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きっと人はそれを『運命』と呼ぶ  作者: 緋風 希望
20/30

未来を見据えて

貨物車をレンタルし、二人は手分けして引っ越しを開始。


荷物も大方取り入れ終わった頃、歩美は唐突に正座した。


そして「んっ」と言いながら目の前に座るよう促すので、澪はその指示に従うと、


「不束者ですが、よろしくお願いします」


歩美は、丁寧に頭を下げるのだった。


三つ指である。


人の指というものは不思議で、親指と小指がなければその機能はかなり低下する。


故に、三指の礼とは、貴方に従うということになる。


意味が分かって使っているのだろうか……と澪は少しだけ疑問に思うのだが黙っていることにした。


そんなことを言ったところで、大した意味もないはずなのだから。


「不束者なんて難しい言葉を、よく使えたね」


「ちゃんとアイフォンで調べたんですっ!」


髪をしならせるかのように顔を上げた歩美は、大きな声を張り上げる。


「正座も綺麗なもんだったよ。120点満点」


「やったぁ! なんて喜ばないんだからっ!!」


と言いながらも、バンザイした手を下げることはない。


仕方ないな、と思いながら澪もその返礼に答えるのだ。


「とんでもない。君みたいな人なら歓迎だ。至らぬ部分も多いけど、よろしく頼む」


澪もまた、丁寧に頭を下げる。


元々、武道や武術を嗜んでいたものだ。


両手を真っ直ぐ、緩慢な動作で伸ばして地面につけ、両手の親指と人差し指を合わせ三角形を作る。


そこに鼻が入るようスッと、体を曲げた。


丁寧に頭を下げている中で何やら不穏な気配を察し、澪は何となく雰囲気で手と手を合わせるように上げる。


すっぽりと間に挟まった感触からすれば、歩美の手だろうなと思った。


「な、なんで分かったの?」


「何となく、だったんだけどね」


「仕返し、失敗しちゃった……」


顔を上げると、握った手が愛おしくて離したくもないのだが、今はそれよりもやることがある。


ゆっくりと手を離した澪は立ち上がり、


「予定通り、暫くはシングルベッドでいいし、西友も近いから冷蔵庫もこのままでいいね」


と相談を開始する。


「テレビは歩美の使おう。古いのはリサイクルショップに出すよ」


「あ、じゃあ、エロイ漫画と雑誌も古本屋で買い取ってもらわなきゃだね」


そう言いながら、歩美はクローゼットの中からみかん箱の段ボールを持ってくるのだ。


「よいしょっと」と掛け声をしながらわざわざ澪の前で開き、


「ソフトなSM好きですか?」


表紙を見せつける。


「言わないで下さい」


「あと、このハウツー本は没収します」


「ぶっ」


吹いた。


澪は吹くことしかできなかった。


「い……いつから知ってたんですか?」


「いつから来ていたと思ってるんですか?」


「ん、く……聞きたくないです。全面的に降伏します」


これにはもう、文字通りのお手上げをするしかない。


別に、お宝本というわけでもないのだ。


「よろしい。それとさ、このテーブルいいけど、もっと普通のにしよ?」


「うん、そうだね。カフェテーブルじゃちょっとな」


「冬にはコタツもつかおーよ!」


「賛成」


「あ、そうだっ! そろそろ良い時間だし、ご飯にしない?」


そこで澪は気づくのだが、いつも作ってもらってばかりだ。


こんな日くらいは、自分が作ってもいいよなと思ってみる。


「たまには、俺が作ろうか?」


「えっ、できるの?」


「歩美が来る前は、一応自炊してたんだよ?」


「じゃあ、作って~」


「何がいい?」


「オススメは?」


「カルボナーラかな?」


「あ、新宿で会った時、最初に食べたのもカルボナーラだったよね!」


「うん、そうだったね。一応、マスターに教えてもらった得意料理の一つだよ」


「ホント!? 食べたーい!!」


「了解です! じゃあ、買い出し行こうか。ついでに、この辺りちょっと案内するよ」


* * *


澪の住むアパートの南側には、比較的新しいマンションが建っている。


その奥を抜けると、小さな公園や、マックの入っている店舗があった。


「澪のアパートって、すぐ近くに公園あっていいよね」


「うん。子供達も元気に遊んでるしね」


サッカーやバドミントンをして楽しんでいる子供達や、穏やかにひと時を楽しむ家族の姿を見て、歩美もどこか嬉しそうにしていた。


子供が無邪気にはしゃぐ姿を見て、嬉しくない親がいるのだろうかとすら思ってしまう。


思ってしまうのだが、自らの子供を虐待し、あまつさえ殺してしまう人もいるのが現実だ。


隣には、それで深く心を痛めていた大切な女性もいる。


「もしね」


「ん?」


「もし子供出来たらさ、ああいう風に、元気に楽しく笑ってもらおうよ」


「今の呟き、ツイッターだったらイイネ100回くらい押す」


「何バカなこと言ってるの」


「もう心の中では1000回くらい押したかも?」


「ばっか!!」


歩美は、澪の背中を力いっぱい叩きつけた。


「ぼ、暴力反対」


「スキンシップです!」


二人がそんなことをしていると、


「あー、みおおにーちゃん!」


遠くの方から声が聞こえた。


「あ、司君。こんにちは」


「いぇい」といいながら、澪は司という少年とタッチを交わした。


「みおおにーちゃん、このすっごくキレーなおねーちゃんだれ!」


「おぉ、この子は将来有望だね」


「何の査定をしているんだよ。最近は忙しくてできないんだけど、三年くらい前には町内会の行事にも参加してたんだ。その時に、司君とも知り合ったんだよ」


「へぇ~。じゃあ、出会いの場はあったんじゃん?」


「そう何だよなぁ。老いた方々や人妻さんとの交流は多くて多くて」


「ほいくえんにきてくれたときもあったんだよー!」


「そうなのー? おねーちゃん知らなかったー!!」


腰を落とし、歩美は司君と同じ視線で言葉を返していた。


「ねぇねぇ、今度私に、澪のこともーっと教えてね」


「うん、いいよー! 今度ね!!」


「約束だよー!」


二人が指切りをしたのち、公園の奥から「つーかーさーくん、サッカーしよー!」と、他の子供の声が聞こえてきた。


「まっててー! みおおにーちゃん、いっしょにサッカーしようよサッカー!!」


「ちょっとだけ、いいかな?」


「うんっ、いいよ!」


歩美から許可を得た澪は、司君へと向き直り


「少しだけだよ。じゃあ、行こうか!」


「うんっ!!」


手を繋いで、少年達の元へ駆けていくのだった。


* * *


小さな子供達と駆けまわる澪は、とてもイキイキとしていた。


ことわざに水を得た魚というものがあるのだが、今の澪は本当にそれだと思う。


すっごい頼りになるお父さんになりそう。


そんなことを考えながら、歩美が一人眺めていると、


「こんにちわ。えっと、澪さんの彼女さん?」


数名の女性。その代表ともいうべき人が歩美に声をかけた。


「はい。えっと、いつも澪がお世話になっております」


「あら、若いのにしっかりした彼女さんね」


「もう夫婦みたい」


そんな声も上がり、歩美も少しだけ嬉しく思う。


けれど、それを察せられてしまうのはどこか恥ずかしく、


「澪、いつもあんな感じなんですか?」


と視線を澪達へ向けると、


「えぇ。お休みの日にはね、こうしてたまに子供の面倒を見てくれたりもしてたの」


挨拶をしてくれた人が答えてくれた。


「やっぱり、子供が好きなんですかね?」


「そうみたい。一昨年くらいだったかしら。私の子、勉強が苦手って言ったら、わざわざ教えに来てくださってね~、お陰で、算数のテスト上がったのよ」


後ろにいた比較的年配の奥様が話を合わせてきてくれた。


「あー、分かります。私も、履歴書書くの手伝ってもらったんですけど、すごく分かりやすくて」


分かりやすいのだが、徹底的な鬼指導だったなぁ。と歩美は思い出し、一人で笑ってしまった。


「いいわねぇ。私ももう少し若かったら、澪さんとお付き合いしてみたかったわ」


「やだ、あなたもう彼女さんの前で何言ってるのよー」


「えー、私、奥さんくらい包容力ある人だったら負けちゃうかもー」


歩美もすんなりと会話にとけこんでしまうのだ。


何だ、人気者じゃない。


歩美は、そんなことを思ってしまうのだった。


* * *


「あー。疲れたー」


「お疲れ様っ。はいっ!」


「うー、ありがとう」


澪は受け取った缶ジュースを一気に半分ほど飲み干して、残りを歩美に渡す。


「モテモテですね」


「えぇ。ヒーロー戦隊よろしく、子供達には大人気」


「いえいえ、奥様方からもご好評でしたよ。澪先生?」


歩美は、下から覗き込むような形で、澪を見つめる。


見つめながら、周囲で遊ぶ子供のような顔で言うのだ。


「ロリコン?」


「違いますっ」


「人妻キラー?」


「犯罪手前って感じで、スリリングだね」


「ダメ、犯罪。かっこ悪い」


「何が言いたいの?」


澪の隣に座りなおした歩美は、


「子供達、すっごく楽しそうにしてた」


嬉しそうに笑うのだ。


「そっか、それは良かった」


「いいよね。私もあんな風に、無邪気に笑えていたのかな」


歩美のの声には、どこか陰りがあるようだった。


「歩美、昔のことは昔のことだよ。だから、今のことを考えよう?」


澪は横を向いて、歩美を見る。


愛しい人の頭を撫で、軽くポンポンと触れると、沈みかけそうだった顔が明るさを取り戻してくれる。


澪にとってそれが、何よりも嬉しいと感じたのは言うまでもないだろう。

次回より終盤に入っていきます。


感想頂けると励みになります。よろしくお願いします。

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