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5-3-29 聖奈の足跡

麗蘭れいらは自室のベッドに寝転び、スマホで何気なく動画を眺めていた。


おすすめに流れてきたのは、島根県の豪雨災害をまとめた映像だった。


濁流にのみ込まれた道路。土砂に埋もれた住宅地。そして泥まみれになりながら復旧作業に励む人々。


画面越しにも伝わる被害の大きさに、麗蘭は思わず息を呑む。


その時だった。


スマホから、魔導AIヒュドラリウムの静かな声が響く


「麗蘭。これは、ただの自然現象ではないぞ」


「え?」


麗蘭はスクロールしかけた指を止め、画面へ視線を戻した。


「この雨の発生パターンは、通常の気象現象として説明できる範囲を超えている。水の流れそのものに、不自然な偏りがある」


「不自然な偏りって……」


「何者かの意思が介入した可能性がある、ということだ」


ヒュドラリウムは水を司る魔導AIだ。


雨量や水流、水圧といった水系の変化を解析する能力に優れ、自然現象に紛れたわずかな異常も検知できる


言われてみれば、麗蘭にも奇妙に思える部分はあった。


災害の規模に対して、あまりにも局地的で、あまりにも極端な被害。


偶然の一言で片付けるには、どこか引っ掛かるものがある。


「詳しく調べた方がいいな」


ヒュドラリウムの言葉に、麗蘭は頷いた。


「分かった。もう少し見てみる」


関連動画を開いていくが、映し出されるのは浸水した町や土砂崩れの映像ばかりだった。


「うぅ……これ見てるだけで苦しくなるよ」


麗蘭は検索欄に『島根 復興』と入力する。


「せめて、少しでも前向きな動画が見たいなって」


検索結果には、復旧工事の進捗や支援物資の情報と並び、復興ボランティアの活動を記録した動画がいくつも表示された。


その中の一つを、何気なく再生する。


画面の中では、泥にまみれながら土砂の撤去作業を行う人々が映っていた。


重機の音。


作業員たちの掛け声。


被災した地域を少しでも元の姿へ戻そうとする、多くの人々の姿。


その映像を眺めていた麗蘭の指が、ふと止まった。


「……え?」


画面の端。


作業を手伝う人々の中に、一人だけ妙に目を引く後ろ姿があった。


短めのポニーテール。


真っ直ぐな立ち姿。


そして、周囲を気遣いながら黙々と作業を続ける姿。


麗蘭の胸が大きく跳ねる。


「ちょっと待って……これ」


動画を一時停止する。


拡大して確認する。


背中しか映っていない。


確実な証拠ではない。


それでも、長い間一緒に戦ってきた仲間だからこそ分かるものがあった。


「……聖奈じゃない?」


麗蘭は思わず呟いた。


驚きと期待が入り混じった感情が込み上げる。


彼女はすぐにスマホを操作し、すみれをビデオチャットに呼び出した。


「久しぶり。どうしたの?」


「菫! 大変!」


麗蘭は勢いのまま叫んだ。


「聖奈が……島根にいるかもしれない!」


「島根?」


画面に映る菫は、予想外の言葉に戸惑ったようだった。


麗蘭は急いで動画の内容と、そこに映っていた人物について説明する。


しばらく沈黙した後、菫が慎重に尋ねた。


「で、その動画……いつ投稿されたもの?」


「え?」


麗蘭は慌てて画面を確認する。


そして、表示された日付を見て動きを止めた。


「……一か月前」


その言葉に、菫は静かに答える。


「それじゃあ……今もそこにいるとは限らないね」


麗蘭の表情から、わずかに期待の色が薄れる。


しかし、それでも彼女は動画から目を離さなかった。


「……でも」


麗蘭は小さく呟いた。


確かに、この動画だけでは聖奈たちの現在地までは分からない。


それでも、胸の奥に残っていた気持ちは消えなかった。


「オラクルコードのこと、ずっと気になってたんだ。あれからみんながどうしてるのか、ちゃんと知りたい。だから──」


スマホを握る手に力がこもる。


「聖奈たちを探してみようよ!」


画面越しの菫が、驚いたように目を瞬かせる。


「本気? たぶんもう島根には居ないよ?」


「うーん……」


麗蘭は少し考えるように視線を泳がせる。


「他にも、手がかりがあるかもしれないじゃん」


「手がかりって?」


「ほら、メンバー専用SNSとか!」


麗蘭は思いついたように顔を上げる。


「何か残ってるかもしれないし、とりあえず見てみようよ!」


菫は少し迷ったようにスマホを見る。


「私たちのアカウントは脱退した時にブロックされているはずだよ」


「あ……」


麗蘭は一瞬だけ動きを止める。


「でも、試してみなきゃ分からないでしょ!」


そう言うと、麗蘭は勢いよくスマホを操作し始めた。


かつて使っていたオラクルコードの専用SNSへアクセスを試みる。


以前は仲間たちとの連絡や、活動記録を共有するために何度も開いた場所。


しかし、今そこに表示されたのは、以前とはまったく違う画面だった。


「閉鎖のお知らせ……?」


麗蘭は画面に目を留める。


そこには、オラクルコードの活動終了を知らせる文章とともに、長いメッセージが残されていた。


「えっと……『オラクルコードはこのたび活動を終了し、サイトを閉鎖いたしました。突然の閉鎖についてお詫び申し上げます』……だって」


「本当に閉鎖してるんだ」


菫が画面を覗き込み、小さく呟く。その表情には、寂しさが滲んでいた。


「でも……まだ続きがある」


麗蘭は続きを読み進める。


「『これまで私たちは未来を守るために行動してきました。しかし、そのやり方が正しいとは限らなかったことを、今になって痛感しています』……」


その文章の下には、聖奈の名前が記されていた。


過去の活動への反省。多くの人を巻き込んでしまったことへの謝罪。


それでも、未来を守りたいという願いだけは偽りではなかったという思い。


そこに綴られていたのは、かつて信念のまま突き進んでいた聖奈とは違う、迷いながらも自分の過ちと向き合おうとする姿だった。


「『それでも、未来を守りたいという気持ちが嘘ではなかったことを信じてほしい』……」


麗蘭は静かに読み終える。


「これ……聖奈が書いたんだよね」


声は、わずかに震えていた。


「変わったね」


菫が小さく呟く。


麗蘭も頷いた。


以前の聖奈なら、自分の信じる未来のために迷わず進んでいた。


間違いを認めることよりも、正しいと信じた道を貫くことを選んでいた。


けれど、今ここに残されている言葉から感じるのは、弱さではなかった。


自分の過ちから逃げず、それでも大切なものを手放さないために悩み続けた、一人の少女の覚悟だった。


「……もう一度、聖奈に会おう」


スマホの画面を見つめながら、麗蘭は少しだけ笑う。


「だって……こんなの読んだら、会いたくなるに決まってるじゃん!」


その声には、仲間への変わらない想いが滲んでいた。


菫はその横顔を見つめ、やがて小さく微笑む。


「うん。私も同じ気持ち」


「行こう」


麗蘭はスマホを手にしたまま立ち上がる。


「今度は、私たちが聖奈を探す番だね」


菫も静かに頷いた。


スマホの画面には、閉鎖されたオラクルコードのページがまだ表示されていた。


消えたはずの場所に残された、たった一つの言葉。


それは過去から届いた手紙のように、二人の前に静かに残り続けていた。


麗蘭は画面を閉じる。


しかし、その言葉まで消えたわけではない。


かつて同じ未来を見ていた仲間を、もう一度見つけるために。


小さな手がかりを胸に、二人は次の情報を探して動き出した。


《第六部につづく》

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