城壁
馬車は一行を乗せ、とりあえず何事もなく、無事に次の停車場のある街が見える場所まで順調に辿り着いた。
今度は大きな街で、宿屋もホテルも選り取り見取りらしく、キャルやジャムリムなどは、同乗した若いカップルからいろいろと情報を聞き出してははしゃいでいる。
「しかし、凄い城壁だな」
すっかり御者と意気投合したタカは、御者台に座って前方を仰ぎ見た。
「ここの領主様の家が、代々軍人の出でね。この地方を任されたときに、城下町まで城の壁で囲っちまったそうだ」
「へえ。すげえや。でっけえ要塞みたいだぜ」
タカが感心するのも無理はなく、巨大な壁にぐるりを取り囲まれて、広い荒れ野の中に、その街は唐突に現れた。
外からは、城壁に阻まれて内部を観察することは難しい。ただ、奥に小高い丘があり、その上にこれまた堅牢そうな城が建っている。あれが、その領主とやらの城に違いないのだが、城と壁が作り出すその様は巨大な軍艦を思わせた。
「何?何が凄いの?」
女性陣の輪の中に入れず、暇なセインが御者台に顔を出す。
「わ。旦那。歩けねぇんですから、無理しないで下さいよ」
「だって、暇なんだもの」
ガタゴトと揺れる馬車の振動だって足の傷に響く筈なのに、歩けない足を引きずってうろうろされるのは、かえって周りが気を使う。それを承知でこうやって顔を出すのだから、余程暇を持て余していたのか。
「まあ、今までじっと座りっぱなしだったからなあ」
困ったように眉尻を下げるタカに、セインも、ごめんね、と一言謝って、タカが掴み易いように両手を差し出す。
タカも、差し出された両手を取って御者台に移動させてやろうと、自分の両手をセインに差し出し返した時だった。
急に、セインの手が引っ込められた。
「ちょ、何するのさ!」
がっちりと脇を固めて、セインが叫んだが、その固められた腕ごと左右から大きな手で挟まれて、長身を持ち上げられる。
「ん~?俺も暇だから」
犯人はギャンガルドだ。
「持ち上げなくていいし!痛いし!こら!」
腕をホールドされては、今のセインでは抵抗できない。相手はもちろん、それを知っていての嫌がらせだ。
「ほう。そうかそうか。でもねギャンガルド。この状態でも両手は合わせられるって分かってるのかな?」
普段より低い声音に、ギャンガルドの口元が、ひくりと引きつった。
「だ、旦那?」
伸ばそうとしたままの両手の行き所を失わせていたタカまで引きつった。
「あらセイン。これ使ったほうが早いわ」
ギャンガルドの背後から聞こえた幼い少女の声に、今度は御者まで引きつった。
かちりと撃鉄を起こす音。
少女が手にしているのは拳銃で、その拳銃をセインの手に握らせた。
「ありがと。キャル」
「どういたしまして」
にっこりと微笑み合う二人は本気だ。
「と、いう事で。降ろしてくれないかな?」
肘から下しか動かせない状態でも、背後に密接する脇腹くらいは着実に撃ち抜ける。
「ちぇー。冗談が通じないぜ」
渋々とセインを降ろしたギャンガルドに、キャルが微笑んだまま呟く。
「あんたの冗談は冗談にならないのよ」
「お嬢。怖いから・・・」
涙目になったのはタカだ。
「まあまあ。みんなで何をもめているんだい?いいから、外をご覧よ。セインさんだって、外を見たかったんだろ?」
細い腰に両手を当てて、ジャムリムが割り込んだ。
御者を含めて六人で、馬車の外を見るのは狭苦しいが、当初のセインの目的はジャムリムによって、ようやく達成された。
「へえ。街全体が要塞になっているんだね」
感心して呟く。
「そうなんですよ」
御者がセインを振り返った。
「あの壁の上の凹凸は砲台で、もうちょっと近付けば見えるんですがね、転々と小さな穴が開いていましてね。新鮮な空気を取り入れるっていう目的を含めて銃を撃つためのものなんですよ。それで、所々に見える櫓が見張り台でして。門なんかカラクリの橋になっていて、敵が来たら入り口の蓋にしちまうから誰も入れないようになっちまうんですよ」
本領発揮とばかりに、指さしながら、御者が観光名所の案内人宜しくしゃべりだす。
「凄いねえ。じゃあ、大きい街なのに、ぐるっと堀が掘ってあるの?」
「詳しいですね!?」
「だって、門が掛け橋なんでしょ?」
満面の笑みで話し込んでいた御者が、急に顔を赤くした。
「すいませんね、はしゃいじまって。生まれ故郷なんですよ。久々に帰って来たもんですから」
急に、しゃべりすぎたと恥ずかしくなったらしい。
「いいじゃないか。故郷に帰って来たなら、うれしくもなるさ」
ジャムリムが城壁を見上げる。
美女の賛同に、御者はさらに頬を赤くした。
そんなことをしている間にも、城壁は馬車が近付くにつれ、どんどん大きくなってゆく。
「なんというか。圧迫感があるわね」
壁の真下に来る頃になると、壁の威圧感は否応なしに増した。
「立派だけど、これはちょっと・・・」
御者には聞こえないように、キャルに続いてジャムリムも呟く。
街の入り口は堅牢確固たるもので、さほど大きくはないのは、敵の大量侵入を防ぐためのものなのだろう。
セインの言った通り、深く広い堀が掘られており、水も張られていない。が、水の代わりに、堀の底には鋭く尖らせた槍が乱立しており、あまり気持ちの良いものではなかった。




