第26話 適材適所を勝ち取るのもなかなか大変だろうなと思います
帝都の中心から少し外れたところにあるコロシアムへ移動しました。
これで皇太子が決まるとあって、貴族だけでなく平民も観覧に集まっているようです。近くにいるエリザベスさまの声さえ聞きづらいほどの歓声の中、私は眩暈を感じていました。
だって、なんで私がエリザベスさまの隣にいるんですか。なんで私が皇族の観覧席にいるんですか。おかしいでしょ!
ここは階段状の観覧席に囲まれた中心が競技場となっていて、普段は剣闘や闘牛で盛り上がっているそうです。そして、一部の貴族および皇族はこの競技場内の特設観覧席から間近で行われる決闘を見るという趣向だそうでして。恐らく、証人としての機能を持たせているのだと思います。
隣にはエリザベスさま。皇帝陛下、皇妃殿下を挟んで向こう側にロビン殿下が並んでいます。おかしい。絶対おかしい。
そんなふうに私が状況を呑み込めずにいるうちに、ダリル殿下とケネス殿下がそれぞれ競技場へと入って来ました。古い慣習に従ってか、ふたりとも白いシャツのボタンを三つほど開けています。
立会人が大きな声でふたりの紹介を始めましたが、観覧席の皆さんにはちゃんと聞こえてるのでしょうか。私にはあんまり聞こえなかったけど。
突然ダリル殿下がこちらを見て手を振りました。待って、ちゃんともっと緊張した顔して。せめて真面目にやって。と目で訴えても思いが届く手ごたえはありません。
次に武器の選定。立会人の用意した二振りの木剣を決闘者それぞれが確認して選び取るわけです。おふたりはほとんど時間をかけずに確認を終え、所定の場所に立ちました。
木剣を用いるのはこの決闘のみの特別ルールですね。そのため勝敗は一方が降参するか、剣を取り落とすかで決まるのだと聞きました。いかに酷く打ち据えられても降参しなければ負けではないのですから、互いに剣を狙っていくことになるのでしょうか。
「……ケネス殿下はお強いのでしょうか」
「第一皇子ですからある程度は動けますけど、相手が悪いわ。ダリル様は別格ですもの」
私の呟きにエリザベスさまがクスクスと笑い声をあげました。
ネイト殿下と対峙したあの夜、急襲してきたヒョウを一閃のうちに返り討ちにしたダリル殿下を私も目の当たりにしてますからね……エリザベスさまの言葉も素直に頷けるというのものです。
向かい合うふたりは剣を胸の前で縦に構え、左手を背にまわしてお互いに誓いの言葉を述べます。なんて言ってるかは聞こえませんけどね。
おふたりの真剣な表情のせいでしょうか。コロシアム全体が水を打ったようになり、私も自分の心臓の音が聞こえてしまうのではないかと不安になりながら手を握り締めました。
「開始」
立会人の言葉は今度こそ、よく聞こえました。と同時に動き出すおふたり。
その攻防は……誰が見ても圧倒的でした。攻めに徹するケネス殿下と、悠々いなすダリル殿下。ダリル殿下が押し返すだけでなくさらに一歩前に出れば、勝敗は決するだろうことは容易に想像できます。
最初こそ動かないダリル殿下をなじるような声があがりましたが、徐々にコロシアムを包む空気が変わっていきました。髪を振り乱し汗を滴らせて、荒くなった息を整える間さえ勿体ないというように剣を振り続けるケネス殿下を、人々は応援し始めたのです。
「ケネス様……っ!」
エリザベスさまの掠れた声が聞こえました。
私も本当ならダリル殿下を応援すべきだとわかっているのに、ケネス殿下の真っ直ぐで真剣で必死な様子につい彼の名前を呼んでしまいます。
だけどダリル殿下だってすごく……切なそうなお顔でした。何度ケネス殿下を叩き伏せても再び向かって来るのを祈ってるような。そんなおふたりの戦いに会場全体がすっかり飲み込まれていたのです。
それからどれだけの時間が経ったでしょうか。長いようにも短いようにも思える激闘の末、勝利したのは……ケネス殿下でした。
彼の渾身の一突きがダリル殿下の手を打ち、木剣が高らかに舞い上がったのです。次の瞬間、ダリル殿下は片膝を地についていました。右手を胸に当て、息も絶え絶えなケネス殿下を見上げて。
歓喜に溢れる声が会場を覆い、再びエリザベスさまの泣き声さえ聞こえなくなったというのに、私にはダリル殿下がなんと言っているのかわかる気がしました。
――兄上の剣となってお支えします。
彼らは最初からどちらが皇帝に相応しいか理解していたのでしょう。そして、それぞれの力を貴族にも民にも示して見せた。お互いが帝国の明日を導くに足る人間であると、その姿で見せつけたのです。
私とエリザベスさまが抱き合うようにケネス殿下の勝利を喜び、観客席も落ち着きを取り戻した頃。皇妃さまが音もなく立ち上がりました。彼女の腕には大きな花束が抱えられ、ゆっくりと競技場の真ん中へと進んでいきます。
勝者への花束の贈呈……ごくごく当たり前のことのように思えますが、底知れぬ違和感が私の胸を黒く染めようとします。ケネス殿下、ダリル殿下のおふたりも近づく皇妃さまに気付いて眉をひそめました。
そのとき。私の背後から幼い声が囁いたのです。
「うさぎのお姉ちゃん、ぼくたちね、鍵を盗めって言われたの。牢屋の鍵を盗んで猫のおじさんにあげたんだよ」
私にしか聞こえないであろう声量。
ハッとして振り返ると、小さな男の子はウサギの姿に転じて走り去るところでした。気付いた衛兵が密かにそれを追いかけましたが、恐らく捕まえることはできないでしょう。
それよりも、です。牢屋の鍵を盗んで猫のおじさんにってなんのこと……? 首を傾げながら正面を向いて、再び皇妃さまの姿が視界に入ったところで全てが繋がりました。
窃盗団とネイト殿下の関係やラガリア共和国の暗躍。ネイト殿下の罪が一般には明らかにされていないこの状況で、もしケネス、ダリル両殿下が亡くなったら?
思わず席を立ってしまいましたが、でも、どうしたらいいの……っ?




