第25話「御影資源開発、行政との距離が縮まり始める」
御影資源開発の名前が地方で聞かれるようになってから、しばらく。
変化は、ゆっくりと、しかし確実に広がっていた。
人の流れ。
仕事の流れ。
金の流れ。
それらが一つの方向へ集まり始めると、次に動くのは決まっている。
――行政だ。
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「来ましたね」
九条本邸の一室で、一条朔也が資料を閉じながら言った。
机の上には、市役所のロゴが入った封筒。
正式な文書。
だが内容は、堅苦しい通達ではなかった。
「何だって?」
業高が聞く。
「意見交換会、です」
一条は淡々と答える。
「名目は“地域産業の活性化と資源活用に関する情報共有”」
「随分と柔らかいな」
「ええ」
一条は少しだけ笑う。
「“呼び出し”ではなく、“お誘い”です」
その言い方に、業高も小さく笑った。
「つまり、様子見か」
「はい。関係を作る段階です」
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その場には神崎理央もいた。
「断る理由はありません」
彼は即答する。
「むしろ、出るべきです」
「珍しいな」
業高が言う。
「行政相手だぞ」
「だからです」
神崎は迷いなく言った。
「ここで距離を詰めておけば、後の調整コストが下がります」
「逆に、詰めすぎると?」
「依存されます」
その答えは即座だった。
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「じゃあどうする」
業高が腕を組む。
神崎は一拍だけ置いてから言った。
「“役に立つが、便利すぎない存在”になるべきです」
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その言葉に、業継が反応した。
「どういうこと?」
まだ幼いが、ここ最近の話はちゃんと聞いている。
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「簡単に言えば」
神崎は業継を見る。
「頼れば助かるが、頼りすぎると困る存在です」
「なんでそんな面倒なことするの」
「そのほうが長く持つからです」
淡々とした答え。
だが本質だった。
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「便利すぎると、使い潰されます」
神崎は続ける。
「逆に、役に立たないと切られる」
一拍。
「その中間が最も安定します」
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業継は少し考えた。
敵か味方かじゃない。
使うか使われるか。
そこにもう一つ、線が増えた気がする。
「……難しいね」
『妥当な評価です』
アークが小さく表示する。
「アーク、最近そればっかだね」
『事実を優先しています』
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その日の午後。
御影資源開発の応接室には、普段とは違う空気が流れていた。
スーツ姿の来訪者。
市役所の産業振興課の担当者と、その上司らしき人物。
企業ではない。
だが、軽く扱っていい相手でもない。
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「本日はお時間ありがとうございます」
穏やかな挨拶。
一条が応じる。
「こちらこそ、わざわざお越しいただき」
形式は丁寧。
だが、互いに探っている。
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「御社の活動が、地域に非常に良い影響を与えていると伺っております」
上司が言う。
その言葉は、半分本音で、半分は導入だ。
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「過分なお言葉です」
一条は崩さない。
評価を否定しすぎず、受け取りすぎない。
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「実際、雇用の増加や周辺事業への波及が見られておりまして」
「まだ小規模ですが」
「いえ、それでも十分に影響は出ています」
やはり来た。
数字は行政も見ている。
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「そこで」
担当者が一歩前に出る。
「今後の地域産業の発展について、御社とも連携できる部分があればと」
“連携”。
企業側とほぼ同じ言葉。
だが意味は違う。
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一条は一瞬だけ視線を落とし、すぐに戻す。
「具体的には、どのような形をお考えでしょうか」
相手に喋らせる。
それが基本だ。
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「例えば、インフラ整備に関する情報共有や、雇用に関する支援制度の活用など」
「補助金の類ですか」
「はい、それも含まれます」
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その瞬間。
空気がわずかに変わった。
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神崎が事前に言っていた“ライン”が、そこにある。
使えば得だが、使われる入口でもある領域。
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「魅力的なお話です」
一条はあくまで柔らかく返す。
「ただ、現状はまだ体制構築の途中でして」
やんわりと距離を取る。
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「もちろん、すぐにというわけではありません」
上司がすぐにフォローする。
「情報交換からでも構いません」
引かない。
だが押しすぎない。
行政側も、距離感を測っている。
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その様子は、本邸にもリアルタイムで共有されていた。
「補助金か」
業高が呟く。
「わかりやすいな」
「ええ」
神崎が答える。
「典型的な入口です」
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「使うか?」
業高が聞く。
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神崎は即答しなかった。
少しだけ考えてから言う。
「部分的には」
「全部じゃない?」
「全部使うと、依存関係になります」
一拍。
「ですが、一部だけ使えば“関係”だけ残せます」
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業継がそれを聞いていた。
「それってズルくない?」
思ったままの言葉だった。
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神崎は一瞬だけ業継を見て、答えた。
「ズルいです」
「やっぱり」
「ですが、それが最も損をしません」
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業継は少し黙る。
正しいかどうかと、損をしないかは違う。
でも、この世界では両方必要だ。
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「……じゃあ、やるしかないね」
『最適解の一つです』
アークが補足する。
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応接室では、会話が続いていた。
最終的にまとまったのは、
即時の提携ではなく、
定期的な情報交換と、限定的な制度活用の検討。
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「今後とも、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
握手。
企業とは違う。
だが同じくらい重い関係が、静かに結ばれた。
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その日の夜。
業継は一人で考えていた。
「企業が来て、行政も来た」
『はい』
「次は何処?」
『複数の可能性があります』
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業継は少しだけ笑う。
「増えるね」
『はい』
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資源を作った。
会社を作った。
流れを作った。
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その結果、
人が来る。
企業が来る。
行政が来る。
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「これ、止まらないね」
『その通りです』
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業継は窓の外を見る。
山は変わらない。
だが、その中で起きていることは、
確実に広がっている。
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「……本当に面白いよ」
『警告。その発想は継続的に危険です』
「知ってる」
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それでも、進む。
順番に。
段階的に。
確実に。
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御影資源開発は、ついに行政と繋がり始めた。
それは守りにもなり、枷にもなる。
そして同時に――
次の段階への入口でもあった。




