第25話 自慢の黒ウサギですが自由すぎるのが玉に瑕でして
例の事件から五日が経って、私はダリル殿下に連れられてお城へやって来ました。今日はダリル殿下とケネス殿下が継承権を賭けて決闘する日、ですからね。
すぐにもイスター王国へ帰されるかと思ったのですが、すでに私は部外者ではないからと皇帝陛下が仰って、もう少しだけ滞在することが許されたのです。
ダリル殿下も私もこの五日間、誘拐や人身売買の被害にあったバニール族を探すことに忙しくしていたので、決闘に対する緊張感を持つ暇もありませんでした。当日になればさすがに緊張するかと思っていたのですが、ダリル殿下ときたら「会わせたい人がいる」と言って私を城内の一室へ連れて来たのです。
通されたのはとても豪華なお部屋で、奥の大きなベッドには男性が横たわっていました。
私たちが入室するとベッドの男性は半身を起こし、笑みを浮かべたのですが……。
「まだ十分に動けないのでこのままで失礼するね」
「え……っと、もしかして第四皇子殿下でいらっしゃいますか」
お肌の多くが包帯で覆われたこの男性の瞳孔は縦に長く、猫獣人の血が感じられます。
「そう。今さらの自己紹介となって申し訳ないケド、僕がロビンだ」
ロビン殿下は慌てて淑女の礼をとろうとした私を制して、椅子に座るよう促しました。ダリル殿下と並んでベッドの脇に置かれた椅子へ腰かけます。
「殿下のお屋敷、拝見しました。あれだけの火勢であったにもかかわらず、こうしてお会いできるまでご快復されたことお喜び申し上げます」
簡単な自己紹介から続けてそう言った私に、ロビン殿下は柔らかな笑みを浮かべながら優雅に胸に手をあてました。
「それは貴女のおかげなんだよ、ミミル嬢」
「私、ですか?」
全く意味がわからなくて頭に浮かんだ疑問符を持て余していると、ダリル殿下が隣でくくっと笑いました。知ってるなら教えてほしいのですが。
と、私の長い耳が扉の向こうの足音を聞きつけました。どこか懐かしいそのリズムが気になって扉を振り返るのと、おざなりなノックで返事を待たずに誰かが入室するのは同時で。
「殿下、ご用命いただいた通り車椅子の手配して来まし……お嬢様っ?」
振り返るとそこには、私とほとんど変わらない年齢の女性の姿。艶のある黒髪で、鼻の上にそばかすが散っているその女性を、私はよく知っています。
「メイジー?」
「ミミルお嬢様……、お嬢様、ああ、ご無事で……っ!」
メイジーは私の侍女です。イスター王国においてはどこに行くときも一緒だった、忠義に篤い子爵令嬢の。彼女は号泣しながらこちらへ駆け寄り、呆然と立ち上がった私を抱き締めました。
「どうしてこんなところにいるの?」
「わた、わたしも攫われたのです。孤児院でお嬢様が外へ向かうのを追いかけたのですが、拉致されそうになったお嬢様をお救いしようとして、力及ばず」
「そんな! どうしてそんな無茶を」
思わず責めるような口調になってしまいましたが、どうしてだなんて野暮な質問です。彼女があの現場に居合わせたのなら、これは当然の結果と言えましょう。
身体を離した彼女の手を握ろうとしてハッとしました。
「あなた、この火傷……もしかして夜会で私を助けてくれたウサギもあなたね? でもなんだってこんな大きな火傷を」
メイジーが転身した姿を見たことはなかったのですが、どうやらあの黒ウサギがメイジーだったみたいです。
口を噤むメイジーに代わって答えたのはダリル殿下でした。
「火事、あったろ。あそこにいたんだ。彼女はロビンに買われてた」
「買わ――、はぁっ?」
思わず振り返ってロビン殿下を睨みつけると、彼はバツが悪そうに手をもじもじとすり合わせます。
「誓って変なことは何もしていないよ、本当に。僕はネイト兄さんを失脚させるネタになるかと思ってウサギを買いに出かけて、そこでメイジーを見つけたんだ。利発そうだし事情が聴けるかと思ったら、ミミル嬢を助けろってすごい熱意でね」
メイジーもロビン殿下の説明に大きく頷きました。いや高貴なる皇子殿下にとんでもないことしてますね、この子は。
どんな顔をすればいいのか戸惑っていると、ダリル殿下が苦笑しながら足を組みなおしました。
「彼女のおかげでロビンはあの火事でも怪我だけで済んだし、それにイスター王国への連絡も迅速にできた」
「以前から僕は人身売買の線を追ってたしダリル兄さんは窃盗団を、ケネス兄さんは爆発的に人口が増加したバニール族についての調査をしててね。それらがメイジーの証言でひとつに繋がったんだよ」
継承権争いの最中であることや、ネイト殿下の目があることなどから三人それぞれの報告には行き違いもあったものの、例の夜会では全員が協力できたのだと言います。
「先日のうちに正体を明かしてくれてもよかったのに」
あの事件のあと、黒ウサギはしばらく私の膝の上で自由に寛いでましたからね。
そんな私のぼやきにメイジーは涙でつっかえながらたどたどしく答えました。
「あの時は、お嬢様に落ち着いていただくのが優先だとダリル殿下が。わたしまで売られたのだと知ったらどうなってしまうかと」
それはそうかもしれません。
私と同じ方法で買い手の前に立たされたのであれば、それはメイジーの貴族令嬢としての誇りに傷が……いえ、今ならそんなことで私たちは傷つけられたりしないのだと言えますけど。あの瞬間はそうは思えなかったでしょうね。
メイジーは両手で私の手をぎゅっと握りしめながらわんわん泣いていましたが、しばらくして泣き疲れたのかベッドに腰掛けました。なんて自由なの。ていうかそれ皇子殿下のベッドなんですけど?
ちょっとハラハラしましたが、ロビン殿下はニコニコしてるし大丈夫みたい。
「メイジーを助けてくださってありがとうございました」
「僕こそ助けられたよ、いい侍女だね」
ロビン殿下と頷き合ったところでダリル殿下が椅子から立ち上がり、私の手を取りました。
「それじゃ、俺たちはそろそろ行こうか」
また後でねと言いながらふたりと別れ、私たちは部屋を出ます。
私の手を握るダリル殿下の手は当たり前のようにごつごつしていて、武人であることを思い知らされます。その強さはイスター王国へ聞こえてくるほど。決闘ともなれば、ダリル殿下が勝利するに違いありません。
……さすがに、皇帝陛下のお嫁さんにはなれないですよね。
って、決闘に負ければ結婚できるって話じゃないけど。私はただの伯爵家の次女なんだし皇子さまのお嫁さんになんてなれるわけないのに。夢見すぎ!
そりゃチューしちゃったんですけど! だからってわけじゃないんですけど! あーもー淑女が聞いて呆れちゃう!




