5歳児と諦めかけた心。
「・・・・・、・・・・・・・・・。」
「っっ!リクっ!!
・・・・・、・・・・・・・・・・・・っ!
・・・・・、・・・・・奴・・・そん・・色・・・・・のっ!!
・・・・・・っ、割・・・って・・・・・、・・・・・るし・・・・・い・・よ。」
どれほどの時間が経ったのか周囲の声によって、キースの意識はゆっくりと浮上し始める。騒がしい周囲の声の持ち主を確認しようと持ち上げることさえ億劫な瞼まぶたを必死に持ち上げる。視界に映ったのは目を閉じる前に見た幻影の少女とは違う、心配と不安を織り交ぜたような表情をした幼い少女だった。
「キースさん、わかりますか・・・?」
小さく、震えた幼い少女"リク"の声がキースの耳に届く。
「・・・・・おじょーちゃん・・・か?」
力を振り絞り、やっとの思いで返したキースの声は小さく、掠れていた。
キースさんは微かに開けた目で周囲を確認します。側にお師匠様がいることにも気がついた様子です。
「・・・・・破壊魔か・・・。
わりぃな、・・・油断しちまった。」
「ほんっっとに、馬鹿ね。どうせ身の程知らずでも居たんでしょう?
そんなアホは見捨てれば良いのに、・・・・出来なかったの?
それで、自分が死ぬなんて馬鹿すぎて笑えないわよ、このふぬけ野郎。」
いつもと変わらぬ調子の声色で、キースさんへお師匠様は悪態をつきました。
「・・・・・・今まで・・・ありがとな・・・・・・、メリッサ・・・。」
「・・・っ、そうね。
あたしに看取ってもらえることを光栄に思いなさい、・・・キース。」
共に闘ってきた仲間である"二人"の間で別れの言葉が交わされます。
「・・・・・おじょーちゃんも・・昨日・・・は悪かったな・・・。
きっと・・・、・・・メリッサに・・・・・負けない・・いい女になるぜ・・・・・・。」
キースさんは、私へもまるで別れのような言葉を紡ぎます。
「・・・・・何を言っているんですか・・?
ダメです、キースさんっ。私は・・・、わたしは・・・・・」
言葉が続かない私を見つめキースさんは微かに口角をあげ、静かに微笑み目を閉じようとします。
--どうして、私は何も出来ないのっ!!!
心の中で慟哭の声を上げます。何も出来ない己に絶望の涙を流します。
キースさんの命の灯火が目の前で消えようとしていました。私やお師匠様の間には、無力感や諦念の感情が漂い始めます。
命を失いそうになっているキースさんを前にして、たとえどんなに知識があっても、技術があっても、それを活かす術を持たないことがどれほど残酷なことなのか、今になって突きつけられた私は涙を流すことしか出来ませんでした。
どうして、私はもっと早くに動き出さなかったのっ!!
この世界が残酷なことを知っていたのに、分かっていたのに、誰かを失いそうになるまで、自分の身を守ることばかりをなんで優先してしまったのっ。点滴や消毒液くらいなら何とかなったかもしれないのに、どうして・・・、どうしてっ、何も準備をしてこなかったのよっ。それでも、助けることは出来ないかもしれないっ。だけど、涙を流して止血するだけしかできない"今"よりもましだったはずだわっ。
後悔ばかりが胸をよぎる。私は、絶望に満たされて、冷え切っていく心を抱えまま涙を流し続ける。
しかし、その時リクの脳裏に初めてあった時の"キース・アズノルク"の姿が蘇った。飄々とした表情で出会ったばかりの"リク"を見て、痛みを堪えるようなその瞳を歪め、口元にニヒルな笑みを浮かべた彼の姿だった。その姿を思い出した"リク"はまるで永い眠りから目が覚めような気持ちになった。
--私はこのまま何もせずに諦めてしまったら、きっと"心"も、"看護師"としての覚悟も全部ダメにしてしまう・・・。
「・・・キースさん・・・・・・。」
--私は、このまま貴方を諦めることなんて出来ない。
気がつかないうちに止血のために当てていた手から抜けていた力を再び込める。
「・・・・・リク・・?」
諦めそうになって閉じてしまった眼を、再び開いてしっかりと前を見る。そんな私の姿を見たお師匠様が心配そうな声で私の名前を呼ぶ。
「・・・・・諦めないで・・・。」
--そう・・・、そうです。キースさんの心臓は、・・・まだ動いてるっ!生きているんですっ!!!
「・・・そうですよね、諦められるはずがないんです・・・・・。」
--"看護師"が諦めてしまったら、ダメなんですっ。最後の最後まで、絶望と闘って、助かると信じて看護する!そんな基本的な事すら私は見失いかけていた・・・。
「・・・・・ごめんなさい、キースさん。」
--ほんの一瞬でも私はまだ生きている貴方の命を諦めそうになっていました。
「絶対に貴方を助けるっっ!!もうっ、二度と諦めかけたりしないっっっ!!!」
--私は、"看護師"なんだからっ!!!
私の強い決意のこもった言葉が響いたとき、私の魂の奥底からあたたかな"光"があふれ出しました。




