88.子役は小さな大人
久しぶりのお仕事パートです。
ここは警察学校の入り口。
俺の横に控えている可愛らしい女の子、璃音ちゃん、この子はクジテレビの番組で俺が抱っこキスしてあげた子だよ。
ホッペとはいえ、生放送でのキス、子役の将来を潰してしまったのではと心配していたけど、人気者になった。
まだ成長途上のほっそりとした肢体だけど、スモーのセンスは一級品、子供スモー大会のゲストやテレビ番組に呼ばれる忙しい日々を送っているそうだよ。
もっともゲストで呼ばれても質問は、
[ 抱っこキスはどんな感じでした? ]
[ スモーが強くなればカイト様に抱っこしてもらえますか? ]
[ 男の人にキスしてもらうにはどうすれば良いのですか? ]
「わたしがゲストに呼ばれても、最初の質問が抱っこで、最後の質問がキスなんですよ」
可愛らしい顔をして毒を吐いている。
「璃音! カイト様の前で変な事言わないの」
璃音ちゃんの所属事務所、久が原台キッズアカデミーの社長の叱責。
「社長さん、大丈夫ですよ、俺は子供の本音を聞きたいのですから」
「カイト様、世間の子供はそれで許されるでしょう。
ですが子役は子供ではありません、小さな大人です、礼儀の知らない大人は相手にされなくなりますよ」
「万世橋さん、そうなの?」
俺はマネージャーに訊く。
「まったくもってその通りです、見目が良く演技が上手くても、礼儀のなってない俳優は声がかからなくなりますよ」
「はぁ、分かりました」
万世橋さんの言葉に思うところがあったのだろう、璃音ちゃんは誰にでもなく小さく頭を下げた。
「撮影の準備出来ました!」
キホンテレビ、通称キッテレのディレクターが俺達に告げる。
『はーい』
俺達は何度も読み返した台本通りの演技を始める。
「さぁ~、今日は警察学校にやって来ましたよー
璃音ちゃん、警察学校ってなんだか分かるかな?」
「えっとー、おまわりさんの学校の事かな」
さっきまで不機嫌に毒を吐いていた子、精一杯考えたけど、分からなかったと言う演技をする。
首を可愛らしく傾ける、あざとい仕草だけど、破壊力抜群だよ。
「はい、その通りです、ここはおまわりさんになる為の学校ですよ」
警察学校の広報のお姉さんが、ニッコリと微笑んで教えてくれる。
ディレクターがOKの合図が聞こえる、これは天使の声に聞こえるよ。
「はい、大丈夫です、カイト様」
▽
撮影チームはそのまま警察学校の建屋に向かう。
実は撮影は朝6時から始まっている、外光の入らない射撃場の拳銃射撃訓練や、体育館で逮捕術の訓練を見学している場面を撮影。
朝9時になってから警察学校の入り口に移動、たった今警察学校に来ましたよと演技。
俺や璃音ちゃんはディレクターのスケジュール表通りに動くだけ。
こう言った撮影でぶっつけ本番は有り得ない、代理店が話を詰めて、局からリサーチャーと呼ばれる人が撮って良い場面や映してはいけない場所を広報と調整。
落とし穴は時計、編集は時系列を無視して進められるので時間が特定される物は画面に入れない様にするのが現場ディレクターの腕前だそうだよ。
プロとアマチュアの違いは画面内の方向、画角では俺達は右側から警察学校の門をくぐる事になっている、その後の移動の方向も右から左が基本。
右が“外”、左が“警察学校”と言う位置づけだよ。
撮影中の画角は基本的に俺が右から左に向かって移動しているよ。
視聴者は気がつきもしないと思うけど、こう言った細かい事にこだわると、スムーズに画面に入って来られるそうだ。
▽
警察学校長に挨拶する場面や学生の宿舎を見学、教場と呼ばれる場所に行って学生に混ざって授業を受けたら、一緒に昼食。
ご飯の乗ったトレーを持った俺は席を探す演技をしている。
「すいませーん、ここ座って良いですか」
「あっ、どうぞどうぞ」
三人の警察官の卵、俺と璃音ちゃんのスペースが不自然に空いている。
警察学校の学生さん、驚いた演技をしているけど、硬いね~
「……それで、皆さんはどうして警察官になろうと思ったのですか?」
「やっぱり、人の為になる仕事をしたくて…」
「…わたしは犯罪の無い社会になれば良いと思い…」
警察学校側が準備した作文を読まされている学生さん達。
俺もどう返事すれば良いのか迷っていると、璃音ちゃんが気を効かせてくれる。
「ケーサツのお仕事って危ないですよね、怖くないですか?」
「わたしは警察官として危険を顧みす、市民を守るだけです」
警官としては模範解答だけど、番組としては会話を繋ぎにくい答えだよ。
「カイト君、聞きましたか、凄いですねぇ~ こんな人達に守ってもらえるなら安心ですよね」
璃音ちゃんからもらったパスを俺がつなぐ。
「そうだよね、頼りになるよね。
ところで、さっき座学で聞きましたけど、警察の仕事はたくさんありますよね、どんな仕事に配属されたいですか、何か希望とかはありますか」
「わたしは命令されればどこにでも行きます」
「どこに配属されても全力で臨むまでです」
「…わたしは鑑識の仕事についてみたいです」
「わぁー、凄いですね。
璃音ちゃん、鑑識って仕事覚えている?」
「はい、指紋とかをとったりするんですよね、カッコ良いですよえねぇ。
璃音は警察の怖い仕事は無理だけど、鑑識さんならやってみたいと思いましたよ~」
警察学校のお姉さんと話す体で璃音ちゃんと話を進めた俺達だった。
▽
午後はメインイベントとも言うべき機動隊の訓練。
「カイト様、警察学校はいかがですか?」
「あれ、淡路島さんじゃないの、撮影に来ていたんだ」
「はい、実はこれから出て来るのは警備部と言う危険な連中なので、わたしが特別に警護する事になりました」
「そうなの?」
「冗談ですよ、わたしも警備部所属なので、ご褒美で呼ばれたのでしょ……
おっ、来ましたね」
四角い真っ黒い車、こちらの世界に来てからカマボコ型じゃない車を初めてみたよ。
“なんだっけ、あの形の車は …… ああ、バスだ”
前の世界の事を思い出す事も少なくなった、こう言った単語がすぐに出て来ない、ちなみにカマボコ型はオムニバスと呼んでいるよ。
真っ黒い車体が停まるとノッペリとした車体が大きく開き、ヘルメット姿の機動隊員が溢れ出る。
俺達の前に整列した機動隊員。
「カイト様、いかがですか、これが機動隊です」
機動隊の指揮官が俺に話しかけて来る、ニッコリ笑ってくれているけど、目つきが全然違う、暴徒鎮圧の最後の砦を任されているツワモノだ。
その後は機動隊の大盾を使ったフォーメーションを見せてもらったけど、それでは番組にならないので、
「カイト様も機動隊の装備をつけてみませんか?」
「えっ、俺もあの服を着られるのですか、凄いですね、楽しみです」
台本通りに話を進めていく。
▽
30分近くかけて着替えたけど、放送ではCMタイムで服装が変わったくらいに編集されるだろう。
ちなみに着替えを手伝ってくれたのは淡路島さん、男性警護員で男に欲情しないけど、もっと困った性癖の持ち主だよ。
ヘルメットと大盾が目立つ機動隊員だけど、足元が凄いのだ、厚底のブーツにすね当て、足の甲までしっかりガードされているよ。
「淡路島さん、大盾は?」
「カイト様は男性ですよ、そんな重い物を持たせる訳ないじゃないですか」
マンションのエントランスでベルガールが付くくらい、甘やかされている男達、労働をさせると問題なのだろうか?
俺の思いを肯定してくれた万世橋さん。
「まったくもってその通りですよ、放送の中で男性が重い物を持ったりすると、抗議の電話が来るそうです。
ここは局の顔をたててください」
こう言った抗議は年配の人に多いそうだよ。
機動隊員と一緒に訓練のまねごとをして、最後はみんなで並んで記念撮影。
機動隊の装備は重いです。
大楯だけじゃなくてポリカーボネートの丸い盾もあります。




