4 「絶雪都市へ」
途中から雰囲気が変わりますが、わざとです。 侵食された感じが伝わると良いのですが
「いいね。 似合うよ。」
「お、それ可愛いな。」
「んー さっきのよりいいかも。」
え? 何をやってるかって?
そりゃもう服選びですよ。
酷寒の地へ行くのだから、服も重装備にしないとね、という訳だ。
俺の服は10分もかからなかったけどね。
分厚いコートとマフラー、ミトン、ついでにマントを選んで終わりだ。
竜種の皆はそんなに服に頓着しないと思ってたけど違った。
ユーピガルの街に居た時は給料制でやってたから、おしゃれに回す余裕がないだけだったらしい。
竜種は特に良く食べるからなあ。
ヴァルベルデの街へ来て、精霊魔王ロンガロンガを倒した謝礼で大金をせしめた事で、存分にこれまでの不満を晴らせるようになったのだ。
むしろ前の反動からかかなり気合の入った服選びだ。
世界がどこだろうと女の子の基本はやっぱおしゃれなんだなあ。
俺はといえば、その場でイエスマンと化している。
正直もうどれでもいいから終わりにして飯を食べに行こうと言いたいが、それをやったら何日不機嫌になるかと思うとね。
ソーサリスは元々紡績だけはかなり発展してたから服の生地や縫製も発達していたが、ザ・マナサージの事件以来シルクウィドウという絹に近い糸を吐く巨大蜘蛛がたくさん出現するようになり、それに伴って着る物全般が安くなったのだとか。
サラマンダーの皮とか皮革製品も充実してきたらしいし、ファンタジーも悪い事ばかりじゃないようだ。
いや、服に興味無い俺がこんな目にあってるんだから、ろくな事じゃないに違いない。
ナイロンとかの化学繊維でいいんだよ、服なんて。
あ、でも今度地球に戻る時に時間が出来たらシマムラには連れてってあげたいな。
一日中出てこないかもしれないな。
と、頭の中で考えつつ、適当な褒め言葉を代わる代わる投げ掛けて一日が終わってしまった。
明日はもう出発だというのに、暢気だなあ。
俺と一緒に先発するアクエリアスは黒テンの毛皮で作った黒いロングコートに、ウシャンカという毛皮の帽子を選んだようだ。
コートは特に胸元までを覆うケープもセットになっていて肩を冷やさずに済むタイプだ。
まあ、俺に言わせればメーテルだな。
アクエリアスは青髪だけどね。
ややほっそりした体型のアクエリアスには実に良く似合う。
こっそり大きな革のトランクもお勧めしておいた。
夜は夜で、やはり一緒に行きたいというクリスタとルビィをなだめるのに費やされた…
なるべく早く準備して追いついてきてくれ、と言うしか俺にはできない。
夜が明け出発の朝になると、俺とアクエリアスはカチナとルビィに案内され一軒の小さい家に押し込まれた。
あれこれ用意してた割には竜種道場のどこにも荷物が増えてないから不思議に思っていたが、別荘を借りていたのか。
ここで馬車が来るまで待つのか。
前のときみたいに、カチナが風の精霊を使役して近くの街まで送迎してもらえるのかと思っていたのに。
これは過酷な旅を覚悟しておかねば。
カチナが扉を閉めると勢い良く大声を張り上げる。
「さあ出発しますよ!」
「えっ?」
ガクンと大きく家が揺れ、俺は床に座り込んでしまった。
この浮遊感、エレベーターに乗った時のあの感じだ。
まさか!
俺は窓に張り付き外を覗く。
家が浮き上がっている!
手を振るクリスタ達が遠ざかっていく…
「家ごと飛ばしたのか!」
思わずカチナに向かって叫んでしまった。
なんて精霊力なんだ…
「そうですよー って、言ってませんでしたっけ?」
「聞いてなかったよ、エレメンタルクイーン。」
「あらー それは済みませんでした。 この家が海さん達の当面の宿泊地となりますのでー」
カチナは広げた両手の中でワンドをくるくる回している。
何か言いたかったが、うかつに俺が精霊の名を口にするとトラブルが起こるシステムなので慎重にならないとな。
「またカチナは力が増したんじゃないか?」
「そうですねー 精霊体で在る事にも結構慣れましたしー
では、ザイツブルグまでひとっ飛びです!」
あ、待って、それは…
案の定、俺達は加速についていけず、部屋の壁に押し付けられる。
家の中の家具やら食器やらが派手な音を立てて転がりまわった。
なあに大丈夫、軽く死に掛けるなんてもう日常茶飯事だ。
そろそろ本当に死にそうだが。
しきりに謝るカチナの声を背に、俺とアクエリアスとルビィは空中掃除に励むのだった。
「しかし速いな。 この分だと3日もかからず着きそうだ。」
「頑張って1日でやってみせます!」
「お願いだから安全運転で頼むよ。」
「そんなー もっと頼ってくださいよう。」
「超頼ってるよ。 流石カチナだ。 俺達に出来ない事を平然とやってのける。」
「うふふ。 海さん、カチナの頭は今がら空きですよ?」
それは撫でろ、という催促なんだろう。
ちょっと意地悪でフェイントをかけてやりたくもなったが、我慢して普通に頭を撫でておく。
カチナの顔がにへら、という表現が似合う緩み方の表情に蕩けていく。
「風の精霊達も海さんを乗せているので張り切ってますからねー」
「感謝感謝、だな。 でも加速減速はゆっくりで頼むぜ…急停止とかしたら俺潰れちゃうからね。」
かなり上空に飛び上がったせいか、急激に冷え込んでくる。
時期的にも地球で言えば2月ごろなので、厳寒と言える季節だ。
暖炉に火を入れて、買い込んでおいたスープを煮始めるとしよう。
「そろそろ食事にしないか。 カチナ、一度地上へ降りて…」
「大丈夫です! このまま食べます!」
「えー… 両手塞がってるじゃないか。」
「そこは旦那様の海さんがあーん、って…」
「はいはい、っと…じゃあパンから…」
パンをひと千切りしてカチナの口に押し込む。
満面の笑顔でモグモグし始めるカチナ。
じゃあ次はスプーンでスープを一口、お次は焼いたソーセージを…
ルビィが咳払いを大きくして主張してくる。
お前もやって欲しいのかよ!
両手空いてるだろうが!
仕方なく、交互に食事を運んでやる俺だった。
なんだこれ。 鳥の親子か。
窓の外から覗く風景は空が暗くなり、翻って地面や山肌の稜線は白くなってゆく。
半日のうちに降雪地帯へと突入していた。
カチナは夜通し飛ばすというので、流石にそれは止めさせようとしたのだが妙に張り切られてしまう。
俺達を送ったらカチナとルビィは一度戻るのだから無理はさせたくないんだがなあ。
だがカチナの気持ちも分かる。
俺の感覚では毎日彼女に会っているが、彼女達からすれば3ヶ月会えなかったのだ。
ほんの一瞬地球へ戻っている間にソーサリスでは3ヶ月が過ぎていたのだから。
良い所を見ようと頑張ってくれているのは嬉しいが…
カチナの肩に毛布をかけてやりながら笑顔を交わした。
下手な言葉より態度と行動で語ったほうが良い場合もあるに違いない。
彼女の側に寄り添い二人で毛布に包まった。
はにかむカチナの表情は何となく眩しく思える。
そのまま時折言葉少なく他愛の無い事を語り、一晩が過ぎていった。
本当に翌日の昼前には現地へ到着してのけた。
距離と時間からすると、最大時は音速に近い速度で飛んでいたことになる。
なんでこの家無事だったんだろう…
どこから見ても安普請だったのに。
窓から巨大な尖塔がそびえ立っているのが見える。
街の外にある魔法院の鐘楼だ。
ついに、という程の感慨も無く、あっさりサンクトザイツブルグに到着した。
空飛ぶ家、凄いな。
カチナの精霊力が凄いだけだが。
魔法院はいくつかの建物から成るちょっとした城砦のように見えた。
紫と黒で塗装された壁と屋根、高さが50mにもなる中央塔は屋上が鐘楼になっている。
中央塔を囲むように4つの塔が配置され、その底部は4階建ての本院だ。
更に大小の建物を含めて、それを大きく囲った外壁がそびえ立っている。
全て紫と黒の塗装で統一された、やや陰気な雰囲気が漂っている。
後で知るが、実際は晴れた日の雪景色に映えるように計算された色調だそうだ。
…全然映える気もしないが、魔術師のセンスはそうなんだろうか。
ひとまずこの飛ぶ家を魔術院の近くに降ろして、正面から入る事にしよう。
いくら魔術の府とはいえ、空中から家ごと侵入は無礼過ぎるだろ。
ザイツブルグと魔法院を繋ぐ道端の隅に着陸する。
道を外れると雪がうず高く積もっており、雪の上に埋もれるように着地する形になってしまう。
道路は中途半端に石畳になってはいるが、泥と解けた雪でぐちゃぐちゃだ。
防寒具を厳重に身に纏い、俺達は家を出た。
空気が変わった…!?
家の外に出た途端、何か違和感のようなものを感じ取る。
考えてみれば、ソーサリスの雪国は初体験だ。
俺が体験したことのある北国とはまた一段違うような雰囲気がある。
魔法院の派手な作りの正門には門番が居るので、婆様から預かった書状を差し出す。
手紙を確認する間、門の脇にある待合室と番人の詰め所を兼ねた小屋で待たされた。
外からも感じたが詰め所ですら不思議と静かで落ち着く、静謐と言う言葉が似合うような空気に包まれる。
程なく目深に濃紺のローブのフードを被った二人の男が入室し、俺達を本院へと案内した。
本院への大きな扉をくぐると、外側の色調とはうって変わって白い壁に灰色の石床になる。
そこかしこに赤と黄色のタペストリーが飾られ、胴の燭台が多く並べられていた。
赤のカーペットを歩み、3階の大広間へと通される。
ここまで俺達は一切無言であった。 普段は騒がしいカチナやルビィですら魔法院の雰囲気に呑まれたのか静かだった。
大広間は儀式や時には講義に使われるらしく、隣の準備室からテーブルと椅子が運び込まれていた。
そのひとつに案内され、着席を勧められる。
座るとほぼ同時に二人の男が入室してきた。
案内してくれた二人のローブと同じ濃紺を貴重としてはいるが、金の刺繍で縁取られたものであり手に持った杖からも高位の魔術で在る事が予想できた。
二人はそのままテーブル前で両手を合わせて独特の会釈をし「マナの導きがあらん事を」と挨拶の言葉を重ねた。
魔法院長、魔法学院長とそれぞれ名乗った。
俺達も挨拶を返す。 特に竜種のとしてのオリジナルの挨拶は無いので、ソーサリスではありふれた形式の挨拶だ。
「お招きに応じて参じました。 竜種の溝呂木 海と申します。」
「おお…! 貴方が二代目竜の長であり、魔力王を撃破しただけでなく、精霊魔王までも討伐し――」
過大な評価の略歴を向こうから述べ始められた。
内心で辟易してしまうので、無礼を承知で早めに遮る。
「いえいえ、それらは皆竜種全員で力を合わせた結果。 私は後ろで助言をしていたに過ぎません。
早速で悪いのですが要件の方を伺ってもよろしいでしょうか?」
過大な挨拶は苦手だからな。 早々に本題に入ってしまうに限る。
何より、俺達が魔法院の招聘に応じたのは表向きの話だ。
適当に協力を約束し、滞在理由を作ってしまう所がこの会談の目的だからな。
「私達魔法院でも当時のザ・マナサージの研究を進めておりますが、やはりその場に居られた当事者たる竜王殿に…」
我慢しようと思ってたが、やはり眉をひそめてしまった。
竜王とかやめて欲しいものだ。
控え目に「私は名前で呼ばれる事を望みます」とだけ伝える。
「了解しました。 では海殿、当時の状況を詳しくお聞きしても良いでしょうか?」
笑顔を作り好意的に頷いておく。 そもそも特に隠しておく事も無い。
クリスタと魔力王を戦った状況、その後の魔力結晶の処理の話をできるだけ詳しく話していった。
魔法院の長が相槌を打ちながら、時に感嘆し時に質問を交えてくる。
魔法学院の長と他2人が書記として俺達の言葉を綴っていく。
時間は流れ、すっかり夜になってしまったようだ。
大広間には窓が無いため陽の様子も確認できないが、空腹感が時間の経過を主張している。
「長旅で疲れているでしょう、本日はこの辺で終わりにしてまた明日続きをお願いしたく存じます。
こちらで食事と部屋を用意しておりますので、どうかおくつろぎください。」
不意の来訪なのに、ずいぶんと用意がいい。
過剰な称号で呼ばれるのはともかく、賓客扱いされる事自体は嫌いじゃないからな。
ここは存分に甘えさせてもらおう。
魔法院での夜は更けていく。
魔法院で足がかりを作り、ザイツブルグへと乗り出す海達。
そこで信じられない光景を目の当たりにする。
次回、時計仕掛けの大司教編 第5話「ネオン」
雪に閉ざされた街に電気の火花が散る。




