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閑話・コラフラン王国ハロウィンナイト

コラフラン王国民はみんなお祭り好きです。

細かいことは気にせずに広い心で読んでください。



 クラーラは王城の回廊から中庭を眺めていた。流れるドレープのような彫刻を施された優美な柱を指でなぞりながら、ジューリオが来るのを待っているのだ。

 中庭の花壇は盛りを終え、徐々に冬を迎える準備が始められている。まだ息は白くはないが、頬をかする風はもう冷たく感じる。

 クラーラが指先を暖めるように両手をこすっていると、こちらに近付いてくる足音が聞こえてきた。


「ジューリオ!」

「お待たせして申し訳ありません」


 ジューリオの右手がクラーラの両手をとらえる。大きくて硬い手だが、温かい。


「冷えてしまいましたか」

「ううん、まだ大丈夫」


 二人はそのまま手をつないで歩き出した。

 クラーラがつないでいない方の腕を目の高さまで上げてくるくる回す。


「まだ変化しないわねえ」

「徐々に、と言っていましたからね」

「何になるかしら。楽しみだわ」

 

 クラーラがジューリオを見上げてほほ笑んだ。その直後、クラーラの耳の上の髪がばさりと不自然に揺れた。


「おや、始まったようですね」


 ジューリオが立ち止まり、クラーラの手をそっと引っ張って体ごとこちらを向かせた。


「あら、あら、あら?」


 クラーラの耳の上から髪をかき分けてらせん状に巻いた大きな角と横向きにぴんと張ったピンクの柔らかい耳が生えてきた。着ていた青いドレスは白いパフスリーブのブラウスに白いボア生地のジャンパースカートに変わった。バルーンスカートになっていて、お尻がふんわり大きく見えるスタイルだった。首には赤いチョーカーが巻かれ、黄色い鈴がついている。


「まあ! これはもしかして!」

「羊でしょうか……」

「羊だわ! この角と言い、悪魔に違いないわ! やった! かっこいい!」


 クラーラはくるくると回りながら変身した自分の服装を眺め、生えてきた角と耳を触って確かめている。

 ジューリオはふと首を傾げた。


 悪魔は山羊の角ではなかっただろうか。首の鈴といい、これは多分、どう見ても生贄の子羊……。


 クラーラが喜んでいるので、ジューリオはあえて口には出さなかった。


「ジューリオはまだ変身しないわね。兄様たちはどうかしら、行きましょう!」


 クラーラはジューリオの手を引いて廊下を急いだ。





 この世界には数人の魔女がいる。魔女は魔力を持っていて様々な魔法を使うことができるらしい。らしい、というのも、魔女はめったに人前には姿を現すことはないので、実際に魔法を見たことがあるという人間はほとんどいないのである。

 大国であるコラフラン王国は、その魔女の一人と大昔から懇意にしており、数年に一度魔女が現れる。現れると言っても、魔女の気が向いた時に勝手に遊びに来て勝手に帰っていくだけなのだが。


 先日、国王の元に魔女から書簡が届いた。王国の近くを通る用事があるため、遊びに行く。せっかくなので、その日の午後6時から夜中の12時までの6時間の間は王城にいる者全員を何かに変身させる。お菓子を用意しなければいたずらするぞ! と書いてあったらしい。

「変身させる時点ですでにいたずらではないか」と真面目なエルネストは呆れていたが、道理が通じる相手ではないので、その日は王城は閉鎖して粛々と過ごすこと、と通達を出していた。


 いつもは離宮に引きこもっているクラーラではあるが、その話を聞きつけお菓子を大量に用意して王城で待機していたのである。ちなみにディートハルトとリーチャには断られたので、ジューリオと二人でこのお祭り騒ぎに参加である。


 すれ違う騎士は猪やゴリラなどの獣人に変身しているものが多かった。一応、警備を担当している者は戦闘力の高そうな生き物に変身するようになっているようだ。文官たちはゾンビ風や骸骨風、ただ白いを布をかぶっただけ、などの手足を細かく動かせるようなお化け系統が多い。これも仕事に支障が出ないような変身であった。一応王城の機能を止めないように配慮はできる魔女らしい。


 エルネストの執務室のドアの前には、騎士服を着たフランケンシュタインが立っていた。フランケンが開けるドアをくぐって部屋に入ると、そこにはエルネストとアウギュストがいた。


「兄様、見て! 私、悪魔なのよ! かっこいいでしょう」


 クラーラはスカートを翻してくるりと回った。


「それは生贄では……」

「メェェ! 失礼ね! どう見たって怖い悪魔でしょう!」

「いや、クラーラがそう言うのなら、悪魔なのだろう」


 窓際に立っていたエルネストは、黒い三角帽子に黒いローブの魔法使いになっていた。何やら背中には大きなハサミを背負っていて、善良な方の魔法使いではないようだ。


「エルネスト兄様は魔法使いなのね! 素敵!」

「そうだろう、しかもちゃんと魔法まで使えるのだ」


 エルネストが得意げに腕を組んで顔をそらす。エルネストの執務机では、羽ペンがひとりでに動いて書類にサインをしている。


「いやあ、こういう時はたいてい私は貧乏くじをひくのだが、今回ばかりは大当たりであった。溜まっていた仕事が魔法のおかげでどんどん終わっていく」


 羽ペンに仕事をさせ、エルネスト本人はのんびりと窓の外を見ている。


「兄上、羽ペンがインクつぼ倒してるけどいいの?」

「わわわ! だめだっ、止まれ! 羽ペン! こらっ、紙のないところにまでサインをするな!」


 いつものようにソファに偉そうに座っているアウギュストは、これまた黒い修道服にフードのついたローブをかぶっている。


「アウギュスト兄様は……黒魔術使いかしら」

「失礼だな、別に黒い方じゃなくてもいいだろう」

「何か呪いとかかけてきそう……メェェ……」


 クラーラが手渡してきたクッキーの袋を奪うように受け取ったアウギュストは、今まで会ってきた人みんなにそう言われたそうで、機嫌が悪かった。不貞腐れてクッキーをむさぼり食っている。


「ジューリオは何に変身したんだ? 見た目は何も変わっていないが」


 雑巾でインクだらけの机を拭きながらエルネストがジューリオに言った。


「実はレガーロの様子を見に厩舎へ行っていたもので、6時の時点で城内にいなかったのです。すぐに戻ったのですが、このまま変わらないかもしれませんね」

「そっかあ、でもまあ、このまま城内に居れば魔女の魔法も効いてきて変身するんじゃないか? カルロなんて狼男に変身しちゃって、じっとしてられなくてどこかに走りに行っちゃったんだ」


 それはもはや犬なのでは……、とジューリオは思ったが、これまた口には出さなかった。


「父上とジネビラ様も変身してるのかしらメェ」

「俺はもうこの部屋を出ないから、クラーラ見に行ってきてくれよ」

「アウギュスト、お前、なぜ私の部屋に入り浸る……」

「いや、だってこの部屋いいお菓子が置いてあるから」


 メェメェ言うクラーラ可愛い……とジューリオはぼんやりとしていたが、クラーラに手を引かれハッと意識を取り戻した。


「では、私たちが確認しに行きましょう」

「そうしましょ、ジューリオ。メェ」


 二人で手をつないで歩いて行くと、次々と警備の獣人とすれ違う。みんな比較的楽し気で羊のクラーラに笑顔を向けてくれる。肉食の獣人がたまによだれを垂らしているのが気になったが。


 ドアをノックし、鷲の騎士に促されて陛下の私室に入ると、陛下と王妃がベランダのテーブルで夜空を見ながらワインを飲んでいた。


「父上、ジネビラ様!」

「あら、クラーラはかわいい羊ちゃんなのね」


 王妃は露出度満点のセクシー魔女、国王陛下はりっぱな山羊の角の生えた迫力満点の魔王だった。


 うん、やっぱり悪魔はあの山羊の角だったな。


 ジューリオは心の中でそっと確信した。そして隣で「私もセクシー魔女が良かったわ、メェェ」と悔しがっているクラーラに眦を下げる。


「私は魔王の娘だからやっぱり悪魔よ!」

「そうか、クラーラと私が同じ巻き角……」

「いえ、クラーラは生贄の子羊じゃないかしら」


 いつの間にか生えてきたしっぽをぴこぴこと揺らして喜んでいるクラーラには王妃の言葉は聞こえていなかった。


「クラーラ、そういえばさっき流れ星が中庭に落ちたのよ。ちょうどいいわ、見てきてちょうだい」

「流れ星が!? メェェ、ロマンチック! 行きましょう、ジューリオ」


 クラーラとジューリオは再び手をつないで中庭を目指した。

 途中、何かがクラーラの足元をさっとかすめ、驚いたクラーラはジューリオにしがみついた。


「大丈夫ですか?」

「何かしら? 今の……めっ……メェェ!」


 クラーラが指さした先には、小さな灰色のネズミがいた。廊下の隅で頭を低くしてこちらを窺っている。


 ジューリオが腰の剣に手をかけたが、クラーラがそれを止める。


「もしかしたら、城内の誰かが変身した姿かもしれないわ」

「獣人どまりの者が多い中で完全にネズミになってしまうなど、なんて業の深い……」


 クラーラが手元の袋からクッキーを一かけら、ぽいと投げてやると、ネズミはそれを追い、クッキーを咥えてどこかへ走り去って行った。


「本物のネズミだったのかしら」

「何か落として行きましたね」

「メェ?」


 ネズミがいた辺りに何か光る物が落ちている。クラーラが拾い上げると、それは小さな金色の鍵だった。


「どこの鍵かしら」

「一応持って行きましょう」


 廊下を進むと、いつも厨房でクラーラのお菓子作りを手伝ってくれる料理長に出会った。普段通り厨房服を着ているが、猫耳としっぽが生えている。振り向いた顔をよく見ると、大きな釣り目の瞳孔が縦になっていた。


「にゃにゃにゃ、クラーラ殿下、かわいい子羊ですにゃ」

「メェェ、料理長もかわいいにゃんこなのね」

「ジューリオ殿は変わらないんですにゃ」

「ええ、そのようです」


 料理長は大きな肉球で顔をひと撫でした後、困ったように眉を下げた。


「にゃにゃにゃ、猫になったら急に爪がとぎたくなってもうどうしようもにゃいのです。どこか爪のとげる場所はにゃいでしょうか」

「爪のとげる場所なんてあるかしら」

「騎士団の鍛錬場に行けば、剣の打ち込みをする板が置いてありますが」

「それにゃ! 行ってきますにゃ! ありがとう、ジューリオ殿。お礼にこれをどうぞ」


 料理長猫がクラーラの顔くらいの大きさの丸いハンドルを渡してきた。


「これは何かしらメェェ」

「わからにゃいのですが、さっき厨房にあるつぼを覗いたら入っていたのです。にゃにかの役に立つかもしれませんので、お持ちくださいにゃ」


 そう言うと、料理長猫は足音をたてずにするすると廊下を走って消えて行った。


「わらしべ長者のようになってきたわメェ」

「交換はしていませんけどね」


 ミイラっぽい文官と牛っぽい大臣が、ナスときゅうりに爪楊枝を4本ずつ刺して並べている。何かの動物を模しているらしい。何の儀式だろうか……。

 不思議な光景を横目に中庭への扉を開けると、ものすごい砂ぼこりがたった。ジューリオがクラーラの顔の前に腕を回して目を守る。その手がそのままするりと首筋を撫で、クラーラがくすぐったそうに笑う。


「メェェ……何かがすごい勢いで通り過ぎたわ……」

「あれは……カルロさん…………かな?」


 カルロを含めた狼の耳にしっぽの生えた騎士たちが、追いかけっこをするように庭を走り回っている。


「おおーい! ジューリオ! 何だか俺たち楽しくって、走りたくって仕方がないんだ」


 ジューリオが返事をする間もなく、カルロが手を振りながらまた見えなくなっていく。


「王妃殿下がおっしゃっていたのはあの辺りですね」

「メェェ!? あんな所に噴水なんてあったかしら?」


 王妃が流れ星が落ちた、と言っていた辺りには、以前にはなかったはずの大きな噴水ができていた。どういう仕組みなのか、一番下の水底からライトアップされてオレンジ色の水が噴き出ている様に見える。


「ジューリオ、あれ見て!」


 噴水の裏にまわったクラーラが指を指した地面には、小さな六角形の突起があった。


「ああ、これですね」


 ジューリオが冷静に小脇に抱えていたハンドルを取り、突起にはめる。ぴたりと収まったそれを、ゆっくりと回すと吹き出していた噴水の水が止まり、底に溜まっていた水が引いてゆく。


「お前たちもここへ来ていたのか」


 かぶりにくそうに大きな三角帽子を手で押さえながら、エルネストが中庭にやってきた。


「アウギュストのいびきがうるさいから部屋を出たら、警備の騎士たちが流れ星が落ちたと言うから見に来たんだ」

「流れ星の落ちたというここに、噴水ができていましたわ。メェ」

「むむ、勝手にこのような物を建築されては困るな」

「そこにハンドルをはメェて回したら水が止まったのですけれど、特に何も起きないのですメェェ」

「……クラーラ、めぇめぇ言ってて可愛いな」

「そうでしょう」


 エルネストのつぶやきにジューリオが満足そうにうなずく。


「そういえば、先ほどこぼしたインクが書類に何やら意味深なシミを残したんだ」


 エルネストがポケットから取り出した書類には、黒いシミが三つ、間を細い線が走りいびつな三角形を作っていた。


「兄様、この書類、重要、ってハンコが捺してありますわ」

「ああ、しかし魔法で無事複製することができた。便利だな、これは。このまま魔法使いであればいいのだが」

「殿下、これはきっとこちらとこちらのことではありませんか?」

「ん? ほう、確かに」


 ジューリオが噴水とハンドルを指す。確かに書類には、大きなシミとそのすぐ横に小さな丸いシミがある。位置的にはぴったりであった。


「ということは、この方向に……」


 書類に落とされた最後のシミの方向をエルネストが見上げると、なぜ今まで気が付かなかったのだろう、背の丈よりも大きな不自然な正方形の生け垣が植えられている。


「兄様、もしかしてこのハサミ」

「なるほど、ここで使うためのハサミであったか」


 エルネストが背中に背負った大きなハサミを下ろした。


「まともそうな人ほどこういう一面がある、という猟奇的なアレかと思っていました」

「ジューリオ、お前は私をどう思っているのだ」


 エルネストがハサミを使って生け垣をバサバサと切り落としていくが、なかなかうまく進まない。


「メェェ、兄様、貸してください。私、得意かも」


 エルネストからハサミを奪い取ったクラーラが、ものすごい勢いで生け垣を切り開いてゆく。


「すごいな、クラーラ。どこで覚えた」

「こうして自分で道を作ってアリア様たちに会いに行ったんです」

「……そのような報告は受けていないな。後日、詳しく聞かせてもらおうか」

「メェェ、見て!」


 切り開いた向こうはただの芝生だったが、一部分だけ土がむき出しになっており、見るからに怪しい地下への扉があった。


「むう、これは行かねばなるまい。行くぞ、ジューリオ」

「クラーラ、すぐに戻るので決してここから動かないで。カルロさんたちがその辺を走りまくってるから危険はないと思うけれど」

「分かりました。ここで待ってるわ。二人とも、気を付けてね」


 エルネストとジューリオが地下へ消えた後、クラーラは言われた通りにじっと大人しく待っていた。噴水の縁に腰掛け休憩する。


「メェ?」


 水の引いた噴水の底に、四角い小さな扉があり鍵穴がついている。クラーラはスカートのポケットにしまっていた金色の鍵を取り出した。その鍵穴に差し込むと、思った通りカチリと鍵の開く音がした。つまみをつかんで扉を開いてみた。


「メェェ、大きい」


 そこにはクラーラがぎりぎり抱えて持てるくらいの大きさのオレンジ色のかぼちゃが鎮座していた。それを取り出し、噴水の縁に置いてその隣に再び腰掛けた。


「普通に煮物にしようかしら。それともかぼちゃパイにしたほうがみんなで食べられるかしら」


 クラーラが調理法に想いを巡らせていると、中庭を横切って走ってくる影が見えた。


「すみませーん、それ私のですぅ」


 豊かな金色の髪を揺らしながら、美しい女性がクラーラに向かって手を振っている。


「それって、かぼちゃのこと?」

「そう、そのかぼちゃ。ありがとう、あなたが見つけてくれたのですね」


 女性はかぼちゃを軽々持ち上げると、えーい、とかぼちゃを地面に放り投げた。かぼちゃは地面にぶつかる直前、何ということでしょう、豪奢なかぼちゃの馬車に変身した。


「見つけてくれたお礼にあなたのご主人の元へお連れいたしましょう、さあ、馬車へ乗ってください」


 クラーラはぽかんと馬車を見上げた。女性はニコニコと笑顔を浮かべながら馬車の扉を開ける。キラキラと輝くピンクのドレスが良く似合っているが、よく見ると裸足だ。怪しいことこの上ない。


「いえ、結構です」

「そんなこと言わずに」

「ここで待っているように言われているので」

「早くご主人に会いたいでしょう」

「このクッキーあげるから一人で帰ってください」

「まあ、ありがとう。ますますお礼をしたいので、乗ってください」

「知らない人に付いて行っちゃだメェ、って言われているので」

「さすが我らのクラーラ、自ら危険に足を突っ込まない」


 エルネストの声が聞こえたかと思うと、クラーラは後ろからぐいっと引っ張られて抱き込まれた。見上げるとジューリオだった。


「あら、もう戻ってきたのね。つまんない」


 女性がクラーラからもらったクッキーをぼりぼり食べながら鼻白む。


「シンデレラ本人がかぼちゃを馬車にするなど、どういう世界観だ」

「あら、お手に持ってらっしゃるのはもしかして」

「ああ、地下に置いてあったぞ。お前のであろう。ガラスの靴だ」


 エルネストがシンデレラの足元にガラスのハイヒールを置いた。


「お手を貸してくださる」

「手のかかるやつだな」


 エルネストの手を借りて、シンデレラがガラスのハイヒールを履いた。もちろんぴったりである。


「思ったより早く見つけられちゃったけど、まあ楽しかったわ」

「よく分からないが、約束通り時間が来たらきちんと元にもどすのだろうな、魔女よ」

「うふふ、もちろん約束は守りますわよ」


 シンデレラだった女性の姿がゆらりと揺れたと思ったら、いつの間にか黒いローブを被った老婆になっていた。思わずクラーラがジューリオの手を握ると、ジューリオがクラーラをかばうように一歩前に出る。


「靴も見つけてもらったし、おいしいお菓子も頂いたことだし、聡明な王太子のいるこの国に加護を与えてやろう。私が次に姿を現わすまで、この国は食料に飢えることはないだろう」


 気が付けば魔女はかぼちゃの馬車に乗っていた。どこかから駆けてきたねずみが馬の姿になり馬車を引き、あっという間に姿が薄れ見えなくなっていく。


「兄様、飢えない加護をいただきましたね」

「うむ。国民が飢えない、というのは喜ばしいことだ。はた迷惑な魔女であったがな」


 エルネストが腕を組み満足そうにうなずいた。


「クラーラ、体が冷えていますね。城内へ戻りましょう」


 ジューリオがクラーラの冷えた肩を抱いた。促されるまま中庭を後にし、回廊の途中でエルネストと別れた。


「リーチャにこの姿を見せたいから、このまま離宮に帰りましょう」

「そうですね、もう遅いですし」


 王城を出て、手をつないで離宮へ歩いて帰った。


「まあ、クラーラ様、なんてお可愛らしい羊なんでしょう」

「あはは、生贄ですね! お似合いです」


 出迎えたリーチャとディートハルトがクラーラの姿を見て笑う。何だかもうどうでもよくなったクラーラは否定せずに、そのままジューリオと二人の部屋に向かった。


 カーテンを開ければ、美しい月が王城と離宮を照らしている。


「もうすぐ日付が変わるわね。この姿ももう終わりだわ……って、メェェ? 結局ジューリオは変身しなかったのね?」


 窓辺で月を見上げるクラーラにそっとジューリオが近づき、腰に手をまわして抱きしめる。


「いえ……実は結構前から変身してました」

「メェ? 何も変わってな……」


 窓ガラスに映るジューリオはいつもと変わらない。しかし、クラーラを見つめるいつもの優しい瞳に何か違和感を感じてクラーラは振り向いた

 ジューリオは獣の耳が生えているわけでもなく、服もいつもの黒い騎士服だったが、……よく見るとはちみつ色だったはずの瞳が血の様に真っ赤になっている。

 クラーラを抱きしめるジューリオの腕に痛いほど力がこもる。


「ジューリオ?」

「やっと二人きりになれましたね。魔法が解けるまでの5分間、思う存分噛ませていただきますね」


 開いたジューリオの口からは、鋭い牙が二本見えていた。


 きゅ、吸血鬼―――!?


 クラーラがそう思った時には、既にジューリオはクラーラの白い首筋にかぷっと噛みついていた。


「メェェェェェーーー!!」


 コラフラン王国のハロウィンの夜。離宮にクラーラの悲鳴、いや、哀れな子羊の鳴き声が響き渡ったのだった。


たくさんのブクマ、評価、感想ありがとうございました。


エルネストとアウギュストがやたらとクラーラを可愛がっているのは強烈な姉が二人いるせい、という設定が一応あるので、遠い未来にそれも書けたらいいな~と思っています。

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