番外編 ココリンガル
ちょっと番外編
「魔道具師の友人に頼んで、こんなものを作ってもらったんだ」
旦那様が両手で抱えるくらいの大きさのアンティーク風の箱を持って、子供部屋でルーカスの二足歩行の練習をしていたわたしたちの元へとやって来た。
ルーカスとわたし、どちらが早く二足歩行でジョセフの元までたどり着けるかという斬新な遊びに興じていたわたしたちは、一斉に旦那様を見上げる。
「こんなもの?」
ジョセフがわたしの代弁をしてくれる。
旦那様は謎の箱を床へと置いて、ぺとんとお尻をついてしまったルーカスが泣く前に抱っこすると、そのまま床にあぐらで座る。
ルーカスはめずらしく旦那様のお膝の上でおとなしくしているので、わたしは興味津々でその箱へと近づき、前脚でちょん、とつついた。
小物入れというより、オルゴールっぽい形状をしている。側面から金属のネジが出ているのだ。ネジを巻いて動かすのか、ただの飾りなのかはわからないが、いい感じに錆びているところがレトロでいい。
「父上、これは?」
「これは動物の言葉を翻訳してくれる装置の試作品だ」
にゃ、にゃんですと!?
それって世紀の大発明なのでは?
「ええっ!? すごいっ、じゃあこれを使えば、ココがなにを言っているのかわかるってこと!?」
すごいすごいとはしゃぐジョセフに、旦那様は、試作品だけどな、とつけ加えて苦笑する。
「父上! 早くやって見せて!」
旦那様はうなずいて翻訳機の蓋を開ける。そこにはラッパ状の集音器と、タイプライターのような文字のボタンが並んでいた。
ふんふん臭いを嗅ぎながら一周して気がついた。箱の正面に横長の細い隙間がある。きっとそこから翻訳された言葉を印刷した紙が出て来る仕組みになっているのだ。
旦那様とジョセフ、そしてどことなくルーカスからも期待のこもった眼差しを注がれ、わたしは半信半疑のまま、集音器に向けて、みゃうろ、と鳴いてみる。
三拍ほど置いてから、カションカションとボタンが自動で動きはじめ、ジジジ、と音を立ててネジが回ると、印刷された紙が吐き出された。
全員でそれを覗き見る。
しかしわたしは字が読めなかったので、みんなの反応を待った。
「これは……」
なになに?
旦那様、なんて書いてあるの?
「あ、『ごはん』だ!」
「確かに『ごはん』ではある、か」
どうやらごはんと書いてあったらしい。
当たってると言えば当たっている。わたしの中でマグロはごはんだ。ごはん以外のなにものでもない。
普通にすごいな、これ。
「すごい! もっとしゃべって、ココ!」
そうだね、ジョセ。翻訳機の性能を確かめよう。
「みゃん(お魚ビスケット)」
『おやつ』
「にゃん(イルカ)」
『ごはん』
「にゃう(鯨)」
『ごはん』
「もしかしてココ、お腹減ってる?」
「まあ、試作品だから、こんなものだろう」
待って。このままだとわたしが食い意地の張った猫だと誤解されたままで終わってしまう。
慌ててお口を整えた。
「ぅぉにぃー、にゃん!」
「あっ、ココのお兄ちゃんが出た!」
ジョセフが期待に満ちた目で印刷されて出て来る紙に目を落とし――、
「あっ、すごい! 『かぞく』だって!」
ごはん以外のパターンもちゃんとあったらしい。
これはちょっとおもしろいかもしれない。
わたしは調子に乗ってにゃんにゃん鳴いた。
その結果――。
『ごはん』と『おやつ』と『かぞく』と『ねむい』と『あそんで』の五パターンしかないことが判明した。
そもそも、ごはんとおやつは一緒でいいのでは?
実質四パターンだ。
「とりあえずココが、お腹が空いているのか眠いのか遊んでほしいのかは、わかるな」
「そんなのココを見ればだいたいわかるよ」
わたしってそんなにわかりやすい猫なの?
心情だだもれ? 本能で生き過ぎ?
「まだまだ改良の余地があるな」
「うん。いつかココと話せるようになったらいいよね」
「そうだな」
翻訳機の性能が向上したら、わたしもみんなと話せるようになるのかな。
そのときまでに、ちゃんと上品な言葉で話せるようになってないといけないね。
ルーカスがわたしの方へと這い寄ってきて、しっぽを握りながら口を開いた。
「こーこ」
ルーカスが意味のある言葉を話したのをはじめて聞いたのか、旦那様が目を見開いた。
「ルカ、今、ココって言ったのか? すごいじゃないか!」
「ルカは前にもココって言ったよ?」
「そうなのか?」
「うん。ココだけは言えるんだよねー、ルカ」
「おーちゃ」
「今、お兄ちゃんって言った!? 父上っ、今っ、お兄ちゃんって!」
判定のあまいジョセフが大興奮し、旦那様が落ち着けと宥めている。
ジョセフが大喜びでルーカスを抱き上げて、旦那様がそれを苦笑しながら見ている後ろで、翻訳機がジジジ、と紙が吐き出した。
案外ルカは本当に『お兄ちゃん』と言っていたのかもしれない。
そこに書かれていた文字は『かぞく』だった。
二足歩行を習得中のココとルカ