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たい育  作者: 鈴神楽
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カステラと地覆葉

地覆葉とカステラとの出会い

 小国が点在し、建国と滅亡が相次ぐマーロス大陸のロートの大森林



 宿屋のベッドの上で、ヤオが寝息を立てていた。

 その部屋のドアが開き、ヤオが金欠で旅費に事欠く事につけこみ同行していた金海波が、入ってくる。

「今日こそ、永久に若々しい肌をあたしの物にするのよ」

 欲望をむき出しにしながらも、神名者の力で、自分の気配を完全に消し去り、近付いていく。

「貴女の純潔は、あたしが貰った!」

 ベッドに飛び移る金海波。

 金海波が飛びついた時、ヤオの体が溶けて、金海波を包み込む。

 必死にもがき、首を出した金海波の首筋に、刀になった白牙の刀身が当る。

「弁明してみる?」

 白牙を握るヤオを見て、金海波がひきつった笑みを浮かべる。

「気配は、完全に消したはずなんだけど……」

 ヤオが肩を竦める。

「あちきは、戦神候補だよ、奇襲のタイミングぐらい読んで、百姿粘ヒャクシネンを配置しておけるよ」

 身動きの取れない金海波が必死な顔でいいわけを並べる。

「これは、その夜中のスキンシップって奴よ!」

『純潔を貰ったなんて言っておいて、よくそんな戯言を言えるな』

 白牙が刀の姿のままでも、呆れてるのが理解できる。

「すいませんが、今回も許してもらえませんか?」

 申し訳なさそうに頭を下げてくる金隣人。

「何回目だっけ?」

 ヤオの言葉に恥ずかしそうに金隣人が答える。

「トータルで三桁到達しました」

 ヤオが荷物を背負うと告げる。

「もうここまでだね。今まで旅費ありがとうね」

 部屋を出て行くヤオに金海波が力いっぱい叫ぶ。

「ヤオちゃん、カンバック!」



「森は、良い。食料調達が楽だから」

 キノコを集めるヤオ。

『そうだな、都会暮らしが出来ないからな』

 子猫の姿の白牙の呟きを無視しながら、ヤオがキノコ狩りをしていると、大量の人の気配が近付いてきた。

「こんな人気が無い森になんだろう?」

 首を傾げるヤオ。

「殿下、もう少しです。もう少しで地覆葉チフクヨウ様が住む庵に着きます」

 その言葉に手を叩くヤオ。

「神名者参拝の一行か」

『なんだ、それは?』

 白牙の質問に、ヤオは、問題の一行が見える位置に移動しながら答える。

「神名者って力の象徴だから、その保護を受けようと王族とかが、来る事があるの。あちきは、長く同じところに居る事無いから受けたこと無いけど、キンカが、攻略対象の幼女が居た町に長居していた時に、何度か来てた事があるって話だよ」

 白牙も一行が見える位置に移動してから言う。

『無駄な事をするな』

 呆れた口調の白牙にヤオが首を横に振る。

「そうでもないんだよね、これが。一部の神名者は、信望者を集めるのに有利だと、大国に厄介になる事は、あるんだよ。まーそれでも、名前だけ貸してるだけに近いらしいけど」

 そんな会話をされているとも知らず、一行がヤオの前まで来た。

「そこの娘、この森に地覆葉様が住まう庵があると聞いているが知らないか?」

 ヤオは、あっさり頷く。

「知らない。あちきは、偶々この森でキノコを採ってただけだから」

 舌打ちをする従者に馬に乗った王子が言う。

「本当にこの道を進めば大丈夫なのか?」

 慌てて従者が進言する。

「もう少しの筈です。村人達は、信望しているので、明言は、しませんが、この先に居る筈です」

「その言葉は、何度も聞いた」

 王子が感情のまま怒鳴り、大事に抱えていた包みを見せる。

「折角のポールズが手に入れたカステラが無駄になってしまうぞ」

 それを聞いたヤオの目が光る。

「本当にそれカステラなんですか!」

 物凄い熱意に怯む従者の尻目に王子がこたえる。

「貴重な卵と砂糖を大量に使う異国の菓子。庶民は、目にした事も無いだろうが、本物だ。地覆葉様への献上品として持ってきたのだ」

 ヤオは、手をあげて言う。

「あちきが、地覆葉の所まで案内します」

 従者が驚く。

「さっき知らないと言っていたが?」

 ヤオは、嬉しそうな顔をして答える。

「神名者の居場所だったら気配だけで解りますよ」

 さっさと進むヤオに首を傾げながらついて行く一行であった。



「ここですね」

 ヤオが一行を案内したのは、何処にでもありそうな山小屋であった。

「本当なのだろうな?」

 従者の男、バルハットの言葉にヤオは、頷く。

「間違いなくここに住んでますよ」

 躊躇するバルハットにその主、近くの小国、テールの王子、テールズが答える。

「今は信じるしかあるまい」

 馬から降りて、入り口に近付くテールズ。

 従者達が緊張に唾を飲み込む中、テールズが告げる。

「私は、テール王国の第一王子、テールズ。地覆葉様にお会いする為にここまで来ました。どうかお顔をお見せ下さい」

 本人達には、物凄く長く感じる待ち時間に白牙がヤオの方を向いて言う。

『何故こんなまねをした?』

 ヤオは、しゃがみこみ、白牙だけに聞こえるように小声で答える。

「神名者だったら、物なんて殆ど食べないじゃない。そこでおすそわけを貰うの。カステラか、どんな味がするんだろう?」

 夢見がちな瞳で呟くヤオを見て、白牙が大きく溜息を吐く。

『同じ神名者でも、食べ物で動くお前は、何なのだろうな?』

 そして、ドアが開き、緑の髪をした者が現れる。

「何の用だ?」

 テールズは、慌てて膝をつき告げる。

「地覆葉様にお会いできて光栄です。どうか、私の国に住いを移してください」

 その緑髪の者は、冷たい視線を向けるなか、一人の中年男性が山小屋に近付いてきた。

 それを見てバルハットが慌ててその男を止める。

「今は、殿下が地覆葉様と話しておられる。邪魔をしないで貰おう」

 苦笑する中年男性にヤオが歩み寄り、手をあげて挨拶をする。

「初めまして、地覆葉さん。あちきの事は、フレンドリーにヤオって呼んで。そして、お菓子を一緒に食べる友達になろうよ」

 バルハットが固まる中、少し驚いた顔をしてその男、地覆葉が言う。

「貴女が、あの。まー立ち話もなんですから中でお茶を飲みながらでも」

 先行する地覆葉の後をついていきながらヤオが言う。

「彼が何か話があるんだって。珍しいお菓子を持ってきてるからそれをつまみながら話を聞かない?」

 地覆葉がテールズを見て言う。

「どんな御菓子ですか?」

 テールズは慌ててカステラを前に差し出して言う。

「これです、カステラという卵と砂糖を使ったお菓子です」

 地覆葉が少し驚いた顔をして言う。

「私も新名者になるまでは、人の暮らしをしていましたが、見るのは、初めてですね。とにかく食べながら話をしましょう。緑髪人リョクハツジンお茶の用意を」

 緑髪の者、緑髪人が頷き、お茶の用意をし始める。



「美味しい!」

 満悦そうなヤオを控えていたバルハットが睨む前では、テールズが必死に説得をしていた。

「私の国に来てくだされば、満足のいく待遇をお約束します! こんな山小屋に暮らす必要はありません。私の国の国教にもします。そうすれば一気に信望者が増えます!」

 カステラを食べながら地覆葉は淡々と言う。

「このカステラは美味しいですね」

 ヤオは、何度も頷き、テールズも希望の光を見た気がしたが、地覆葉は自分の住む家を見ながら答える。

「私は、森を司る者。町に居る意味は、ありません。それに強制した教えでは、真の信望には、なりません。すいませんがお断りします」

 頭を下げる地覆葉に何も言えなくなるテールズ。

 皿に残ったカステラのカスを舐めていたヤオが言う。

「それより、地覆葉を自分の国に迎えようと言ったのは、誰?」

 その言葉にバルハットが怒鳴る。

「お前みたいな小娘には、関係ないことだ」

 ヤオは、物欲しそうな目でテールズの前に置かれていたカステラを見ながら言う。

「関係ないけど、貴方達の気持ち次第では、力を貸してあげられるよ」

 テールズは、少し呆れた顔をしながらカステラののった皿をヤオの方に押し出して言う。

「腹違いの弟、ポールズだ。私の不在の間は、自分が国を守ると言ってくれた立派な弟だ」

 ヤオは、新しいカステラを食べながら言う。

「なるほどね。カステラ分の助言。早く帰った方が良いよ。弟さんは、貴方が不在の間に国を乗っ取るつもりだよ」

 その言葉にバルハットが怒鳴る。

「無礼者! ポールズ殿下がその様なまねをなさる訳が無い!」

 ヤオは、カステラを指差しながら言う。

「このカステラってその弟さんが持ってきたものでしょ?」

 頷くテールズにヤオが告げる。

「どんな伝手があって弟さんが、このカステラを手に入れたのかを考えた事ある? 神名者である、地覆葉も食べた事が無い、異国の珍しいお菓子を?」

 その言葉に戸惑うテールズに対してヤオが、カステラの残りカスを再び舐めながら告げる。

「カステラの生産国は、ポルト。その製法は、秘匿にされているの。国の貴族にしか口に出来ないカステラを手に入れられるのは、ポルトと強い繋がりがある人間だよ。さて問題です。ポルトと貴方の国、テールとの関係は、良好でしょうか?」

 何も言えなくなるテールズ。

 信じられないって顔をしてバルハットが言う。

「信じられない」

 ヤオは、真っ直ぐテールズの顔を見て告げる。

「貴方は、何のために戦うつもり?」

 その言葉にテールズは、はっきりと答える。

「民に為に戦う。我等王族は、民を幸せにする為にある。あいつがやろうとしている事は、国民に対する裏切りだ! 絶対に防がないといけない」

 ヤオが席を立ちドアを開ける。

「ならば正しい戦いと認めて貴方に力を貸すよ。外に出て」



「小娘、何のつもりか知らないが、今は一刻を争う時だ! 後にしろ」

 バルハットが怒鳴るとヤオが頷く。

「だから、あちきが力を貸してあげるんだよ」

 ヤオは、両手を天に向ける。

『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、天道龍』

 ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』の文字が浮かび、上空に巨大な竜、天道龍が現れる。

 言葉を無くす一向にヤオが告げる。

「天道龍が貴方達を国まで運んでくれるよ」

 次の瞬間、テールズ一行は、天道龍の力によって引き上げられ、その背に乗せられていた。

『直ぐに着くから安心しろ』

 そして、天道龍が天を駆けて行く。

「正しい戦いの守り手、八百刃様でしたのですか」

 恐縮した顔をする緑髪人を見ながら地覆葉が言う。

「戦えば神にも勝てると噂される新星、八百刃の力の一端を見せてもらいました」

 ヤオは肩を竦ませて言う。

「あちきは、助力するだけだよ。戦う意思が無い所にあちきは、居ない。それだけだよ」

 その悟りきった瞳に、地覆葉が大きく溜息を吐く。

「大きな力は、常に大きな心と共にあると言う事ですね」

 ヤオは手を振ってその場を去っていく。



「カステラ美味しかったな」

 町を歩くヤオの腹がなる。

『やっぱり町では、暮らしていけない者だな』

 呆れた顔をする白牙。

 その時、ヤオが激しく反応する。

「この匂いは、カステラ!」

 周囲を探るヤオの視界に、カステラが映った。

 駆け寄るヤオの頭が押さえられる。

「まだ駄目だよ、ヤオちゃん」

 ヤオがその手の主を見て眉を顰める。

「キンカ、どうして?」

 カステラを持った金海波が肩を竦めて言う。

「天道龍にあんなに目立つ事をさせておいて、気付かないと思った?」

 自分を無視してカステラを見るヤオに、金海波が告げる。

「これは、前回のお詫び。許してくれる?」

 微笑む金海波に、物凄く複雑な顔をするヤオを見て、白牙が呟く。

『地覆葉もどう勘違いしたら、こんな奴に大きな心があると思ったのだ』

 結局、ヤオは、もう暫く金海波と旅を続ける事になるのであった。

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