プロローグ
雨が降っていた。
ざあざあと。
憂鬱だった。
自分の視てる世界は退屈で、まるで色がないみたいだった。
羨ましかった。
他人の笑顔が何処か遠くに感じて、眩しくて。
直視できなかった。
まるで自分の空っぽさを指さされてるような気がして。
だから、なんでもいい。
刺激が欲しかった。
わくわくするような。
どきどきするような。
そのためなら自分以外の人間の気持ちなんて正直どうでもよかった。
それに、冗談だと思ったんだ。
僕は本気でそうなるとは思ってなかった。
そんな軽い気持ちだった。
***
昼間だというのに酷く暗くて、喋る声も雨の音にかき消されるような、そんな豪雨の中。
僕は最近流行りのゲームにのめり込んでいた。
まるで自分がその世界にいるような感覚を味わえる。
そんなCMが今日も流れている。
三年前の夏、大々的な宣伝とともに姿を現したVRを搭載したゲーム『your position』通称y.p。
販売当時はあまりの人気に手が出せなかったこのゲームだが、僕は何とか去年買い付けることに成功した。
人気は衰えず、今自分がプレイできていることが奇跡といっても過言ではない。
現在、発売から三年が経つというのに予約で埋め尽くされており生産待ちとなっている。
しかし、決して生産数が悪いというわけでもなく、現在プレイヤー数は驚異の五億人とされており、世界中で爆発的な人気を誇っている。
日本で開発されたゲームということもあってか、日本国内プレイヤーの人数は1000万人と言われており、今や日本人の10人に一人がy,pプレイヤーである。
お年寄りから子供まで幅広い人気を誇っており、その理由の一つが異常な自由度にある。
現実でできることはもちろん、現実では絶対に体験できないことですら可能。
例えば、空を飛んだり海を歩いたり、モンスターと戦ったり人を殺したり。
また、キャラクタークリエイトも多種多用に及び年齢から性別、見た目は勿論種族ですら自由に設定できる。
障害を持っている人間、歳をとってまともに動くこともままならない人間であってもゲームの中では自由に走り回ることが可能なのである。
《警告 連続プレイ時間が24時間を越えました》
またか。
そんな憂鬱な気持ちを隠すことなく表情に映し出す。
このゲームでは電脳空間と呼ばれる新しい機能を搭載しているらしく、現実とゲーム内時間の濃度に差が存在する。
およそ五倍とされており、ゲーム内の一日は現実での約五時間ほどとなっている。
つまり、今僕はゲーム内で五日間を過ごしていることになる。
このゲームはあまりの出来の良さに、のめり込む人間が多発し、販売から数日後に強制ログアウトのシステムが組み込まれたのだ。
そのため、連続プレイ時間が二十四時間を越えた場合自分の意思とは関係なくログアウトの措置がとられる。
僕にはそんなシステム必要ないのに。
そんなことを考えていると久しぶりの我が家が視界に映し出された。
向こうの世界に長く居すぎたせいでもはや現実の方に違和感を感じる。
この強制ログアウトを受けると約一時間の間ログインできず現実で過ごさなくてはならない。
最近は二十四時間直前にログアウトしてすぐにログインしていたのだが、今回のログインでは少し熱中してしまったようだ。
ため息とともに久しぶりの我が家を見渡す。
ゴミが散乱しており、およそ人が住んでいるとは思えない。
僕みたいな人間は珍しくないようで、この前テレビで社会問題として取り上げられていた。
僕としてはゲームしてる途中に現実の体が死んでしまってもよいのだけど。
そんなことを考えながら多少の空腹感に促されカップラーメンをすする。
一時間もこの世界にいなきゃいけないなんて最悪だ。
ゲーム内でも睡眠の要素は存在しているため、眠気もそんなに感じない。
どうしようかと途方に暮れていると、何か背後に気配を感じた。
いや、僕は一人暮らしなんだけど。
後ろを振り返って、確認すると黒い何かが浮かんでいた。
ついにゲームのしすぎで僕の頭はバグってしまったのだろうか。
恐怖よりも先に自分の頭の誤作動に呆れつつ、その黒い何かを凝視する。
「ファントム?」
ファントムとはy.pの世界に出てくるモンスターである。
そんなものがここにいるはずがない。
やはりゲームのやりすぎか。
なんてその黒い何かに触れてみる。
ズズッと僕の体を這うその黒い何か。
危険だと脳が警報を鳴らすが、どうしていいのかわからない僕はされるがまま。
黒い何かが僕の全身を覆った。
《こんな世界必要ないよな?》
ゲーム内システムと同じ声のような何か。
頭に直接響くその声に、多少の恐怖は感じたもののその言葉の内容に引っかかった僕は軽く答える。
「そりゃね。
こんな糞みたいな世界。
y,pみたいになればどれだけいいかってよく考えるよ。」
一拍の間が空いて、その黒い何かは言葉を発した。
《俺達が貰ってやるよ。》
その声はどこか嬉しそうだった。




