五人組
「旦那。はっきり言っちゃあいけませんぜ」
禿げ頭がそう言って、青年が馬から馬車へ移動するのを手伝う。
青年は馬の鼻面を撫でてやると、手を借りながら、元いた場所へと座りなおした。
青年に続いて、彼の連れも、何事もなかったかの様に、元の場所に収まった。
しかし、ほかの乗客たちはそうもいかない。みんな固まったまま、まだ呆然としていた。
「タカ。お前後で覚えてろ?」
「あらやだ。手下いじめよ。手下いじめだわ」
そんな呑気な会話が、彼らの行動と、まったくもってちぐはぐしているのだが、本人たちは気にした様子もない。
「キャルちゃん、すまないね」
怪我をした御者を手当てしていた黒髪の美女が、金髪の少女の頭を撫でた。
「ほら。なにせこの人、目立ちたがりで寂しがりだろ?こんなこと言っているけど、セインさんとキャルちゃんに、ちゃんと褒めてもらいたいのさ」
「な!ば!馬鹿言ってんじゃねえよジャムリムお前!」
「へー」
「ふーん」
「あー」
なんだか、どんどん変な方向へ話が流れていく。
「あ、あのお・・・」
手当てが終わったらしい、御者がおずおずと手を挙げた。
「発車してもよろしいでしょうか?」
もっともな提案をする。
「馬はみんな無事ですし、点検をして、走れるようなら動いたほうが良いんじゃねえかと」
「ああ、ごめんね。それはそうだね。ほかの乗客の皆さんも、何事もありませんか?お怪我は?」
御者の提案を受けて、セインと呼ばれた眼鏡の青年が馬車の中を見渡した。それに、乗客全員が頷く。
眼鏡の青年の問いかけが合図になったのか、ようやくこの場所から移動できると安心したからか。乗客たちはいそいそと、各々の位置を確認し、落ち着ける場所を見つけて席に着いた。
駅馬車に、ようやくいつもの賑わいが戻る。
それを見て乗客に何事もないのを確認すると、御者は荷台を降り、車輪や馬たちの綱などを点検してゆく。
何事かがあってはまずいので、護衛に禿げ頭がついた。
「あの」
御者が、裂けた幌の応急処置をしながら、小さく尋ねた。
「お宅ら、どういう団体さんで?」
「あー?あー・・・。うん。普通、そう思うわなあ」
ぽりぽりと禿げ頭を掻きながら、うーん、と唸った後。
「どういう団体かって言われたら、何でもねえんだけどもよ」
などと言うが、あの腕の立ちっぷりで、何でもないわけがない。
「どっかのお偉いさんの護衛かと思ったんだがね」
御者が言うのも尤もで。
「護衛っちゅうか、護衛を訓練しに行くんだけどさ」
「へえ!そりゃ、達人なんでしょうなあ。強いわけだ」
妙に感心しながら、御者がにっこりと笑った。
「で、ものは相談なんだがね?」
「は?」
つまりは、目的地に着くまででいいから、用心棒をしてくれないか、という事だった。
たしかに、普通駅馬車には用心棒が付くのが当たり前だ。用心棒がいたって、先ほどのような盗賊や山賊に狙われるのだから、いないほうがおかしいのである。
「今回は、ほれ。あの町で足止め食ったうえに、用心棒なんざ雇っている余裕もなかったしな。崖崩れやら倒木やらで、そっちのほうに人件費取られちまったから」
この駅馬車に乗った町では、ちょうど嵐に遭遇したのと、へんな泥棒集団が発生した。おかげで、足止めを食いそうになったのだが、爆発騒ぎや盗難騒ぎのおかげで、ルートを変えてでも駅馬車を走らせることになったのだった。
「報酬は出るのかい?」
「もちろん!大きな町に着いたら、組合に掛け合ってはずんで貰うよ!」
護衛を勤めるような連中を訓練するのだから、下手な護衛よりよほど腕が立つに決まっている。
真剣な面持ちの御者相手に、禿げ頭はつるりと頭を撫でて、にやりと承諾した。
「よし。旦那がだめでもおれっちとキャプテンで何とかなるしな。金になるならやるぜ」
「おお!ありがてえ!あんた、名前は?」
「おれっちはタカってんだ」
「じゃあ、タカ。よろしく頼むよ!」
にこにこと頼まれて、悪い気はしない。タカは、これで商売が出来たとばかりに、上機嫌で幌の中の定位置に戻って、他の四人に用心棒の件を説明した。
御者は御者で、御者台に戻ると、乗客全員の定員数を確認し、よっぽど安心したのか、鼻歌交じりに馬車を発車させる。
馬車はゆっくりと動き出し、どんどんスピードを増していった。
この御者もほかの乗客も知らないことではあるのだが、運が良かったというべきか。
確かに、この五人にかかれば大船に乗ったも同然である。
タカは泣く子も黙る海賊船クイーン・フウェイル号の一味だし、彼がキャプテンと呼ぶ男こそ、そのまま海賊王と名高いキャプテン・ギャンガルド本人であったし、金髪の少女は、見た目こそ可愛らしいが、これでもゴールデン・ブラッディ・ローズの二つ名をもつ凄腕のヘッド・ハンター、キャロット・ガルムその人である。
そして、一番謎な眼鏡の青年なのだが。彼は数か月前に、キャルが引き抜いた伝説の聖剣、大賢者セイン・ロズドの本体であり、化身である。
まったくもって、そうは見えないが。
ちなみに、黒髪の美女はジャムリムという。ギャンガルドの愛人であり、今のところ、海賊王を制御できる唯一人の貴重な人材だ。