第27話 必殺技はスーパーミラクルジャンピングキックです
嫌な予感がします。でも、私の勘違いだったら? そう思うとなかなか動き出せません。
そのとき、ロビン殿下がぼんやりと呟きました。
「あれ、前皇妃様の」
好きな花。恐らくそう続けようとしたのだと思います。だからダリル殿下もケネス殿下も眉をひそめたんだわ。前皇妃さまから皇帝陛下を奪った人がそんなお花を持って来ても、純粋に喜べないもの。
さらに風に乗って微かな香りが届きました。ダリル殿下もたまに纏わせている火薬の香りです。もう私は居ても立っても居られなくて。
「エリザベスさま! 抱っこ!」
「えっ? 抱っ――」
詳しく説明してる暇はありません。彼女が顔を向ける前にはもうウサギに転身し、重いドレスの中で拾い上げてもらうのを待ちました。彼女もまた何か思うところがあったのか、戸惑いながらもすぐに私をドレスの中から引っ張り上げてくれて。
彼女の手を離れ猛然と皇妃さまの元へ走ります。
ダリル殿下の教えその一、脱出経路……は考えなくていいですね! 勘違いならどうせ死刑だし!
ダリル殿下の教えその二、周囲の人や物の位置確認。幸い決闘の直後なだけあって、周囲にはほとんど何もありません。両殿下は既に私の姿を目視してるし、どうとでも避けてくれるでしょう。
そしてダリル殿下の教えその三、命大事に! は無理だけど! ほらもう衛兵たちがこっちに向かって走って来てるし!
皇妃さまはダリル殿下とケネス殿下の目の前にまで来ていました。追いついた私は勢いに任せて飛び上がり、彼女の腕を強かに蹴り飛ばしたのです。
「ぎゃっ!」
「ミミル!」
空中でくるっと回転しながら皇妃さまに強烈なキックをお見舞いした私は、ほぼ同時に飛びかかってきたダリル殿下によって落下中に抱き留められました。ダリル殿下はそのまま私を抱えて地面を転がります。
突然ウサギに蹴られた被害者である皇妃さまは、予想外の事態に体勢を崩してその場に倒れ込みました。そして、舞い上がった花束をケネス殿下が手に持っていた剣で遠くへと叩き飛ばします。
少し離れたところで爆発する花束。一瞬の間を置いて悲鳴があがる観客席。パラパラと花だったものや何か固いものが降って来ますが、私はダリル殿下が覆い被さっているので直接あたることはありません。
彼の腕の隙間から成り行きを見守っていると、駆け寄って来た衛兵たちは事態を呑み込めていないようでキョロキョロするばかり。倒れ込んだ皇妃さまに木剣の先を突きつけたケネス殿下が、衛兵たちに彼女を捕縛するよう指示を出します。
「無礼な! わたくしは用意された花を持って来たに過ぎません。その剣を下ろしなさい!」
言われた通り剣を下ろしたケネス殿下でしたが、顔を上げ皇帝陛下に意見を求めました。ダリル殿下は私を腕に抱えたまま起き上がり「無茶しやがって」と呟きます。私のことでしょうかね。聞こえないふりしとこ。
立ち上がったダリル殿下も、ケネス殿下も、そして皇妃さまの身柄を拘束する衛兵たちも誰もが皇帝陛下を見つめています。陛下は疲れたお顔で目と目の間を少し揉んでから、意を決したように立ちました。
「その者を連れて行け。ケネス、ダリル、それからミミル・ラ・ラバッハ伯爵令嬢は医師の診察を受けること」
「陛下! わたくしは――」
皇妃さまが声をあげましたが、皇帝陛下は目を伏せて背を向けました。近衛を連れて競技場から出て行きます。ケネス殿下は混乱を収拾するべく競技場に残り、指示を出したり観覧席に声を掛けたりしているようでした。
そしてダリル殿下は……私を抱えたまま歩き出します。どうやら競技場を出るみたい。
無言のまま歩くダリル殿下の腕の中で、私は彼のシャツにしがみつきました。すごく大きな爆発だった。火薬の匂いがした以上、なんらかの爆発物である可能性はもちろん頭をよぎりましたけど、でもあんなに大きく爆発するなんて。
一歩間違えたら、または少し判断が遅かったらダリル殿下は。そう思うほど恐ろしくなって、微かに聞こえる彼の鼓動に必死に耳を澄ませます。
建物内の細い廊下で先を行く陛下の足音から道を逸れ、ダリル殿下は小さな部屋へと入りました。あつらえられた調度品は簡素な棚とベンチだけ。もしかしてここは剣闘などが行われる際の選手の控室でしょうか。
ベンチの上にそっと私をおろし、ダリル殿下はシャツを脱いで私に被せます。背を向けた彼を見て、人間の姿になれという意味だと理解してその通りに。久しぶりのダリルシャツは彼に包まれているような気がして大変に結構なんですが、いつもくるんでくれるマントもないので足や胸元の露出が大きくて落ち着きません。
胸元の生地を引き寄せ、裾を引っ張りながら彼に声を掛けます。
「あの、殿下……?」
振り返ったダリル殿下の瞳は怒りとも恐怖ともつかない色を湛えながら揺れていました。私の両肩を強く掴んで真っ直ぐに私を睨みつけます。
「なに、してんだよ!」
「なにって皇妃さまを……。ごめんなさい、どんな罰でも受けるつもりで」
「そうじゃない! アンタ、あれが爆発するってわかってて飛び込んで来たんだろ? なんでそんなこと」
「だって、ダリル殿下が危ないって思って」
殿下は私の身体を乱暴に引き寄せて、力いっぱいに抱きしめました。彼の喉の奥から零れ落ちるのはひどく掠れた切なげな声。
「言ったでしょ、ミミルに何かあったら正気じゃいられないって」
「ごめんなさい。でも、でも私だってダリル殿下に何かあったらもう、前なんて向けない。歩き続けていられないから!」
深い溜め息とともに、殿下の腕から力が抜けました。抱き締めたまま優しく私の髪を撫でる手は少し震えています。
「ほんとにヤンチャなんだもんな……目が離せない。だからもう、ずっと俺のそばにいて。俺に守らせて」
「え、それって」
まるでプロポーズみたいじゃないですか。
驚いて顔を上げると、身体を離したダリル殿下と視線が絡み合いました。
「最初は目には目を、ウサギにはウサギをってそんな軽率な考えしか持ってなかった。でも気付いたら何より先にミミルのこと考えるようになってさ。……好きだよ。いや愛してる、だな。すごく」
彼の言葉に身体の奥から幸福感がこみ上げてきます。何度も飛び上がって踊り出したいくらい。
「でもわた、私、ただの伯爵令嬢だし次女だし皇妃さま蹴ったし、」
「それが何か障害になる? 俺、狼なんだけど」
生涯ただひとりを愛し続ける狼獣人――ダリル殿下は私の長い耳についばむようなキスをして甘い声で囁きます。
「ほら、ミミルも気持ちを聞かせて」
「うぅ……好きぃ……」
言葉にしたら急に泣けてきて、私は殿下の胸で気が済むまで泣き続けました。




