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狼皇子はウサギ令嬢を離さない~泥棒から始まる甘い溺愛~  作者: 伊賀海栗


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第13話 二度と会いたくない人に会ってしまいました


 首輪に関する質問に対して、若い男性の声が回答しました。恐らくネイト殿下でしょうね。


「当面は現状維持でいい。イスター王国で捕獲する数を減らして、こっちでウサギを増やせないかと思っているところだ」


「ハッハッハ! ブリーディングのようにですか」


「せっかく捕まえて来たのに、いざ首輪をつけてみたら転身しないという偽のウサギも少なくないのだ。あの首輪は使用回数に限りがあるだろう? 今のやり方ではコストばかりかかってしまう」


「転身できる良血統同士で掛け合わせるわけですな」


 し、信じられない!

 バニール族はれっきとした人間なのに! 人権という概念はないのかしら、野蛮です、野蛮! それに偽のウサギって一体どんな了見で物を言っているんでしょうか、ネイト殿下だって血統で言えば混血なんだから転身できないくせに!

 つい足がバタバタしてしまって、ジャケットの外側から落ち着けとでも言うみたいにポンポンと叩かれました。はいすみません。


「想定通り帝都を中心にウサギ獣人の子どもが増えているし、娼館の売り上げも落ちているようだ」


「娼館は軒並み上物だけを集め高級化、売れぬ娼婦は落ちこぼれて闇で春をひさぐようになる。病も流行るだろうし……行き場のないウサギ獣人の住処を中心にスラム化が進み、今後帝都の治安は悪化の一途をたどるでしょう」


「国力が落ちて来たところを狙って水面下でお前たちが介入すると。まったく、気の長い話だ」


「なに、あなた様が次期皇帝であればこそ手を取り合う未来があるのです。見据えるべきは十年、二十年先でございますとも」


 んー難しい! よくわからないけど、ラガリア共和国は帝国の政治を意のままに動かしたいってことですよね。そのためにバニール族を利用していると。


 誘拐されてペットとして売られそうになったからよくわかりますけど、彼らはバニール族を性的な奴隷として売りさばいてるんですよね。人身売買はおろか奴隷だって国際的に禁止されていますが、ウサギだと言い張ってそれらの監視から逃れている。

 獣人の中には特定の時期にしか発情しない種族もあるそうですが、バニール族は通年で性交が可能……というのも人気の要素なのだとか。

 最低最悪な人たちです! 絶対、ぜったい皇太子になんてさせちゃダメな人だわ。


 コーヒー係さんのポケットから出て、ジャケットの内側で彼の身体を伝いながら背中側へまわります。コーヒー係さんもさりげなく腕を動かして手伝ってくれました。腰に掴まったまま下を確認。直角の壁が見えるので部屋の隅にいるようですね。それに絨毯もそこそこ毛足が長そうなので足音を気にしなくても大丈夫そう。

 足の裏側を駆け下りて床へ降り立ちました。さぁ、ここからはスピード勝負になりますよ。でも一旦、観葉植物の鉢の陰に隠れましょう。うー緊張する。


 ダリル殿下の教えその一、脱出経路の確保! えっと、ドアはしっかり閉じているので無理。通気口は荷物でふさがっていてこれも無理。あとは窓ですが、換気のためか北側の窓が少し開いてます。開けておいてくれたのかな?

 つぎ、ダリル殿下の教えその二、護衛およびネイト殿下の位置と、メダルの場所の確認! ちょっと視認性が悪くてぜんぶは見えないのですが、護衛はドアのところや窓のそばにちょこちょこいますね。ネイト殿下は横顔しか確認できませんが、メダルは……以前ケネス殿下がつけていたのと同じところにありそう。


 はい、ではダリル殿下の教えその三。命だいじに!


「殿下は確か先日ウサギを飼うと――」


 ラガリア共和国のおじさんが何か話し始めたとき、突然コーヒー係さんが歩き出しました、会話が止まり、室内の視線がコーヒー係さんに集中したのがわかります。つまり動くなら今!

 走り出した私に最初に気付いたのは、ラガリア共和国からいらした猫科の護衛さんでした。中年おじさんの背後に控えていた人で、「あっ」と叫んだのですがもう遅いです。ウサギの足は「あっ」と言ってる間に目の前をすり抜けていくんですから。


 ネイト殿下の足元にたどり着くなり飛び掛かろうとしたのですが、彼の背後にいた護衛が私を叩き落そうとしました。空中で身体を捻ってそれを躱し、ネイト殿下の座るソファーの座面に着地。再びメダルを狙おうとして――。


「おまえは!」


 ネイト殿下が私の姿を見て目を丸くしました。それは私も同じこと。

 

 だってこの人、私を買おうとした人です!

 あの日、誘拐されたらしき他のバニール族たちから引き離されて、私だけ小さな部屋へ連れて行かれて。そこにいたのがこの若い男性、ネイト殿下でした。彼の目の前で強制転身の首輪を外されて人間の姿になると、彼は満足そうに頷いて「これにする」って。

 部屋の扉が開いた瞬間を狙って転身して逃げ出したのですが、なるほど、皇子殿下が買い手だったからあんなにしつこく追いかけ回されたんですね……!


 びっくりして頭が真っ白になってしまいました。伸びて来たネイト殿下の手が私に触れる直前でどうにかソファーから飛び降りることに成功。っていうか、相手も驚いてたんだからメダルを狙うチャンスだったのではっ?

 あーもーバカバカ! もう一回くらい狙えるかしらと思っ……無理ぃ! 全員の視線を集めてました。動きが速い人はもうこちらに向かって走り出してるし、逃げないと。


「多少の怪我は構わない、殺すな、捕まえろ!」


 ネイト殿下の叫び声を背に、窓へ向かって走ります。身体の大きな人の股下を潜り抜け、猫パンチを躱して。

 そして目の前にはコーヒー係さん。彼が私を掬い上げる振りで伸ばした手をすり抜けてさらに走ると、窓のそばに控えていた護衛がしゃがみながら手を伸ばして来ました。


 私はその手を踏み台に、窓へ飛び乗ります。

 ふふ、この護衛の顔には見覚えがあったのです。確か、第四皇子の屋敷が燃えたときにダリル殿下のところに報告に来た人です。ちゃんと逃走経路を確保してくれてた。ありがとうございます!


 窓から外へ出て、本来なら花を飾るはずのウインドウボックスを渡り歩きつつ、下へ降りる場所を探します。さすがに二階から飛んだら全身骨折しちゃう!

 適当な場所が見つからず、右往左往していたら……。


「ガゥッ!」


 すぐそばで獣の叫びが聞こえました。





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