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きっと人はそれを『運命』と呼ぶ  作者: 緋風 希望
8/30

約束と指切り

「悪いね、歩美」


「いいのいいの!」


結局、夕飯までカフェで食べて語り合っていた二人が帰路に着いたのは午後の8時。


それまで、本当に他愛ない会話をしていたと澪は思う。


澪からしてみれば、それは本当に必要なことなの? と思うことでも、歩美はどんどん話を膨らませていくのだ。


結局、予定だった買い物はせずに戻ってきているのだが、それよりも得るものは大きかったと澪は思のだ。


そして帰り際、歩美が八王子市。澪が立川市と以外に近い距離というのもあり、赤いバイクで送られることになったのである。


立川市の羽衣町。


駅まで10分。そこが、澪の借りているアパートだ。


「不味いコーヒーくらいだったらご馳走できるけど、寄ってく?」


「襲わないって約束するなら寄ってく」


「襲わねぇよ!!」


澪は少しだけ、怒った口調で返事をしたのだが、


「襲ってよ! だから彼女いないんだって!!」


歩美は怒った口調をする。


澪は段々腹が立ってきた。


親切にしてやって、優しくしてやれば付け上がりやがって。


「歩美」


「えっ、ちょっと。恐いよ澪」


「バイク止めような。はい、でこっち」


澪はやや強引に手を引っ張りながら階段を上がり、ドア鍵を開けた。


澪の部屋は、ドアを開けるとすぐに玄関兼キッチンの広がる1Kのアパート。


一先ず足を踏み入れたものの、歩美が一向に靴を脱ぐ素振りを見せなかったので、澪は歩美をお姫様抱っこで強引に部屋へと招きいれシングルベットの端へと運んだ。


「大人しく座っててくれ」


「えっ、えっ、えっ?」と慌てるような声を聞きながら靴を脱がせて玄関に置くと、澪は慣れた手つきでコーヒーを二つ用意。


一つはテーブルに。一つは片手に持ちながら歩美に近づき、開いた片手を壁に押し付けながら顔を近づけ――


「HEYコーヒー。ジャーンジャカジャンジャンNOMEYO」


すごく真面目な顔をして、コーヒーを歩美の目前に差し出す。


「ぶっ、あはははははは! バッカみたいなにそれー!!」


これにはたまらず、歩美も大きな声で笑う。


「はははは。びっくりした?」


「すっごいびっくりした。本当に襲われちゃう5秒前って感じだった!」


「スゴイっしょ。澪さんの七変化です」


「役者目指したほうがいいんじゃないの~?」


「無理無理。俺みたいな堅物じゃね」


そう言いながら、澪はシュガーに牛乳を加え、ベットの前に座って飲み始めた。


誰かを招いたのはいつ以来だろ。そんなことを考えていると背後から「甘党」と言う歩美の声が聞こえる。


「悪口にもならない」


「じゃあ、どーてい」


「生憎と経験者です」


「ほーけー」


「ちゃんとむけてます」


「かせーほーけー?」


「同じようなことを二回も言わせない」


「チキン」


ちょっとだけカチンときたのだが、コーヒーをひと啜り。


冷静になってトンデモないことを考えていたのが澪だった。


「今思った」


「……何を?」


「その悪口をまとめるとあるサプリメントが思いつく。DHCだ。有名どころでびっくり」


「何バカなこと考えてんのよ~! もーー変態!!」


背後から、歩美が背中を蹴ってきているのが分かる。


「これはもう、DHCの会社さんに土下座して謝らないと。すいません、本当にバカなこと考えてすいません」


「私の足を舐めたら、きっとDHCの会社さんも許してくれるよ?」


などと言いながら、スラリと伸びた足を両肩に上げてくる始末だ。


「何でそうなるのっ!?」


左手で足を払った澪は、またコーヒーを一口。


夕飯は食べたし、娯楽になるようなものはあったかな、と思う。


トランプやウノはあったかもしれないが、娯楽という娯楽のものは何一つない。


澪の部屋は、至ってシンプルなのだ。


ベット。小型の冷蔵庫。カフェ調のテーブルに、ノート型のパソコンとプリンター。


どう考えても、女の子が来て喜ぶような部屋でもない。


さて、どうしたものか。


とりあえず、まだ乗っかってる右足でもくすぐってやろ。


子供じみた思いつきをいざ実行――と澪が手を伸ばすと、その目標になる足はスラリと流れ落ちる。


「ねぇ、澪?」


「ん?」


「今日、泊まってってもいい?」


少しだけ、胸が脈打った。


「いいけど、襲われるかもしれないって覚悟はしろよ」


「澪は襲わないよ」


「それは、信頼されてるってことなのかな」


「違うよ。だって――」


伸びた両手が、澪の顎を掴んで無理やり上を向かせた。


そこには、満開になった花のような笑顔を見せた歩美がいて、


「澪はチキンだもの」


澪をけなす。


もはや言われ馴れた言葉で、感情の揺れは少ないのだが、


「歩美さん、カップもらうね」


澪は、振り返ってカップを受け取り、テーブルへとうつした。


「これで布団が汚れることはないね。さて、挑発するのもいい加減にしろよ~!」


開いた両手でベッドに歩美を押し倒し「悪ふざけが過ぎた罰だー!」と言いながら脇腹をくすぐる。


「え、ちょ、ゴメンごめーん!! あはははやめてやめてって!!!」


それでも、やめない。


「やめてー!ほんっとにやめてーもー!!」


「敏感」


「カッチーン! ってやめて本当にやめてーあはははは!!」


そろそろかな、と頃合を見計らった澪は、くすぐるのをやめてベッドに横たわり、何となくという気持ちだけで歩美の後頭部に右手を差し伸べる。


歩美は、それが自然なのだというようにして、遠慮もなく腕を枕代わりにした。


「あのさ」


「何?」


「大事にしてるって気持ちは、するかしないかじゃないと思うんだよね、俺」


「うん」


「俺は、歩美のことは友達として、大事にしたいなって思ってる」


「うん」


「だからさ」


澪は歩美を見つめた。


この子なら、信じてもいいんじゃないかって思えるから。


この子になら、バカにされてもいいやと、思えたから。


だからこそ、口にしてしまったのかもしれない。


「普通の奴等じゃ言えないことも言い合えるようになっていこ?」


「……変態」


目と唇を細めた歩美は、澪に対して遠慮はしなかった。


「なんで!?」


「変人」


「うるさい」


「でも……そういうの、いいよね」


穏やかな顔を見せた歩美は、猫のようにして澪に寄り添う。


足を絡められた時には、澪も正直、理性が高ぶっていたことは違いない。


のだが、先程の言葉もある。


何より、そういうことはできるのなら、しっかりとお互いを知ってからのほうが良かった。


性行為が軽く、安くなってきているこの時代で、尊いものであると信じたかったのかもしれない。


それはあくまで、澪なりの価値観でしかないのだが。


「ねぇ、澪。また、ご飯食べたりして遊ぼ?」


「うん」


「次、いつ開いてる?」


「再来週の日曜日は、開いてるかな」


「私も開いてる!」


「じゃあ、行ってみたいところがあるから付き合ってくれるか?」


「いいよ! ラブホとか以外なら!!」


「違うっ……水族館、かな」


「いい。それすっごくいい!!」


「絶対だよ! 約束だからね!!」


「うん。約束」


澪と歩美は、この約束を違えないようにと指切りをした。


8/19 誤字訂正しました

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