3 「反魔力魔術」
海、ついに氷の魔術を授かる
遂にこの時が来た。
俺も魔法が使えるようになる日が!
やはりファンタジー世界に来たのなら、魔法を使ってナンボだよなあ。
いや、反魔力という魔法やら色々不思議な力を打ち消す能力は持ってるんだけど。
あれ地味だからさ…
竜種の長とか、精霊王とか何だか偉そうな称号ばかりあっても、実力が伴ってないのはやはり恥ずかしいからな。
道場にはやる気満々の俺と婆様、そしてクリスタとアクエリアスがいる。
二人は見学しにきたらしい。
婆様は羊皮紙をいくつか抱えている。
「海よ。 魔法はどうやって使うか、その原理はもう分かってるおるな?」
「ええ…体内にあるマナを精神力で魔力に換えて…」
「その通り。 そして魔力で力ある陣を構成する事によって現実的な力に換えるのじゃ。」
そこまでは俺も理解完了済みだ。
だが…
「じゃが、お前の体内にはマナも魔力が無い。
むしろ魔力とマナを弾く、反魔力で占められている。」
「はい。反魔力のせいで魔力を操る事ができない。
反魔力を操る事はできますが…」
「わしもお前の力を見た時、最初はそう思っておった。
じゃが反魔力を操るという事は、魔力を操る事と同義である事に気付いたのじゃ。」
「と、言いますと?」
「まず、マナと魔力は同じものである事に留意するのじゃ。
単に自分の精神力で操れるものを魔力と呼んでいるだけでの。」
「分かります。 竜を纏う原理がそれですからね。
俺の反魔力で竜種の体内に集積されるマナと魔力を体の外側へ纏わせる。
それが物理化して竜となる。」
「うむ。 それで良い。 では魔力を操るという事はどういう事か。
周囲と体内に平均的に存在するマナに精神力で偏りを作る事じゃ。」
まあそうだろうなあ。
でも俺に魔力は無い。
「少し立ち戻って話をしよう。 魔力王を倒した後のザ・マナサージ事件が起こるまで、ソーサリスにはさほどマナは無かった。
そうさな…その時のマナの強さを数字で表すと100としようじゃないか。
世界にマナが100しか無いのじゃから、世界最高の魔術師でも100の魔力しか操る事ができなかった。
儀式や例の魔力集積装置を使って、ようやく100を越える魔力を操っていたのじゃ。」
婆様は咳払いをして、クリスタにお茶を持ってくるように言いつけた。
「かの事件後、世界中で非活性化していたマナが目覚め、いまやマナの量は以前の100に比して約1000ほどもある。」
「10倍ですか!」
「そうじゃ。 お前には数字で話をしたほうが伝わりやすいようじゃの。
よって魔術師は自分の体内にある最大で1000のマナを操る事ができるようになったのじゃ。」
「なるほど。」
「それで、魔力で陣を描くという事はどういう事か。
マナが100ある所に術者が操った魔力を乗せて101以上にする事じゃ。
水が高きから低きに流れるように、この魔力とマナの密の差が力を産む。」
電気で言えば電位差か。
物理的に言えば、高さの位置エネルギーに似ているって感じだろうな。
「そして今じゃ。 世界中に1000のマナがあふれている今は術者は最大で1000のマナを操り術と成す事ができる。
そこでお前じゃ。 お前はどうか。」
「俺はマナを操れないから0でしょう。」
「違うのじゃ。 お前も1000のマナを操っておるのじゃ。」
あ…何か、薄々分かってきたぞ。
要は相対的な差という事か?
「気付き始めたようじゃの。 そうじゃ、お前は反魔力によって常に周囲とのマナの差があるのじゃ。
ザ・マナサージ以前なら100、そして今は1000の差が常にある。
常にその差があるから、お前はマナを操る感覚が身に着かなかったじゃよ。」
「なるほど。 それで俺でも魔法が使える事に繋がるわけですね。」
つまりは文字の反転と同じ要領だ。
「A」という文字を書くには2通りの方法がある。
ここで表すなら、白い地に黒い線でAと書く方法が1つ。
そしてもう1つが、黒い地にAという線の部分だけを書かずに白で塗りつぶす、という方法だ。
俺の頭の中で理解が完了した。
「そう、お前は魔力の陣だけを描かず、その外側を反魔力で<描く>事によって
普通の魔術師と同じ様に魔力を使いこなす事ができる。」
「納得です。 何て素晴らしい!」
「ザ・マナサージ以前で普通の魔術が操れたのはせいぜい100のうち50じゃ。
わしのように強力な術者がようやく70と言った所か。
それが今や駆け出しの魔術師ですら200や300は操ってみせる。
学べば誰でも魔法が使える時代になったのじゃ。
一人前の魔術師なら400から500、わしで700程度と操れるマナの量も10倍ほどになりおった。」
クリスタが大きなコップにお茶を淹れてきて、婆様に手渡した。
婆様は口を近づけてひとすすりし、温度を確かめると一気に飲み干した。
「しかもお前の反魔力は更に強力かも知れぬ。
わしです1000のうち700しか操れぬものを、お前は1000まるごと操る可能性が高い。
つまり世界最高の魔術師である可能性じゃな。」
「多少のロスがあるとしても、俺は最強の魔術師になれてたわけか…胸が熱いな。」
「さて、理解が及んだ所で具体的な魔法を習得しようじゃないかえ。
まず理屈の上では先程教えた通りじゃが、実際に魔方陣の外側に反魔力を満たすのは、普通に魔力で魔法陣を描くより何倍も難しいじゃろう。」
「うう…確かに、手間と精神力を多く消費しそうなイメージがありますね。」
「然り。 しかし今時は便利なものができおっての。 このガイドスクロールを使えば良い。」
「ガイドスクロール? どんな効果があるんですか。」
「予め魔力を通しやすい染料を使って魔法陣を書いてある羊皮紙じゃ。
言わばテンプレートじゃな。
このガイドスクロールの陣に沿って魔力を這わせる事で簡単に魔法が発動するのじゃ。
そして1度発動した魔術は体の内側に記憶されるでの。
魔術に<名付け>をしてしまえば、後はその名前を体の内側から呼び出し、魔力を注ぐだけで何度でも発動できる。
その代わり、出力や発動位置などの微調整がし辛い、いわゆる<固い>魔法となってしまうがな。」
「そりゃいいアイテムだ。 有り難い事この上ないですね。」
「お前の場合は反魔力じゃから、陣の所に魔力が残りやすい感覚になるじゃろう。
この陣の線以外の所にだけ反魔力を通すのじゃ。
今回は寒冷地で使う事を考慮して、これじゃ。
先の尖った氷の柱のようなものを飛ばす魔術じゃ。
目標に向かって素早く飛び、命中すると打撃以外にも氷が砕けて周囲の温度を急激に奪う。
一般にはアイススピアーとかアイスランスと呼ばれておる術じゃ。」
「いいですね。 これがあれば心強い。」
「では、やってみせい。
まずは道場の床に向かって打ち出すのじゃぞ。
壁に向けて貫通したら、表の通りがかった人に当たるかも知れぬからの。
成功したら名付けを行うのを忘れるでないぞ。」
俺は頷いて成功した時の名前を考えた。
普通と同じアイススピアーじゃあ詠唱した時に対応されやすいから、少しひねっておくべきか。
となると、アイスじゃなくて…アイスバウンド…フローズン…アイシー…
こないだ戦ったジャイアント、そう言えば何て言ったっけかな…そうだ、霜巨人だ。
よし、フロストにしよう。
んで、スピアーやランスを少し変えておこう。
アロー? いやいや…ピアース…ブロウ…ストライク…ううーん、何か違うな。
フロスト…クロー…テイル…ピラー…ファング…タスク…ああ、牙って感じがいいなあ。
でも牙からもう一捻りして…噛みつき。
おお、これにしよう。
婆様からガイドスクロールを受け取り、陣の外側だけに反魔力を通すように力を練り上げる。
こりゃ難しいな。 確かにガイドが必須だわ。
今まではスクリーンのように広げる使い方しかしてないからなあ。
クリスタとルビィにキスして流し込むのもやってたけど、あれはまた口からだから特殊だ。
お、よし! これでどうだ!
反魔力で陣の外側を埋めていくと、魔方陣が光り、煌く粒子が放たれ始める。
魔法陣の形を全て埋め尽くすと陣全体が青白い光を放ち、一際眩しく輝いた。
完成だ!
最後に上下に平らに反魔力を流し込み、陣に蓋をすると…
一瞬で魔方陣がかき消され先の尖った槍状の氷が出現した!
俺が予め伸ばしておいた右手に沿う様に真っ直ぐ飛び出し、道場の地面に突き刺さった。
氷の槍は床を破壊し、床下でガラスが割れるような大きな破裂音を出した。
氷の破片が床の穴から飛び散った。
「成功じゃ! 凄まじい威力よの。 さあ海、名付けを行うのじゃ。」
床の穴を中心に周囲が白く染まっていく。
急激に温度が下がった影響で霜が降りつつあるのだ。
俺は満足して、得意げに魔術に名前を付けた。
「氷霜噛裂! この魔術の名はフロストバイトだ!」
やったぞ! 俺もこれで魔法使いだ!
目には見えないが、体の表面に魔術の陣が刻まれる感覚を味わう。
これで反魔力を流し込んで名前を呼ぶだけで同じ魔術が何度でも発動する。
「婆様、やりました! 魔法を習得しましたよ!」
ん? 婆様が小刻みに震えている。
あまりの魔法の威力に恐れをなしたか? それとも感動してくれたのか?
「か、海よ…よくやったぞ…じゅ、十分に使いこなしておくのじゃぞ…」
震えたまま婆様はそっぽを向いてしまった。
確かに魔術の影響で寒いけど、そんな冷えたか?
クリスタにも喜びを伝えるために声をかけようとしたら、クリスタは俺に顔を会わせようともせず、外へ行ってしまった。
何だ何だ?
クリスタと入れ替わりで、庭で素振りをしていたルビィが飛び込んでくる。
「何よ今の凄い音!? 道場壊しちゃったの!?」
「ははは。 ついに俺も魔術が使えるようになったぞ。 床を壊してしまうほどの威力だ。」
「やったじゃない! 氷系の魔法てのは気に食わないけど! わたしにも見せて頂戴な!」
「いいだろう。 活目して見よ! 我が魔術、フロストバイトッ!」
穴が開いた床のすぐ隣を目掛けて、もう一度フロストバイトを発動した。
今度は術名だけで素早く発動したためか、更に大きな穴が開くほどの威力だ!
俺はその威力に満足してドヤ顔でルビィのほうへ振り向いた。
ルビィは口をアルファベットのOの字みたいに縦に大きく開き固まっていた。
だが次の瞬間、唇を波状に歪めるように結び、婆様と同じ様にプルプルと震えだした。
目には涙を浮かべ、何かを堪えている様子だ…?
ついにルビィは床に転がってしまった。
そして腹を抱えて笑い出した!
どういう事だ!?
「ふ…フロストバイト!? あはは! 何でそんな凄い威力の魔法が地味な名前なのよ!」
名前が変だったか…?
カッコイイと思ってつけたんだけどな。
「カッコイイだろ? 」
「フロストバイトってのはね…寒さによる腫れ物って意味よ! つまり、しもやけ(フロストバイト)!」
し、霜焼け…
いやいや、そんなはずはない。
それはソーサリスの独特の言い回しだろう。 スラング的な言い方だよ。
俺のは英語だし。 そう英語英語。
「婆様、一度名付けした魔法の名前変更は…」
「できないぞ。 お前の心と体に刻み込まれてしまったからの。」
ぐぬぬ
魔法は絶対人前で使わないでおこう。
絶雪都市でこの魔法に命を何度も救われる事になるのを、俺はまだ知らない…
知りたくも無い。
ついに魔術師となった海。だが思いがけぬ事で魔術は禁断の技となってしまった。
万全の準備を整え、いよいよサンクトザイツブルグへと旅立つ。
次回、時計仕掛けの大司教編 第4話「絶雪都市へ」
吹雪に閉ざされた街で海達は知らずの内に侵食を受ける。




