娼婦と王女
ブースト大陸のハルフス王国。
一人の娼婦がいた。この世界では、名が売れた女で、客には、国の高官もいる。
女の名は、ヒヨリ。
その日も仕事を終え、与えられた豪華な宅に戻る。
「お帰りなさいませ」
出迎えるポニーテールの少女、ヤオに苦笑するヒヨリ。
「ただいまとは、言えないわね」
ヤオの先輩達が戸惑う中、ヤオは、笑顔で告げる。
「それでもあちきは、そう言う風に教わりました」
肩をすくめるヒヨリ。
「そう、今後は、気をつけて」
半ば無視して家に入って行く。
ヒヨリは、深夜に一人で入浴していた。
自分の体をじっと見詰める。
「覚悟はしていたのに情けないわね……」
「汚れる事に慣れるよりましだと思いますけど」
いきなりのヤオの声に驚いた顔をするヒヨリ。
「何時から?」
苦笑するヤオ。
「ヒヨリ様の深夜の入浴は、有名ですよ 」
沈黙するヒヨリにヤオが尋ねる。
「まだ諦めていないのですか?」
ヒヨリの目付きが鋭くなる。
「貴女は、何を言いたいの?」
探る様な口調に対し、ヤオは、ストレートに返す。
「国を取り戻す事ですよ、ヒヨリ王女」
隠し持って居たナイフを取り出すヒヨリ。
「貴女を生かしておけないわ」
襲いかかるヒヨリ。
しかし、ヤオは、あっさりヒヨリからナイフを奪う。
「安心して、誰にも言いません」
「それを信じろと?」
ヒヨリの言葉にヤオが頷く。
「信じる以外選択肢は有りますか?」
悔しそうな顔をしながらヒヨリが言う。
「解った。でもひとつだけ答えて。貴女は何処の手先?」
ヤオが胸を張って答える。
「正しい戦いをする人の味方」
呆れた顔をするヒヨリであった。
翌日、ヒヨリの所に一人の男が客として現れた。
「遅かったですね?」
若干、責める口調でヒヨリが言うと男、ミツロが頭を下げる。
「申し訳ございません、ヒヨリ王女」
ヒヨリはため息を吐いて言う。
「それで、国を取り戻す準備は順調なのですね?」
ミツロは、笑顔で告げる。
「当然です。全てはヒヨリ王女が体を張って得た情報のお陰でございます」
それを聞いて安堵するヒヨリ。
「もう少しなのですね?」
ミツロは真摯表情で答える。
「そうです。後少しです。今は完璧な偽装を」
ミツロはそう告げ、体を一つにするのであった。
家に戻り、ベッドに入るヒヨリ。
「入浴はいいのですか?」
ヤオの質問にヒヨリは、少し嬉しそう答える。
「今日はいいのよ」
ヤオは窓から外を見ながら言う。
「死ぬ前に体を綺麗にしないのですか?」
ヒヨリは嫌な感じを覚え、窓から外を見る。
そこには、兵士が居た。
「どういう事……」
困惑するヒヨリはヤオを見る。
「まさか貴女が!」
ヤオは、軽い様子で手を横に振る。
「やるなら昨夜やってよ」
「だったらあれは!」
ヒヨリが問い質すとヤオが腕を組んで答える。
「多分、ミツロさんがヒヨリ様を切る事にしたんだと思いますけど」
詰め寄るヒヨリ。
「ミツロがそんな事をする訳がありません!」
「婚約者だったからですか?」
ヤオの質問に言葉に詰まるヒヨリ。
ヤオは、真っ直ぐにヒヨリを見て語り始める。
「八年前の革命は、必然だった。当時の国王、貴女の父親は、善人で家臣を信用し過ぎました。好き勝手やった家臣のせいで国民は、苦しんで居た」
ヒヨリが苦々しい顔で反論する。
「私ももう子供ではありません。そのくらい、気付いて居ます! そして今の国王も家臣の傀儡だと言う事も知って居ます!」
ヤオが頷く。
「その傀儡の主が貴女の婚約者の立場を利用したミツロさんですよ。そして言葉巧みに美しい貴女を娼婦に仕立て、利用した。最後に反抗勢力を貴女の存在を利用して一網打尽する。貴女はその為の犠牲にするつもりでしょうね」
ヒヨリの顔がひきつる。
「……そんな訳ありません」
ヤオは、肩をすくめる。
「ヒヨリ様が何を信じるかは、自由ですよ」
「火を放ち証拠を全て焼き尽くせ!」
外の兵士の声が届く中、覚悟を決めてヒヨリが問う。
「ミツロの子供が八歳と言うのは、本当ですか?」
「今の国王の子供と婚約している子供は、そうです。他にも二人居ますけどね」
ヤオの回答に泣き崩れるヒヨリ。
「ミツロは私の為の偽りの婚姻だって言って居たんです。子供年齢も周りの人間勘違いだと……」
ヤオは淡々と告げる。
「あちきはこの国の事を本当に憂い、良くしようと戦う人の味方、貴女はどうしたい?」
長い沈黙の後、業火が立ち上る中、ヒヨリが答える。
数日後、王宮では反抗勢力の粛正が行われようとしていた。
「この者逹は、我が配下の兵士に追い詰められて焼死した、復讐の為に男に体を売る淫売ヒヨリの口車に乗って、国王を裏切ろうとした、売国奴です! 厳罰を!」
ミツロの言葉に名指しされた者逹は、顔を真赤にして怒る。
「貴様裏切りおったな!」
見下しながらミツロ が告げる。
「私は最初から国王の忠実な家臣ですよ」
そして国王は、事前打ち合わせ通りに罰を宣告しようとしたとき、ドアが開き娼婦の格好をしたヒヨリが現れた。
「ずいぶんと好き勝手言って下さいましてね?」
「馬鹿な! あの火の中、逃げ出せる訳が無い!」
ミツロが動揺する様を楽しみながらヒヨリが一枚の血判状を広げる。
「私を新たな女王として元国王を倒す誓いの証、ここの頭にある名前は貴方の物よ!」
急展開に助けを求め、ミツロに伸びる国王の視線が全てを物語って居た。
「こうなれば、邪魔者をここで皆殺しにしてくれるわ!」
馬脚をあらわしたミツロの指示で兵士逹が動き出す。
血判をした、ミツロ以外の人間がヒヨリを庇う。
「ヒヨリ王女だけは、我々が命に代えましても御守りします」
ヒヨリは、頭を横に振る。
「ミツロの口車に乗っていた私には、そんな価値はありません。国の未来の為にも、自分たちの身を第一にしなさい」
感動する元家臣逹。
「なんと勿体ない御言葉、やはり我々が仕える御方はヒヨリ王女だけです!」
ミツロが鼻で笑う。
「娼婦に成り下がった、淫売にそんな価値が有るわけなかろうが! まとめて始末してくれるわ!」
「どうやって?」
いつの間に後ろに立って居たヤオにミツロが驚く。
「貴様、何者だ!」
ヤオが指をならすとヒヨリ逹に襲いかかろうとして居た兵士逹が倒れて行く。
そして影から影を走る鬼、影走鬼が現れる。
『偉大なる八百刃様に逆らう愚か者は、我が成敗する』
一同が驚愕する中、ヒヨリが告白する。
「私が助かった事を含め、全ては、八百刃様のお導きです」
その名にミツロも諦めるしかなかった。
その後、ヒヨリは自分が娼婦だった事も隠さず、家臣と力を合わせて国を立て直すのであった。
そして、ヤオと言うと途方にくれていた。
『ヒヨリの決断を待った為、自分の荷物を持ち出す時間がなかったんだから諦めろ』
白牙の言葉に無言で涙するヤオであった。




