第11話 決戦の当日だって朝はのどかに始まるものです
少し早い朝ですおはようございます。カーテン閉じてるのでよくわかんないけど、外はまだ薄暗いと思います。寝たのが早かったので寝不足ということはありません。むしろ熟睡できたと言えると思います。
問題は。またダリル殿下と一緒に寝てるんですよねぇぇぇ!
どうして……って、確か私が殿下の服を掴んだまま寝たような気がしないでもないです。つまり自業自得というかむしろ私が殿下にご迷惑をお掛けしたわけで。大変申し訳ございませんでした!
あり得ないでしょ……こんなの淑女にあるまじきことですよ。何をやらかしているんですか私は。しかも今回は人間サイズのまま一緒に寝てますからね。私のお腹に殿下の腕が回ってるんですよねぇ!
お父様、お母様、ミミルはふしだらな子です……。って、何もないよね? ないですよ、ないです。だって初めてのあとは腰とかお腹とかがすっごい痛いって聞くもの。痛くないし! 大丈夫、清らか! でもさぁー。
と、とにかくこの腕から出ましょう。転身すれば隙間から出られるはずです。
「またウサギになんの?」
「ぴぎゃーっ」
びっくりした! すごいびっくりした! おかげで全身がビクってなったし心臓が飛んで行った!
恐る恐る振り返ると、ダリル殿下がこらえきれない笑いをどうにかしようと肩を震わせていました。
「なんだよその鳴き声」
「おき、起きて、起きてた!」
「そりゃー首振ったり頭抱えたり足バタバタしたりすりゃ起きるだろ」
彼はそう言いながらベッドを出て私の身体にキルトをかけ直します。カーテンの隙間から天気を確認し、大きく伸びながら欠伸をして。
「もう少し寝てていいよ。それじゃ、また後で」
ダリル殿下は音もほとんどたてずに部屋を出て行きました。シンとした部屋の中はなんとなく寂しくて、頭からキルトを被ります。
……ほんとに何もなかったですよね? ないない、ないはず。わかんないけど。
でも温かかったなーとか、予想以上に逞しい腕だったなーとかそんなことを思い返していたら。
「『またウサギに』って言った?」
ぎゃー! それって、まえ一緒に寝たときも転身が解けてたのバレてたってことですよね? ままままま前はすっぱ、すっ、素っ裸だったのに! ナンデ! ドウシテ!
というわけで考えることをやめた私はいつの間にか眠っていて、寝過ごしたところをメイドに起こされました。今日はどうせウサギになりますし、男児用の衣装でお出掛けするので支度が簡単だったのが幸いでしたけど。
「おはよう、よく眠れた?」
「おはようございます……はい、おかげさまで!」
現実逃避してるうちに寝るだなんて初めてですけどね!
エントランスで平民のような格好をした殿下と合流して、一緒に出発です。行先はネイト殿下の息がかかった貿易商の持つ倉庫。帝都郊外にあって、周囲は倉庫と大衆向けのお食事処、それにいくつかの住宅が並ぶいわゆる倉庫街だとか。近くを運河が流れている関係で、帝都へ物資を運ぶ拠点の一つなのだそうです。
密談は午後に行われますが、私たちは朝一番から現地へ向かいます。先に待機しておかないと近づくだけで気づかれてしまいますからね。
途中でくたびれた幌馬車に乗り換えながら数時間、私たちは目的の倉庫にほど近い古い住宅へと入りました。本来の住人は昨日と今日だけ外に宿をとってもらっているそうです。
同行する兵士さんがキッチンで朝ごはんを作ってくれました。スープが得意なんだと言いながら、スープとお肉とパンが用意されて。華やかさはないけど豪勢な朝ごはんです。サラダがあったら最高でした! くっそー肉食獣たちめ。いえ私だって人間ですから食べれますけど。でも朝から肉を食べるバニール族はいないと思うなー!
「俺たちはここでネイトと戦争するわけじゃない。だからこちらの人員は最低限だ」
食べ終えたダリル殿下が口の周りを拭きながらそう言いました。私は自分のお皿の肉を半分ダリル殿下のお皿に移しながら頷きます。
「あくまで泥棒ですもんね、承知してます」
殿下が兵士さんに目配せすると、なんとリンゴが出てきました。リンゴ! よかったーお肉とパンだけじゃ胃がもたれちゃうとこでした。
「……やっぱやめる?」
ダリル殿下は自分のお皿に突然発生した肉をフォークの先でつんつんしながら呟きました。
ここまで来て何を言ってるんでしょうか。やめるってことは、私は何もせずに帰るってことです。遺書まで書いて心を決めたのに、軽々しく言わないでほしいものだわ。
「やめません。なんでですか」
「さすがに今さらっスよ、気持ちはわかるけど」
朝食を作っていた兵士さんが自分の分をお皿によそいながらそう言いました。殿下は深い溜め息とともに「わかってる」と。
「俺たちは全力でミミルを守るけど、でもそれだけじゃ『絶対』にはならない」
「あはは。それくらいわかってますってば」
絶対なんてないことは理解してます。ネイト殿下が身につけているはずのメダルを盗み取るわけですから、それはもう大騒ぎになるはず。
ただ昨日の殿下の「絶対」って言葉はそれを踏まえてなお嬉しかった。だから今こんなに落ち着いていられるんです。
皮ごとショリショリとリンゴを食べます。ミツリンゴじゃないけど十分美味しい。
「『絶対』にするにはミミルの協力が必要だ」
「協力?」
「約束してほしい。メダルに執着しないこと。無理だと思ったらすぐ逃げること。仲間が囮になっても振り返らずに逃げること」
「囮なんて」
そういえば、すでにダリル殿下の部下が何名か潜入しているっておっしゃってましたっけ。でも警備が厚くて彼らでは盗めない。そこでウサギの小ささと機動力を買われて私がこの任務に選ばれたというわけで。でも囮だなんて。
「俺の部下はみすみすやられたりしない。だからメダルより自分を優先するって約束して」
「殿下はメダルよりウサギ様のほうが大事になったんスよ」
「うるせぇ」
笑いをかみ殺して横から口を出した兵士さんの足を、ダリル殿下がテーブルの下で蹴り飛ばしました。暴力的! でも兵士さんは一層笑ってるから、これは上官によるイジメとは違うのよね?
「人命を優先しようとする志は大切です。でも、殿下にはもっと重要な使命が――」
「いーから約束」
「はい、します。命だいじに」
もう一口と齧ったリンゴはとっても甘くて。
励ますように殿下の肩をぽんぽんと気安く叩く兵士さん……こういうのを信頼関係って言うんでしょうか。私もお優しい殿下の気持ちに応えられるよう頑張らなきゃって思うんだから、皇族の人心掌握術ってすごいです。