第14話 気付いてほしくなかったことと気付きたくなかったことと
獣の叫び声に驚いて顔を上げたとき、背後からも恐ろしい声が聞こえて来ました。それは唸り声であり、様子を見ながら近づこうとするライオンであるわけで。
主を守るための護衛ですから強靭さを重視してライオン獣人を連れて来たのでしょうか。トップスピードでは負けますが、それさえ躱せれば持久力で十分勝算があります。問題はここから降りられないということですけど。
ライオンさんはウィンドウボックスのような狭いところを歩けませんから、飛び掛かって届くかどうか目測している感じでしょうか。同時に真後ろ、私が今いる場所の窓がガタガタと揺れ始めました。転身できない人たちはここを開けて捕獲しようとしているみたいです。賢い!
「ガウッ!」
先ほどの獣の声がさらに近いところから聞こえました。
見れば左手側からこちらへ走り寄る狼の姿があります。目が合うと同時に狼は大きく跳躍し、壁を蹴ってさらに上へ。真っ直ぐ私を目指しているようですが……。
意を決して足場にしていたウィンドウボックスを蹴って飛び、次の瞬間、私の身体は大きな口にぱっくりと咥えられてしまいました。
狼は落下中に壁を蹴って衝撃を分散させ、ふわりと地面に降り立ちます。そのまま休むことなく走り出したのを、後ろからライオンが追いかけて来ました。一気に距離を詰めたライオンが飛び掛かって来たものの、的確なタイミングでターンをした狼がそれを避けて再び加速。
狼の持久力にライオンが適うはずもなく、この一瞬を制した狼の勝利が決まったわけです。
そして。狼に食べられたまま走ることどれくらい経ったでしょうか。身体に伝わるリズムが心地よくて、狼の口に挟まったまま眠ってしまいました。だってこの狼、たぶんダリル殿下です。あの金色の瞳と不安げな表情は、狼の姿であっても間違えるはずがありません。木の上で心細くなっていた私に手を差し伸べてくれた、あの時と全く同じお顔でしたから。それに私は、隔世遺伝的にそれが起こり得るって図書室で学びましたからね!
以前言っていた通り、私のこと見つけてくれた。ちゃんと助けに来てくれた、もう大丈夫って安心したら眠くなっちゃって。
「おーい、ミミル。着いたぞー起きろー」
「ふがっ」
ハッと目を覚ましたら、ふかふかのベッドの上にいました。
それをダリル殿下が覗き込んでいます。人間の姿に戻ったみたいですね、狼もかっこよかったのに。
周囲をぐるっと見回して、ここが殿下の私室であることを確認しました。どうやら屋敷まで戻って来たようですね。狼の姿のまま走り回ったのか、途中で馬車へ乗ったのかわかりませんけど。
キルトの奥深くに潜ってから私も人間の姿へ戻ります。
「助けてくださってありがとうございました!」
「や、俺のほうこそ危ない目に遭わせて悪かったと思ってる。痛いところはない? 何か危害を加えられたりは?」
「いえ、それはまったく」
殿下は水差しの水をグラスへ注いで差し出してくれました。
それを一息に飲んで、ぷはーっと息を吐いたところでやっと帰って来たんだって感じがして。グラスを返そうと伸ばした手がぶるぶる震えてました。
「あ、ごめんなさい。なんか、急に怖くなっちゃって」
「悪かった。もう大丈夫だ」
私の隣に腰掛けた殿下はキルトごと私を引き寄せて、優しく背中を撫でてくれました。昨日の夜、泣き出してしまった私にずっと寄り添ってくれたように。
そうするうちに少しずつ落ち着いてきて、私もやっと話ができる気がしました。
「メダル取れませんでした」
「いいんだ、問題ない。手はまだいくらでもあるから」
強制転身の首輪の入手先がラガリア共和国であること、バニール族の誘拐や売買の主犯がネイト殿下であることとその目的、そしてバニール族のブリーディングというとんでもない計画があることなどをひとつひとつ報告しました。
私が言わなくても優秀な部下からしっかりした報告が上がってくると思うのですが、それでも自分の口で伝えたのはバニール族を助けたいからです。ダリル殿下ならきっとどうにかしてくれるって思ったから。
うんうんって静かに聞いていたダリル殿下でしたが、話し終えた私の髪を弄びながら「ほかには?」と言いました。
「ほかに?」
「あのネイトが泥棒に対して生け捕りを指示するってのは意外だった。何かあったかと思って」
あー、聞こえてましたか。確かにネイト殿下は少し声を荒げてたし、窓は開いてたんですから聞こえていてもおかしくありません。
深呼吸をひとつして、できるだけあの日のことを思い出さないように気を付けながらネイト殿下と初めて会ったときの話をします。
ダリル殿下は少し身体を離して、真っ直ぐ私を見つめながら聞いてくれました。
「殿下に攫われた日、ネイト殿下にも会ってたんです。私を買おうとしたのがネイト殿下でした。小さな部屋で台の上に乗せられて、首輪を外されて……。そしたら私を買うって言い出して」
「強制転身の首輪だよな。それを外されたってのは、人間の姿を確認して買い取り――」
突然、ダリル殿下が私の両肩を掴みました。力が強くてびっくりしちゃったけど、勢いがすごくて何も言えません。
「待っ、ウサギの姿から人間にって、まさか」
やっぱり気づいちゃった……!
そうです、素っ裸だったんです、私の裸がネイト殿下とその他数名に見られちゃったんです。もうお嫁にいけないんです!
全然知らないどこかの誰かのままだったらよかったのに。いえ。相手が誰であれ、この事実を彼に知られてしまったことのほうがショックなのだと、いま気づきました。
俯いた私をダリル殿下はすごく強い力で抱き締めます。
「嫌なこと思い出させてごめん。あいつのことは俺が責任もってどうにかするから」
彼の背中に手を回して、強く頷きます。
この温かい腕の中にずっといられたらいいのにって思いながら。私、ダリル殿下のことが好きだ……。




