれ出したことを。
「・・・あれは、いったい・・・・・・?」
「思い出したみたいね。
あの後、死ぬ一歩手前だったはずの傷は全てが治って、すぐに動き出せる状態にまで回復していたわ。
リクの発動させた"治癒魔法"によって。」
戸惑いの声を上げた私にお師匠様が答えます。
「"治癒魔法"?でも、お師匠様、私は魔法は使えません。」
「・・・簡単な問題だったのよ。リクの中には確かに魔力はある。
でも、リクは魔力のほぼ全てを"治癒魔法"が優先されるように無意識のうちに抑制していたんじゃないかしら?」
お師匠様の言葉を聞いて私は驚愕の声を上げるのでした。