第12話 初心者なので泥棒仕事も手探りでやらせてもらいます
窓から様子を窺っているうちに出発の時間がやって来ました。
少し前にネイト殿下の一行がやって来て倉庫へ入って行き、それから遅れること……どれくらいだったかな? わかんないけど、ちょっと待っていると見るからに猫系のお顔立ちの人たちがやって来たのです。
獣人の血が濃いと人間の姿であっても耳や尻尾、牙や爪といった細部に獣の形質が現れます。私には長い耳と気持ちばかりの尻尾があるし、ダリル殿下は一見すると人間そのものですが普通の人間より牙が鋭い……ような? 気のせいかもしれませんけど。
ラガリア共和国の人々は猫科同士、つまり近縁種での交配が続いているせいか耳や尻尾など見た目にもわかりやすい姿をお持ちの人が多い。なのでもしかしたら転身できる人も多いかもしれないですね。気を引き締めていかないと。
「この辺りで働く人、全然来ないですね」
「港の定休日だからね、合わせてこっちも休みってわけ。でも納品物が多いときは休み返上で整理とかするから、こうして人が集まっても誰も気にしないんだ」
「よく考えられている……」
さぁ、そろそろ時間です。物陰に移動して服を脱いでウサギに転身。
本当なら別室でやりたいんですけど、ドアが閉まると閉じ込められるという恐ろしい事態になりますからね。ぐちゃぐちゃになった衣類はダリル殿下が拾い集めてくれました。なんだか申し訳ないです……。
兵士さんが外へ続く扉を薄く開けてくれました。いざしゅっぱ――。
「ぶっ」
殿下に抱っこされました。何をするんだ。
「無理すんなよ」
「ぶ」
「自分優先な」
「ぶ!」
まったく、心配性なんですから。
と思っていたら、ダリル殿下は「あ」と言ってご自分の荷物を漁り始めました。取り出したのは香水瓶のようなもの。それを私に向けてシュっと吹き付けます。
「ぶぶぶっ!」
「悪い。俺たちが任務で使う消臭剤だ。お前の匂い、目立つからな」
「ぶーっ?」
匂いますッ? そういえば前にも匂いがどうのって言ってたけど! え、臭いんですか、私?
殿下はそれだけ言うと私の額にキスをしてから床へ下ろしました。またウサギだと思ってペットみたいな扱いして……。「よし」じゃないんですよ、全然よくない。自分が臭いのかもしれないとか悩みながら死にたくない。
「臭いわけじゃないですよ、ウサギ様」
肩を震わせながら兵士さんがフォローしてくれましたけど、全然フォローになってないです。むしろ傷ついた。
「ぶっ!」
絶対あとで問い詰めてやるんですからね! ……でも面と向かって臭いって言われたら傷ついちゃうかも。
何はともあれ、今度こそいざ出発です!
快晴の空は先日よりその青を濃くしていました。鼻をピスピス動かして周囲の香りを確認すれば、道端に生える雑草さえ豊かな緑の匂いを立ち上らせています。
巡回する警備の人の目を盗んで目的の倉庫の裏へまわると、小さな出入り口があります。ゴミと思われる空き瓶が予定通り挟まっているせいで扉は開きっぱなし。あらー、どなたかしら、ちゃんとゴミを捨てないからこんなことにー、あらー、いけませんねー! というわけで侵入成功です。
まず倉庫に広がるのはコーヒーの香り。帝国では男の人だけでお話をするときにはコーヒーを飲むことが多いと聞きますけど、本当だったんだ。私は苦くてあんまり好きじゃないし、そんな噂を聞いたときは「我慢してかっこつけてる」って思いました。今もそう思ってます。だって苦いもの。
ネイト殿下とラガリア共和国の客人との密談は二階の応接室で行われるはず。さあ、音に注意して匂いを嗅ぎ分けながら行きま――。
階段のほうへと数歩進んだところで、足が糸のようなものに引っ掛かりました。あっと思ったと同時に、どこかで金属的な何かが落ちるような音が。びっくりして飛び上がってしまいましたが、まだ逃げるような状況じゃない、はず。
階上から「なんだ」と言いながら降りて来る人の気配と、倉庫の奥からも誰かが歩いてくる気配。
やっぱり罠ですよね。嘘でしょ、どうしてウサギサイズの侵入者を見越した罠なんて……!
「なんだ今の音は」
「悪い、スプーンを落とした」
「チッ。早くしろよ、遅ぇってドヤされるぞ」
「わかってる」
階上の足音は戻っていきましたが、もうひとつの足音は迷いもないままこちらへ向かっています。物陰に隠れてやり過ごすことにしましょう。
すぐ近くまでやって来た足音はそこで止まり、無音に。やっぱり私のことを探しているようです。
「……耳出てますよ」
えっ!
慌てて耳を手で押さえたんですけど、いや絶対嘘です出てないはずです。耳の高さまで含めた自分の身長がわからないわけないじゃないですかーもー! って思ったのに。
「見つけた」
一体なにがダメだったのかあっさり見つかってしまい、私は伸びて来た大きな手に捕まってしまいました。無造作に服の内側にあつらえられたポケットへ放り込まれます。
そしてまた歩き出す男。なに、どういうこと?
「これから応接室に向かいますから、機を見て自分で出てください」
ともすると最も近くにいる私でさえ聞き逃してしまいそうなほどの囁き声。
ダリル殿下の部下の人ってことですねっ? ならそう言ってくれればいいのにっていうか、罠を仕掛けてるって先に言っておいてくれないとーもー。心臓止まるかと思ったー!
ポケットの中なので音と香りでしか判断できないのですが、私を運ぶ係の彼はコーヒーを持って階段を上っているようです。
「俺にもあとでくれよ、コーヒー」
「終わるまで部屋から出ないし、また今度な」
応接室の前で交わされる雑談。当たり前ですけどドアの前には見張りがいるんですね、そうですよね。わぁ。このコーヒー係さんがいなかったら、部屋の中に入ることさえできなかったってこと。
さすが泥棒初心者の私。当たり前のことさえ気づいてなかったなんて。勉強になります。二度と活かしたくないタイプの知識ですけど。
ノックの音、そして扉の開閉音。
ついに、応接室へ侵入しました。私は一体いつ出れば……。
あっ。「終わるまで部屋から出ない」って、私に向けてヒントをくれてたんでしょうか。だからタイミングは自分で見定めろってことですね! コーヒーさんはなんて仕事のできる人なんだ、凄い。
「それで今期の話だが、首輪はどれくらい必要ですかな」
中年男性の声。首輪って言うと、誘拐されたときにつけられた強制転身の道具を思い出しちゃいますけど、まさか……?