7.わたしたちの“友達”(You are my friend, but...)
生まれたときからこの町に住み、引越しもしたことがない俺にとって夏祭りといえば今日集まることになっている学校の近くに位置する沢ノ橋神社の夏祭りしか知らない。もともと大きな神社で、これぞと言わんばかりの山に森が隣りあっていたりする。年に一度この時期に開かれる祭りではあるのだが何のための祭りなのかまともに知る人はほとんどおらず、だけど祭りとなるとどこからこんなにというくらいたくさんの出店と人が集まってくる。
光原の家から向かうと我が家の近くを通ることになるから誘って一緒に行こうかとも思ったがなかなか連絡をとるふんぎりがつかず、結局今、未来と一緒に自転車をこいでいる次第だ。
「ねー和也、自転車って置くところあるの?」
「ちょっと離れたところなんだけど、公園つっ切れば近いから」
未来は現地で友達と合流するらしい。こんな時までつれて歩くのもどうだかだし、まあよかった。
おおかた普段学校に行く道すじをたどり、途中で曲がって公園に隣接する自転車置き場にたどり着く。予想通り空いていて、楽に置くことができた。
がちゃん、とスタンドを立て、抜いた鍵をポケットに押し込む。
俺はTシャツだけを変えたいつものジーンズ姿で、未来は今日は珍しく白を基調としたスカートをはいたりしている。いつもよりちょっと落ち着いて見えて、そうかたったふたつしか違わないんだよな俺と、なんて思ったりしていた。
そして公園をつっ切って進み、待ち合わせ場所である外側の鳥居の下につくと黒い浴衣姿で灰原が立っていた。長めのセミロングといった長さの髪を結い上げて、すっかり和風に仕上げている。
「おす、またお前だけか」
「そうねぇ。そちらは?」
妹の未来だよ、友達と待ち合わせてるらしいんだけどここまでは一緒に来たから、と軽く俺が説明すると、未来は黙ったままでおっかなびっくりお辞儀をした。
「妹?」
「うん」
もう一度聞かれた俺が短く答えると、灰原は未来のほうへ寄っていった。
「やーん、かわいい。ホントに斉藤の妹ぉ?」
俺に向けたのか未来に向けたのかよくわからない冗談めかしたその問いに未来は俺にもなかなか解らないくらい微妙にむすっとしたが、灰原に頭を撫でられてそれもすぐ笑顔に変わった。まったくこいつ、いくつになっても好きなんだな。
「えー、何年生?」
「中三、です」
えー落ち着いて見える、高一でもタメでもいいよぉ、と意味不明の譲歩をしながら灰原は未来から手を離し、俺のほうに向き直った。
「遅いわねえ……」
そこで未来はあたしもう行くから、と逃げるように行ってしまった。正直賢明な判断だろう。
お辞儀を繰り返しながら去っていった未来を見送って、俺は言う。
「今日はみんな来るんだろうな」
「今日はさすがに、ね。でも貴司は、私と」
それって残るメンバーは、と俺が聞くと、大丈夫よお、と灰原は笑う。
「男ひとり女ふたりはきついってこの前体で覚えたばっかりなんだが?」
「貴司が事情を話して児玉くん呼んでるみたいだから……あっ来た」
亮が? と俺が聞き返す前に灰原は身を乗り出して手を振った。結構突拍子もない話のような気もするが、何食わぬ顔で亮は現れた。
「ちゃーす」
「おう」
「あれ、まだお前らだけ?」
どことなく面倒くさそうな感じで頭をかきながら亮は言う。顔は格好いいのに本人にその気がないのが残念よね、というのが灰原の弁で、一歩間違えればモテそうなのに今日も髪はボサボサだ。
「そう。もう来ると思うんだけど……」
そんなやりとりから少しして、気まずくならないうちに浴衣ではなくいつもの格好をした光原と対馬が一緒にやってきた。対馬は今日は、眼鏡をかけている。灰原は澪が浴衣じゃなくて残念ね、と俺の耳元で言って、ふたりに呼びかけた。
「おーい、ふたり一緒に来たの?」
「ううん、そこで会ったの。私はバスだし」
「混んでなかった?」
「混んでた」
そんな会話の後、結局そのまま灰原を除く俺たち四人は出発させられてしまった。光原と対馬は亮が来るということは知らされていたようなので、少し戸惑ってはいたようだがすぐに状況を飲み、空気を読んで出発した。
四人並んで雑踏の中、出店を見ながら歩いていく。
「でも、どうして児玉くん?」
「貴司にうまく使われたよ。らぶらぶしたいだけなんだろ? ま、別に誰かと行く予定は無かったからいいんだけどさ」
光原と亮がそんな会話をする。ふたりは小中と同じ学校に通ったはずだが呪いの件もあってもともと仲がいいとは思えない。だけど亮は人がいいし、貴司が連れてきて相談まがいの話をした時もそこまで呪いを怖がっている素振りもなかったから、その辺を感じ取ってどことなく話しやすいのかもしれない。
でもやっぱり、光原も明るくはなったのかな。
「どしたの斉藤くん、難しい顔してる」
そんなことを考えていると、対馬がちょっと顔を覗き込んで尋ねてきた。
別に何でもないよ、と答えると、対馬はふうん? と曖昧な相槌を打つ。
「ねえ冴、わたあめ食べようよ」
そしてそのままその光原の呼びかけに応じて、対馬は行ってしまった。
それを目で追ってから、次いで歩き出そうとした時、つんつんと肩をつつかれる。亮だ。
「なあなあ、お前どっちかと付き合ってんの?」
「ねーよ。つーか何でそんなこと聞くんだ」
「だってありえねーじゃん」
亮はそう言って少し大げさに笑い、また言った。
「お前、意外とモテるのな」
「それもねーよ」
「いや普通はさ、灰原の身勝手でお前ら三人になるんでさ、それで俺が入るっつったら、お前に警戒心抱いてたらいくらかは安心するもんだろ?」
そんなものだろうか。まあ俺は少なくとも安心したが。
「でもあいつら結構戸惑ってたじゃん。それ、お前が安心できるってことじゃないの? モテてんの、それ」
「いや、でも」
「なあ、俺バックレていい? あそこに友達いるからさ」
そう言って亮が軽く指さした先には、なるほど学校で見たことのある顔がいる。多分亮のクラスの奴だろう。でも、だけど。
「呪いが怖いからか?」
「ちげーよ。俺、差別っぽいの嫌いだし、しかも大丈夫だってのはお前が今証明してくれてるだろ?」
そう言って、亮は一瞬ウィンクした。自然な流れの中でウィンクができてしかもそれが許せるのはこいつぐらいのものだろう。
「しかも俺、彼女いるしさ」
「嘘だろ?」
「嘘だよ。じゃあ楽しんでこい」
飄々と亮は行ってしまった。しばらく目で追っていたが、友達の集団に一瞬で馴染んでいる。光原とも普通に話せていたけど、でもやっぱり何か、あの中でいるほうが楽しそうだ。これで、よかったのだろうか。
「「斉藤くーん」」
わたあめを手にもったふたりが俺を呼ぶ。
「あれ、児玉くんは?」
「友達いたからって、行っちゃった」
俺が言うと、光原はふうん、と言い、対馬は首を傾げた。
「なんか、よくわかんなかったね」
せめてもう少し焦ってもらえないだろうか。くそう、貴司と灰原がいたら絶対合流してやる、なんて思いながら、再び歩きだしたふたりについて行った。なんとかうまく、真ん中は避ける。
絶対こういうの、性に合ってない。
それからしばらく、三人で出店を回った。
ふたりはノリノリで射的をして結局うまくいかずに、俺もやらされたけど当たってもギリギリで倒れないというかえって大人の残酷さを痛感させられる結果に終わったが、やけにふたりは喜んでいた。
そして俺はフランクフルトを、ふたりはかき氷を食べて、「どうして私はブルーハワイか」とか、「なぜりんご飴はあんなに食べにくいのか」とかいう本当に他愛のない話をして、だけどやたらと俺も楽しかった。思っていたより光原がはしゃいでいた気がして、少し意外に感じた。
「さあて」
三人とも食べ終えて、座っていた出店の切れ間から俺は立ち上がった。
「そろそろ引き返す?」
事実、進んできた方向の出店はひと通り見て突き当たりに来ており、全て回ってみるにしてももうやめにするにしても引き返すべき所まで来ている。
そうね、と光原が言う。ふたりも立ち上がって、歩き出す。
この状況から逃げたかったわけではないが、貴司いねえかなあ、と探していた俺は、知らず知らずのうちにふたりの半歩先を歩いてしまっていた。
事件は、その時起こった。
向こうからやって来た大学生くらいの集団と、俺たち三人は少し交錯した。
大丈夫かな、とふたりのいる左うしろを振り返ったその瞬間、腹のあたりに衝撃が走る。
その衝撃は痛みとなって手足の指先まで突き抜けて、息が詰まってできなくなった。
俺は激しく咳き込みながら、さっきとは違う出店の切れ間に駆け込み、そしてへたり込んだ。
ふたりとも思い思いのことを口走りながら駆け寄ってくる。
「斉藤くん、斉藤くん?」
「どうしたの、ねえ……ねえ?」
もう少ししてやっと衝撃が収まる。まだ多少息は切れたままで、俺は答えた。
「多分みぞおち、突かれた」
自分でもまさか、と思った。
「さっきの人たちかな」
光原が語尾を上げずに聞く。俺は解らない、と答える。
「大丈夫?」
「……もう、平気」
ようやく完全に治まりつつある痛みを、大きく息を吐いて散らした。
ケーサツとかに言わなくていいの? と言う対馬をもういいよ、と制して、俺は立ち上がる。
「私、飲み物でも買ってこようか?」
気付くと、ひどく汗をかいていた。その光原の問いかけに俺は反射的に、お願いするよ、と答えていた。
「ここで待ってて」
光原はそう言って軽く駆け出していく。当たり前だが、俺と対馬がふたりで残される。
ふうと落ち着くと、改めて「なぜ?」という疑念が湧き出てきた。
どう考えても解らなくて、一瞬女ふたり連れだったからか? なんて考えも浮かんだが、すぐにかぶりを振った。ふたりは何も、悪くない。
「ねえ大丈夫?」
ねえ、ともう一度付け足して、対馬は本当に心配そうだ。
「もう平気だってば」
事実汗はひどかったが本当に痛みは治まっていて、その上ふたりがあまりにも心配してくれるので怒るどころの話ではなく、もうこのまま終わらせてしまいたいというのはあった。
「……ねえ、落ち葉ってまだ残ってるんだね」
俺が座っている辺りを見て言ったのだろう。下に目をやると、半分土になっているような落ち葉が、もたれた木の根元で地面に混じっている。
「こういうところは放ったらかしだろうからな」
「そうだね」
もしかしたら対馬も、同じ気持ちだったのかもしれない。
祭りの灯りが遠く、囃子はやけに小さく聞こえる。
俺の口を動かすのは、この非日常の空気だろうか、それとも。
「落ち葉と言えばさ」
知り合って六年、あの出来事からは、五年弱だろうか。
その出来事が負い目となって、それがまだ、俺も解らないような心の奥底に引っかかっていたのだろう。
「俺、ずっと謝りたかったんだ」
そしてまたあるいは、小さな子供のようにはしゃいでいた対馬に、懐かしさを覚えただけなのかもしれない。
作品全体としてのクライマックスというわけではありませんが、7〜9章(本来1章にまとまっていました)には特に力が入っています。
力が入りすぎて文章が、特に語りが長くなりがちですがそういうものとして諦めてください(苦笑)。