絶品料理と下着の穴
神名者時代の蒼貫槍との激突のお話しです
「うーん殺伐としている」
ヤオが、ウエイトレスのアルバイトをする酒場での喧嘩を目の前にして呟く。
『下らない喧嘩だな』
白牙が床に落ちた肉を食べながら、答える。
「人様の物に手を出したら、駄目だよ」
ヤオの突っ込みに白牙が呆れた顔でいう。
『落ちた物食べた事には、何も無しか?』
ヤオが首を傾げる。
「なんで?」
プライドの無い主に、呆れながらも、久しぶりのまともな肉をゆっくり食べる、白牙であった。
そんな二人の前で行われる、酒場の喧嘩としては、激しすぎる喧嘩を見ながら、ヤオは、賄いようの干し肉を齧りながら言う。
「小競り合いを起こして、殺伐とした気分を高めようなんて、地道な事をするよね、蒼貫槍も」
白牙が鋭い目付きになって言う。
『やはり、蒼貫槍が裏で糸を引いているのか?』
ヤオは、固すぎる干し肉を、必死に噛み千切りながら答える。
「間違いないね。そうじゃなければ、酒場の喧嘩はもっと陽気だよ」
『どうするのだ?』
真剣な表情で聞く白牙に、首を傾げるヤオ。
「どうするって何が?」
座った状態から、器用にこける白牙。
『何か対応をとらないと、不味いだろうと言っている!』
ヤオは、小さく頷いて言う。
「確かに、このままだとバイト代が入る前に、この店が潰れちゃうね」
白牙がジト目でヤオを見る。
『正しき戦いの護り手として、邪神候補の企みを、ほっておいて良いのか?』
ヤオは、平然と頷く。
「うん、どちらにも正義が無いんだったら、問題なしだよ」
深い溜息を吐く白牙であった。
「短い間ですけど、お世話になりました」
頭を下げるヤオ。
「すまないな、俺達もこの町を離れる事にするんだ」
酒場の亭主がそう言って、現物支給の報酬(保存が利く食材)をヤオに渡し、旅立っていく。
『少しの間は、食事には、困らないな』
小さく頷き、ヤオが言う。
「今度の給金が入ったら、新しい下着を買おうと思ってたのにな」
使い古して、穴が空いた下着を思い出し、深く溜息をヤオであった。
『しかし、随分殺気立ってるな』
白牙の言葉が示すように、町のあちこちで睨み合いが起こっている。
ヤオは、保存食を背負い言う。
「嵐の前の静けさ、もう少ししたら、町の半数は死に絶える戦いに、発展するよ」
『放置するのか?』
白牙が責めるような視線を向けるが、ヤオは、普通に答える。
「どんなに蒼貫槍が裏で動いていても、最終的に決めたのは、この町の人たちだからね。あちきは、その判断には、口を出さないよ」
そして、ヤオも町を出ようとした時、転び、保存が利くが、がちがちの円形のチーズが転がり出て行く。
「待て!」
裏通りに進むチーズを慌てて追いかけるヤオ、それを情けなそうに見る白牙であった。
重さ故に、一度加速したチーズは、軽い傾斜を利用して、どんどん加速していく。
「やばいな、このままじゃ壁に当って、砕けちゃう」
更にスピードを上げたとき、チーズの前に民家の壁が迫っていた。
「間に合え!」
加速したヤオが、チーズの前に回りこみ、チーズを優しく受け止める。
しかし、その勢いまでは、殺せず、そのまま壁に突っ込む。
『大丈夫か?』
白牙が、ゆっくりと追いつき、薄い壁板を突き破ったヤオの横に行く。
「大丈夫だよ」
そう答えるヤオを吊り下げられる。
「何のつもりだ! 俺達は、戦いに参加しないって言っただろう!」
ヤオが振り返ると、怒りの表情でヤオを睨む男と、その家族が居た。
ヤオは、引き攣った笑みを浮かべて言う。
「ごめんなさい。転がったチーズを追っかけていたら、壁突き破っちゃたの」
「そんな言葉は、信じられないわよ!」
男の娘の中でも二番目に大きく、外見は、ヤオより大人びた少女の言葉に、ヤオが困った顔をしていると、その傍にいたヤオより小さい少年が言う。
「そのお姉ちゃんは、よそ者だよ。酒場で働いてる時、何度も皿を割ってるのを見たことあるもん」
『変な覚えられ方してるな』
白牙の突っ込みを無視して、ヤオが告げる。
「そうなんです、ですからここの争いとは、関係ありません」
「壁の修理代だしてくれたら、許してあげるわ」
少女の言葉に、ヤオが小さくなる。
「えーとお金が無いんですが」
「嘘! そんな大きなチーズを持っててお金が無いなんて言わせないわよ!」
少女の突っ込みにヤオは、困った顔をして言う。
「だからお金が無いんです。給金の代わりの現物支給なんです」
ヤオを吊り上げていた男が、大きく溜息を吐く。
「酒場のマスターもリタイヤか。解った、壁の修理代は、良いからさっさと町を出な」
「父さん!」
少女が文句を言うが、男は、肩を竦める。
「金が無いんだったら仕方ないだろう。それにこの町は、もう駄目だ!」
父親の言葉に少女は、必死に怒鳴る。
「そんな事無い! 母さんが愛してるこの町は、きっと元の平和な町に戻るよ!」
涙ぐむ少女に、男が戸惑っている間にヤオが言う。
「あのーお金は無いですから、その分、労働でお返しすると言うのは、どうですか?」
「意外と器用ね」
壁の修理の監視をする、先程の少女、ナンシーの言葉にヤオは、普通に答える。
「旅をしてる間に自然と覚えたんですよ」
その時、指を思いっきりとんかちで叩くヤオ。
顔を抑えるナンシー。
指に息を吹きかけながらヤオが言う。
「さっきの話なんですけど、母親がこの町を愛していたってどういう事ですか?」
ナンシーは、顔を俯かせる。
「あたし達の両親は、町でも一番の食堂だった。でも、料理を担当していた母さんが倒れて、いつの間にかに、新しい食堂が出来たの。それも二つも同時に。両方とも母さんには、負けるけど美味しい料理を出すんだけど、何故かそこの常連客同士が喧嘩を始めて、最初は、どっちの方が美味しいって単純な物だったんだけど、段々と、相手の悪口に発展し、今では、つかみ合いの喧嘩が日常茶飯事。町中で喧嘩が起こるから、どんどん店が潰れていって、今では、問題の食堂以外には、まともに営業をしなくなったの」
壁に新しい板を当てながらヤオが言う。
「詰り、全ての元凶は、その食堂って訳だね。それにしてもどうして、町を出ないの?」
ナンシーが二階を指差す。
「母さんは、何時も言ってる。自分が元気になったら、食堂を再開して、美味しいものを作って、こんな下らない争いを止めさせるって」
「強いお母さんなんだね」
ヤオの言葉にナンシーが笑顔で頷く。
「料理だって本当に美味しいんだよ」
その後、長々と母親の自慢を聞かされたヤオであった。
『やっぱり、蒼貫槍の呪いが掛かっていた』
ベッドが足りない為、リビングで寝ていたヤオに、白牙が報告する。
「なるほどね、食事ってけっこう人の本質だから、そこから争いを始めさせる。その為に、邪魔な食堂を休みにさせたって事だね」
そう言ってヤオが立ち上がると、問題のナンシーの母親の寝室に向かう。
「母さん早くよくなって」
看病に疲れたのかうたた寝しているナンシーが居た。
ヤオは、自分が使っていた毛布をかけてやり、横になっているナンシーの母親を起こす。
「喋れますか?」
ナンシーの母親がやせ衰えているのに関らず、明るい笑顔で答える。
「ナンシーから聞いています。チーズと一緒に突っ込んできたんですってね」
ヤオは、頬を掻きながら言う。
「貴女に質問があるんだけどいい?」
ナンシーの母親は小さく頷くのを確認して、ヤオが質問する。
「貴女には、神名者の呪いが掛かってる。貴女の考えは、その神名者にとって邪魔な物、だからもし呪いが解けても、その神名者を敵に回す事になるよ。あちきとしては、争いを避けて、町を離れるのだったら呪いを解いてもいいと思ってる。どうする?」
ナンシーの母親は、強い眼差しで答える。
「私は、この町が愛しています。だから、例え、神に逆らおうとも、ここで食堂を続けます。呪いの所為だというならば、呪いに打ち勝って、食堂を開始するだけです」
ヤオが微笑み、白牙に右手を向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』
白牙が刀の姿をとる。
驚いた顔をするナンシーの母親。
その時、ナンシーが目を覚ます。
「ヤオ、何やってるの!」
ナンシーの母親は、呪いで衰弱した体に鞭を打ち、ナンシーを庇う。
「母さん、無理をしちゃ駄目!」
その言葉に反して、ナンシーの母親は、ヤオを強い眼差しで見、断言する。
「貴女が、偉大なる神名者だとしても、私のこの町と娘を愛する心は、決して曲げる事は出来ません」
その声を聞きつけて、ナンシーの家族が駆けつける。
刀になった白牙を構えるヤオを見て、ナンシーの父親が怒鳴る。
「家族には手を出せないぞ!」
殴りかかってくるナンシーの父親を、空いている手であっさり投げて、ヤオは、ナンシーの母親に問う。
「どうしても、神名者を相手にしても戦うというんだね?」
ナンシーの母親が頷くとヤオは、白牙を振り上げる。
「駄目!」
ナンシーの必死の叫び声の中、白牙が振り下ろされた。
深い沈黙の後、ナンシーがヤオを憎悪の瞳で見る。
「貴女だけは、絶対に許さない」
しかし、ヤオは、平然と言う。
「呪いは、切ったから、大分良いはずですけど?」
その言葉にナンシーの母親がむっくりと起き上がる。
「体が軽い。病気になる前と一緒!」
その様子に、誰もが戸惑う中、ヤオが告げる。
「もう一度聞くけど、己が目的を貫く為の戦いの導き手、蒼貫槍を敵にしても、この町で食堂を続けるのね?」
ナンシーの母親が力強く頷く。
「絶対に取り戻してみせる」
ヤオは、微笑み、告げる。
「ならば、あちきが、正しき戦いの護り手、八百刃が力を貸すよ」
『一つ聞いていいか?』
白牙の言葉に、忙しく、ウエイトレスの仕事をしているヤオが怒鳴る。
「今忙しいから、後にして!」
白牙が溜息を吐く中、ナンシー一家の食堂は、大繁盛していた。
ナンシーの母親の復活と店の再開を聞きつけ、次々と客がやってきていたのだ。
因みに食材は、九尾鳥がナンシーの父親を連れて、急いで買出しをしているが、追いついていない。
「無駄話しない!」
料理を手伝っていたナンシーが怒鳴る。
「はい!」
駆け足になるヤオを見ながら、白牙が呆れ半分に言う。
『あの娘も、神名者を顎で使うなんてまね、よくするな』
「父親の俺は、生きた気がしない」
そう言って、九尾鳥と話をする為に会話可能にしてもらったナンシーの父親が食材を運びこむ。
「俺は、あんな強大な僕を持つ、神名者に殴りかかったって事実だけで、寿命が十年は、縮まったよ」
大盛況の食堂に、一人の男が入ってくる。
蒼い服を着た、蒼い髪と瞳を持つその男が神経質そうな顔で怒鳴る。
「八百刃、出て来い。お前が、関ってる事は、解ってるんだぞ!」
それに対して、ヤオは、料理を置いて言う。
「ごめん蒼貫槍、少し待ってて。もう少ししたら、落ち着くと思うから」
その男、蒼貫槍の動きが止まる。
「嬢ちゃん、お代わりまだか!」
「はーい。今すぐ行きます!」
その様子を見て、蒼貫槍が深呼吸をして、目の前を通り過ぎていくヤオをもう一度見る。
「感覚がおかしくなったか?」
白牙がその足元に移動して告げる。
『残念な事に、神名者の一人、八百刃だ』
蒼貫槍が嫌悪の表情で白牙を見る。
「お前は、忌みされし魔獣、白牙だな。間違いなく、八百刃と言う事だな」
そういって左腕を掲げ、その腕に蒼貫槍の文字を浮かび上がらせる。
『蒼貫槍の神名の元に、天を貫く槍を我が手に』
天井を貫き、一本の槍が蒼貫槍の手に舞い降りる。
ざわめく中、ヤオが、白牙に右手を向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』
右掌に、『八』の文字が浮かび、白牙が刀に変化する。
次の瞬間、人間では、不可能な連続突きが放たれる。
ヤオは、それを最小の動きで受け流し、接近する。
『八』の字を光らせたままのヤオの右手が、蒼貫槍に触れる。
大きく後ろに吹き飛ぶ、蒼貫槍。
「所詮は、百も満たさぬ時しか生きていない神名者、自分の力だけでは、有効な攻撃が出来ないみたいだな」
普通に着地する蒼貫槍に、ヤオは、あっさり頷く。
「そっちの方が遥かに大量の信望がある以上、純粋な力じゃ負けてるね」
蒼貫槍が戸惑う。
「何を企んでいる!」
ヤオは、天を見上げて答える。
「色々」
次の瞬間、地面が崩れて、大地に住まう、巨大な蛇、大地蛇が現れ、蒼貫槍の立つ大地を、一気に凹ませる。
「この程度のトラップが通じるか!」
空中に浮かび上がる蒼貫槍。
その間にヤオは、両手を天に向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、天道龍』
ヤオの左掌に『百』が浮かび、天を覆うような竜、天道龍が現れると同時に、円を作り、異界とのゲートを開く。
その強力な吸引力は、空中で不安定な状態だった蒼貫槍を引き込む。
「この程度!」
蒼貫槍は、その槍の力を解き放ち、吸引力を打ち消していく。
「これで王手だよ」
ヤオが、右手を大地蛇に向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、大地蛇』
大地蛇が、大地を操り、一気に蒼貫槍に迫る。
「まだだ!」
蒼貫槍が、穂先を天に向けたまま、石突で、大地蛇が操る大地を受け止める。
周りの人間がざわめく。
「何て強大な御方達だ……」
「天地を操る獣を従える八百刃様も凄まじい」
「だが、その力を槍一つで受け止める蒼貫槍様も凄い」
そして、蒼貫槍が宣言する。
「堪えたぞ! お前の攻撃では、私には、通じなかったな!」
ヤオは、そんな状況にも関らず、ナンシー達を見て言う。
「見ての通り、あちきより強い力を持ってるよ。そんな存在に本気で逆らうの?」
ナンシーが頷く。
「母さんが愛した町は、誰にも汚させない!」
「戦う力が無くても、この料理で、私は、町を救うわ」
ナンシーの母親の言葉に、ナンシーの母親の料理を食べた町人が賛同する。
それを見ていた蒼貫槍が叫ぶ。
「愚かな! 八百刃を打ち破った後、お前等は、この町ごと消し飛ばしてやる」
苦笑するヤオ。
「無理だね、これで王手詰みだよ」
ヤオは、白牙で、天道龍と大地蛇の力を堪える為に、動かせられない蒼貫槍の槍を切り裂く。
次の瞬間、それまで受け止めていた力が一気に蒼貫槍に襲い掛かった。
体中の色が落ちた蒼貫槍が、血が出るほど拳を握り締めて、宣言する。
「お前に負けた訳では、ない! 周到に用意された罠と、お前には、相応しくない高位の魔獣の力に負けたのだ! しかし、次は、無いぞ!」
そのまま消えていく蒼貫槍。
『見事な捨て台詞だな』
子猫の姿に戻った白牙が呆れたように言うと、ヤオは、平然と答える。
「今回は、幸運だっただけ。実際、基本能力じゃ、あっちが数段上を行っていた。ここに、正しい戦いをする強い心の持ち主が居なければ、勝てなかったのは、本当の事だもん」
そう言って、ヤオが振り返ると、大半の者がひれ伏す。
そして、町長が、小さいが金貨の詰まった袋を差し出す。
「これは、些少ですが、お礼の気持ちでございます」
ヤオは、それを受け取り、ナンシーの方を向く。
「この勝利は、貴女の母親の物。あちきは、手助けをしただけ」
「勿体無いお言葉です」
ナンシーの母親が頭を下げる中、ナンシーが食堂を見て呟く。
「あれじゃあ暫く営業できないよー。直してよ」
蒼貫槍との争いのとばっちりで、屋根と壁が殆ど無くなった食堂を見てヤオが頬を掻く。
「あちき、戦神候補だからそういった生産的な力は、ないんだ」
ナンシーが不服そうに言う。
「使えないなー」
周囲の大人が青褪める中、ナンシーの母親が娘をたしなめる。
「失礼な事を言わないの。それは、皿を割ったり、注文を間違えたり、御勘定を誤魔化されたりするけど、戦いが専門なんだから仕方ないのよ」
引き攣るヤオに、周りの人間が慌てて、二人の口を塞ごうとするが、お構い無しにナンシーが答える。
「でも、周りの被害を考えないで戦って、そのままサヨナラは、酷いと思うよ」
ヤオが俯くと、周りの人間は、唾を飲み、天罰を覚悟した。
「解ったよ、責任持って、食堂を修理するよ。大工仕事くらいは、要塞製造の勉強で習得したから」
ヤオが答えるとナンシーの母親が慌てて言う。
「材料費を工面するのも事欠く状態なので、いけませんよ」
ナンシーの母親の遠慮に、その場に居た全員が頷くが、ヤオが答える。
「それもあちきが持ちますよ。確かに食堂を続けられなかったら、本当の意味で戦いに勝った事にならないからね」
そして、ヤオは、食堂の修理をする事になった。
周囲の人間が必死に手伝い、材料費は、格安だった事は、言うまでも無いだろう。
食堂の修理を終えて、町を出たヤオ。
『結局残ったのは、僅かな金額だけだな』
隣を歩く、白牙の言葉に、ヤオは、溜息で答え、野宿の為に、荷物を降ろす。
「新しい、下着を買えるのは、何時かなー」
その時、見慣れない包みを見つける。
それを開けると、新しい下着や服が入っていた。
首を傾げるヤオだったが、そこにメッセージを見つける。
『助けてくれてありがとう。これは、あたし達の家族からのお礼の気持ち』
出かけに持たされたナンシーの母親のお弁当を取り出し、嬉しそうに食事を開始するヤオであった。




