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たい育  作者: 鈴神楽
17/67

計画された戦争と別れ行く二人

ドシリアスです。何時ものたい育を期待してる人は、読まない方がいいかも?


「俺は、あの娘を信じない」

 彼の名は、サイテ、無数とも思える勢力が争い合うローランス大陸でも、大きな勢力であった騎馬民族、パドックの将軍である。

 腕に刻まれた傷跡が、彼が歴戦の勇士だと言う事を物語っているが、そんな彼には、気に入らない存在が居た。

「サイテさん、次の侵攻の予定ですが、三日待ってください」

 そう言って現れたのは、十歳にしか見えない、ポニーテールの少女であった。

「またか、ヤオ。これで何度目だ!」

 サイテが睨むが、その少女、ヤオが答える。

「まだ五度目です」

「もう五度目だ!」

 即座に返すサイテ。

 大の男でも逃げ出しそうな視線に晒されても、ヤオは、怯まない。

「まだだよ。あちきの予想があってれば、二十回は、同じ事がある筈だよ」

「ふざけるな!」

 サイテがヤオの胸倉を掴む。

 しかし、ヤオは、抵抗せず聞き返す。

「サイテさんは、何の為に戦っているの?」

 サイテが即答する。

「族長を王にする為だ!」

 ヤオは、淡々と答える。

「だったら、我慢を覚えて。騎馬を駆り、騒いでるだけでは、国を作れないって解るよね?」

 サイテは、忌々しげに答える。

「お前の策があたっているから、言う事を聞こう。しかし、もし失敗したらその首は、無いと思え」

 開放されたヤオは、笑顔で答える。

「ご自由に」

 そして、去っていくヤオをサイテの部下も、憎々しく見ている。

「あんな生意気な小娘、あのままくびり殺してしまえばよかったのでは?」

 サイテが首を横に振る。

「あの娘の戦術眼は、確かだ。補給の確保の為の手段。敵同士を戦わせる策謀。魔女という噂も半ば本当かもしれない」

 何人かの兵士が震える。

 彼等は、日頃の反抗心からヤオに夜這いをかけた男達だった。

 結果は、誰も何があったかは、語らない。

 ただ、悪夢にうなされた寝言で、次のような言葉を残している。

「巨大な白い手が!」

「人食い虎が!」

 男達が何も語らない為、ヤオの事を魔女と呼ぶ者が増えてきていた。

「魔女でも構わない。族長が王になれるのならばな」

 サイテが、苦虫を噛み砕いた顔で呟いた。



 自分用のテントに戻ったヤオに、白い子猫の姿をした白牙がテレパシーで質問する。

『いつまで、こんな真似をするんだ?』

 ヤオは、マントを脱ぎながら答える。

「たぶん、あと半年位。この大陸には、弱小勢力が多すぎる。このままでは、小競り合いが続く。少し助力してでも、大勢力を作る必要があるの」

 白牙が諦めた顔をして言う。

『まどろっこしい。お前が、俺を使えば、策士の真似事などしなくても、勝てるだろう』

 肩を竦めるヤオ。

「それでは、意味が無いの。自分達の力で勝ち進まないと、あちきが離れた後が続かないよ」

 その時、入り口からサイテが入ってくる。

「族長がお呼びだ」

 ヤオは、脱いだばかりのマントを羽織り直す。

「了解、今行きます」

 サイテの横を通り過ぎようとした時、サイテが問う。

「今、誰と話していた?」

 ヤオは、白牙を指差す。

「その子と。長い付き合いだから、人間の言葉を使わなくても、言いたい事は、解るの」

『期間など関係なく、精神波をキャッチできるだけだろうが』

 白牙の突っ込みは、当然サイテには、聞こえない。



「お前の進言通り、三日待つ。その後は、どうしたら良いのだ?」

 パドックの族長の言葉にヤオは、即答する。

「三日後に雨が降ります。その雨が降っている間に、東から大回りをして、西の部族に攻撃を仕掛けます」

「お前は、天候まで操れるのか?」

 一緒に来ていたサイテの言葉にヤオは、首を横に振る。

「雲の流れから読み取っているだけ。それよりも族長、約束は、忘れないで下さいね」

 族長が頷く。

「解っている。降伏した者には、手を出さない。逃げる者も追撃しない。戦う意思が有るものとだけ戦う」

「戦士として当然の心掛けだな」

 サイテの言葉にヤオが頷く。

「それが護られている限り、あちきは、パドックに力を貸します」

 族長のテントから出て行くヤオ。



 七日後、パドックと同等とも言われていた西の部族の族長の首を、サイテが切り落とした。

 雨の間の突然の移動にパドックの動向を完全に見失った、西の部族の後方から、サイテとその部下が強襲を行い、混乱が静まる前にサイテが決めたのだ。



 パドックの祝宴。

「皆の者、ごくろうだった。今宵は、大いに勝利を祝おう!」

 族長の言葉に、パドックの兵士達は、応える。

「「「おお!」」」

 騒ぐ兵士の中で、酒を飲むサイテに一人の兵士が酔いの勢いに言う。

「あの魔女また居なくなりましたね。また敵の死体を使って邪悪な秘術でもつかっているんですよね」

 サイテは、応えず、手元の酒を飲み干して、その場を離れた。



「そんな事に何の意味がある」

 敵兵の死体に花を捧げるヤオに、サイテが声をかけた。

「自己満足。あちきが、居なければこの人達は、死ななかった筈だから」

 無理に微笑むヤオをサイテが睨む。

「お前の策が無くても、俺が倒していた。うぬぼれるのもいい加減にしろ!」

 苦笑するヤオ。

「そうだね、サイテさんだったら、倒せたと思う」

 嫌そうな顔をするサイテ。

「何のつもりだ? お前に褒められても、気持ちが悪いだけだ!」

 ヤオが肩を竦める。

「別に褒めてない、単なる事実。ついでに言うと、その次の戦いに負けて、多くの兵を失っていた」

 サイテの剣がヤオの前髪を切り裂く。

「なんの冗談?」

 サイテは、剣を突きつけたまま、真剣な表情で問う。

「お前は、何者が?」

 ヤオは、笑顔で答える。

「あちきは、ヤオ。パドックの雇われ策士って所だね」

 サイテは、真っ直ぐな目で否定する。

「お前がここに来てから三ヶ月になるが、髪が一切伸びてない。物の怪の類だな」

 ヤオが驚いた顔をする。

「他の誰か、他の理由だったらともかく、サイテさんに髪の毛の長さで気付かれるとは、思わなかったよ」

 それでもヤオは、平然としていると、サイテが続ける。

「お前の憎々しい顔が、脳裏に刻み込まれてるからだ」

 必殺の気合が篭った剣が振り下ろされる。

 しかし、ヤオは、あっさりその一撃を受け止める。

「安心して良いよ、約束が守られている限り、あちきが貴方達に害を及ぼす事は、無いから」

 戸惑うサイテを残して、ヤオは、その場を離れる。

『ほおっておいて良いのか?』

 白牙がやって来て質問すると、ヤオが肩を竦める。

「遅かれ早かれ気付かれた事だよ。これで、駄目になるなら、別の方法を考える」

『ここまでの時間を無駄にするのか?』

 白牙のもっともな意見にヤオは苦笑する。

「あちきには、時間は、いくらでもあるよ。だから、無理に取り繕ったりしたくない」

 ヤオの予想と反して、サイテは、ヤオの事を暴露したりは、しなかった。



 そして、ヤオが策士を続けたパドックは、半年経った頃には、大きな王国となっていた。

 新築されたばかりの王城のヤオの部屋にサイテがやって来た。

「答えろ、今日の戦いは、避けられなかったのか?」

 いきなり肩を掴まれたヤオを掴んで言う。

「避けられたよ。ただし、侵攻の勢いは、大きく失われる」

 奥歯をかみ締め、サイテは、何も言わずに退室する。

『さすがに応えたみたいだな』

 足元に居た白牙が呟くと、ヤオが複雑な顔をして言う。

「侵攻を止めて、内政に力を入れよと反乱する人が出てくるのは、当然。そして、それがサイテさんの部下だった人なのは、ある意味仕方ない事だよ」

 暫くの沈黙の後、白牙が言う。

『もう目的は、達成されていると思うが、なんでここに残っているんだ?』

 ヤオがサイテの出ていった扉を見て答える。

「あの人が、約束を守ってるから」

 大きく溜息を吐く白牙。

『あいつとは、会えば喧嘩する関係だったが、結局、お前の正体を言及することは、無かったな』



 その夜、王城の広間では、ダンスパーティーが開かれていた。

 ヤオは、早々に退室して、近くの森に来ていた。

『気楽な連中だな』

 白牙の呟きにヤオが肩を竦める。

「連勝が続いてるからね。世の中、全て思うとおりになると思ってるんだよ」

「違うと言いたげだな」

 後ろからの声に、ヤオは、平然と応える。

「あら、内乱を鎮めた英雄が、どうしてこんな所にいるの?」

 サイテがヤオを睨む。

「嫌味は、止めろ。お前なら、俺の気持ちが解る筈だ」

 ヤオが頭を下げる。

「ごめんなさい」

 サイテがつらそうな顔をして答える。

「族長は、国王になってから変わってしまった。昔なら仲間を殺せと命令するわけが無かった」

 もう一度、ヤオが頭を下げる。

「ごめんなさい。あちきは、そうなる事が解ってた。ついでに言うと、あの族長がこうなる事を前提で、策士になった」

 サイテが辛そうな目でヤオを見る。

「半年前も聞いたが、お前は、何者だ? 物の怪の類では、無い。だが、お前の目には、誰も映っていない。大国になったパドックですらお前には、たいした価値が無い物のように見えるぞ」

 ヤオは、苦笑する。

「そんな事ない、この国は、大陸の安定の為、必要な国だよ」

 諦めに似た顔でサイテが言う。

「つまり、お前にとっては、パドックは、単なる大陸の安定の為の駒だ。そんな気がした。お前は、勝利に喜ばない。それどころか、大勝をすればするほど悲しそうな顔をする。人が死ぬのが嫌いなんだ」

 ヤオが真面目な顔をする。

「それで、何が知りたいの? あちきの正体なんて知っても意味無いよ」

 サイテがじっとヤオを見てから言う。

「お前が何者でも構わない。俺と結婚しろ!」

 ヤオの顔が真っ赤になる。

「いきなり、何を言うの!」

 サイテが真剣な顔で答える。

「お前だけが、俺の悲しみを理解してくれる。そして、俺だったらお前の悲しみを理解できる。このままほっておけば、お前は、茨の道を進んでいくが、そんな事をさせたくない。俺は、お前を護りたい」

 ヤオは、何も答えられなかった。

 理由は、簡単、サイテの発言は大枠合っていたからだ。

 英雄と呼ばれるサイテの苦悩を理解できるのは、人としてのサイテを見られるヤオだけ。

 ヤオが茨の道を進んでいくことも間違いない事である。

 しかし、ヤオには、言っておかなければいけないことがあった。

 その為に、搾り出すように答える。

「あちきは、永遠にこの姿のまま。貴方と同じ時間を生きる事は、出来ない。それは、自分で選んだ道なの」

「それでも、お前をほっておくことは、出来ない!」

 サイテが無理やりヤオを抱きしめる。

 抵抗できないヤオ。

「どんな手を使っても、お前が欲しい。悲しみを理解し合える、たった一人の人間が」

 そのままサイテがヤオを押し倒した。



 日が昇る中、ヤオが服装を直しながら立ち上がる。

「話には、聞いてたけど、あんなに痛いものなんだー」

 痛みを嫌がるというより、何か大切な思い出を語るようにヤオが呟く。

『どうするつもりだ?』

 ヤオは、しゃがみ、悲しそうな顔をして、疲れて眠るサイテの頭を自分の膝の上に乗せる。

「どうにもならないわ。この人、悲しみに負けるほど弱くないから。私より、戦いを選ぶ時が来る」

『お前の使徒にするという選択肢もある筈だが?』

 白牙の言葉にヤオは、首を横に振る。

「私は、自分と同じ思いをする人を作りたくない。こんな大切な人間が自分より先に死んでいく辛い思いをさせたくないの」

『お前は、平気なのか?』

 白牙の言葉にヤオは、再び首を横に振る。

「平気じゃない。それでも自分で選んだ道だからね」



 それから数週間後のヤオの寝室に、一人の伝令兵が駆け込んできた。

「将軍! 敵が攻めてきました!」

 その言葉に、呆れた顔でベッドから出るサイテ。

「なんで、俺の用事で、ここに来るんだ?」

 伝令兵が困った顔をしているとヤオが言う。

「どっかのロリコン将軍が毎晩、いたいけな少女の寝床に忍び込むって有名だからだよ」

 毛布を纏いながら、立ち上がるヤオをサイテが不満そうな顔で見る。

「ロリコンって、お前の方が年上だろ」

「嘘でしょう!」

 伝令兵が叫び、サイテに睨まれる。

「外見上、そう見られるんだよ。それより、伝令の続きをしたら?」

 ヤオが冷静に告げると、伝令兵が慌てて告げる。

「敵兵の数は、千近く、今までとは、比べ物にならない規模です」

 サイテが思案顔になると、伝令兵の顔にも不安が浮かぶ。

「報告は、了解したから、下がって」

 伝令兵は、慌てて部屋を出て行く。

 ヤオは、小さく溜息を吐いてから言う。

「強大なこの国の力に対抗するために、協力関係が生まれたんだよ。あちきの目的通りにね」

 サイテがヤオの方を見る。

「なるほどな、これで小さい勢力同士の小競り合いが終わり、ある程度まとまった争いになる訳だな。これからどうするつもりだ?」

 ヤオが遠くを見る。

「貴方達が正しい戦いを続けられる限り、あちきは、ここに居るよ」

 その言葉にサイテは、自信たっぷりに答える。

「だったら、俺が死ぬまでここに居る事になる。直ぐに終らせて来る」

 そして戦場に向かうサイテ。



 戦いは、サイテの武勇とヤオの知略で勝利に終った。

 しかし、それは、更なる結束を呼ぶ事になる。

 全ては、ヤオの予測通りに、無秩序だった争いが、秩序を持った国同士の戦争に変わって行った。



 そして、運命の日が来た。

「今度の内乱は、鎮まらないよ」

 ベッドの横に居たヤオの言葉にサイテが驚く。

「どうしてだ! 今まで何度もあった内乱では、ないのか?」

 ヤオが頷く。

「いままでのは、本当の内乱。でも今回のは、違う。国王があちきとの約束を破って、敵国の王族を皆殺しにして、侵略した領土からの反乱だからね」

 サイテが舌打ちをする。

 国王の暴走は、この時点において、誰の手にも負えない物になっていた。

「連勝が驕りを生み、もう自分の手に負えない領土まで手を広げた。もう、パドックは、お終いだよ。今後の展開は、簡単。奢った王が討たれて、有力者達が残った領地を奪いあう。その間に周辺国が国力をつける。全てが、あちきの予測通り」

 ヤオの言葉を聞いて、サイテがヤオの肩を掴む。

「最初から、こうなると解って居たのか?」

 ヤオが頷く。

「高潔な覇王でも、保身しか考えない愚王でもない、そこそこ力があり、自分の能力以上の物を望む、普通の王として、パドックの族長を選んだ」

 サイテが辛そうに告げる。

「王が自ら滅びの道を進むのを、黙って見ていたのか?」

「正しい戦いには、力を貸すけど、それ以上の事は、しない。それがあちきなんだよ」

 ヤオが何時もの幼い表情とは、違う、大人の顔で答える。

 サイテが拳を握り締めるのを見て、ヤオは、白牙の方を向く。

「これからの発言は、聞かなかった事にして」

 白牙は、何の反応もしないが、それが了承を意味していた。

「私と一緒に国を出てくれませんか? もう、この国に力を貸すことは、できません。でも、貴方、個人にでしたら力を貸すのは、問題ありません。貴方が死ぬところは、見たくないのです」

 ヤオが縋るような目で訴える。

 サイテにもそれが、ヤオに出来る最大限の譲歩だという事が解った。

 長い沈黙の後、サイテが答える。

「俺は、パドックの将軍だ」

 ヤオは、それに対して何も言わない。

 そして、ヤオの寝室から出て行くサイテ。

『あいつがああ答えると、解って居たのか?』

 白牙の質問に、ヤオが小さく頷き、その頬から雫が落ちていく。



 パドックの国境近くから発生した内乱は、一気に王城まで到達し、国王を討つ事になる。

 その際、パドックのサイテ将軍は、最後の最後まで、国王を護り、討ち果てた。

 しかし、パドックの躍進の原動力と呼ばれる策士のその後の行方は、誰も知らない。

 その後、幾つかの大国が衝突を繰返す事になるが、パワーバランスから、戦争は、長続きせず、死者の数を減らす事になるのであった。

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