5歳児と行方不明の魔銃使い。
キースさんに厳しい言葉を貰った次の日の朝、テーブルの上にはすでに盛りつけ以外完成した朝食と"散歩に行ってくる。"というメモだけが残されていました。
「大丈夫よ、あれでも一応冒険者なんだから。放っておきなさい。」
キースさんの事が心配になって、お師匠様に相談しました。しかし、お師匠様の答えは予想通りの物でした。・・・・・キースさんと交流があったお師匠様が言うので有れば間違いないのだと思います。
「・・・あのふぬけ野郎、本当にへたれなんだから。」
お師匠様が小さく呟いた言葉は私の耳には届きませんでした。
しかし、待てど暮らせどキースさんは夜になっても帰って来ませんでした。
その上、昼過ぎまで晴れていた空が嘘のように曇り、雨が降り始めました。まだ真冬では有りませんが秋の夜は肌寒く、雨を余計に冷たく感じてしまいます。
「・・・お師匠様、やっぱり探しに行きましょう?」
「・・・。」
リビングにあるテーブルのイスに座ってお茶を飲んでいるお師匠様へ何度目かの言葉を繰り返します。
「夜の森に独りぼっちなのは、とても心細くて、・・・・・寂しいです。」
少なくとも"あの日"私はそうでした。独りだけで、真っ暗な世界に取り残されて、寂しくて、哀しくて、暗闇に押し潰されそうになりました。思い出しただけでも顔が歪んでしまいます。
「いつもは、わがままなんて言わないリクのお願いだものね。ほんっとうに、手間のかかる奴なんだから!」
私が余程ひどい顔をしていたためか、窓から外を眺めていた私の横に来て、頭を撫でてくれます。
お師匠様は、雨に濡れないための小さな結界を張って外に向かいます。
「お師匠様っ、私も連れていって下さい!」
「ダメよ、リク。夜の森は昼間よりも危険なのよ。いい子だから家にいて。」
玄関でお師匠様に追い付いてお願いしてみましたが断られました。
いつもの私ならばここで引き下がるでしょう。でも、今回ばかりは譲れません。キースさんへは美味しいご飯を作って貰った"恩"が有ります。私はこの森の家に住み始めてからの数年間、自分の料理以外食べる機会はなく、他人の料理に飢えていました。だって、幼い身体では作れるレシピは限られます。まず、重たい鍋やフライパンは持てません。ゆえにこの数日間、私はとても満たされていたんです。・・・・・別に食い意地が張っている訳ではありませんよ。食育は子どもの成長の基本だと思います。それに下手に、藪をつついてお師匠様の料理という名の蛇を出すつもりはありませんでしたから。
「お師匠様、お願いします。」
お師匠様へ頭を深々と下げます。
「もうっ、わかったわよっっ」
「ありがとうございますっ」
お師匠様は私を抱き抱え、己の杖に腰掛け雨の中に飛び立つのでした。
お師匠様は自分の杖に腰掛け、私を抱えながら森の上を翔んでいきます。お師匠様はキースさんに渡したタリスマンの魔力を辿ることが出来るんだそうです。キースさんの居場所まで真っ直ぐに翔んでいき、お師匠様の張ってある結界の境目辺りにゆっくりと舞い降りました。
--…何の匂いでしょうか?
雨の匂いに紛れて鉄の匂いがします。お師匠様は顔をしかめてすぐに周囲を明るく照らす“ライト”を唱えます。すぐに周囲は明るい光りに満たされました。
そして、お師匠様が唱えた“ライト”の光りの中に私たちが探していたキースさんはいました。大きな木の根元に寄り掛かるように背中を預けて座り込んでいます。
「キースさんっ!」
「っ!待ちなさいっっリク!!」
お師匠様の声を聞きながら駆け寄り、座り込んでいるキースさんの肩に触れれば、“べちゃっ”と何かが私の手を汚しました。雨で濡れていたのかと、自分の手を見れば赤黒く汚れています。
「…キー…スさん…?」
「…リク。」
お師匠様の私を呼ぶ声をやけに遠くに感じます。私は目の前にある事実を受け止めることで精一杯でした。キースさんの肩やお腹の辺りから夥しい(おびただしい)量の赤黒い血が流れ落ちて、服や身体を汚しています。最後まで握りしめ、構えていたのであろうキースさんの武器も、力が抜け落ちた手のひらよりこぼれています。
「…キースさんっっ!!!」
私の叫び声だけが夜の森に響き、欲しい返事は帰ってきませんでした。