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第10話:ガラクタの王、バザック

翌日、俺はリリィに留守を頼み、新たな隠れ家であるタンクを出た。

目指すは、ドロスポート第1区画。このガラクタの海の、事実上の「首都」。そして、この街の全てのジャンクの流れを牛耳る男、「ガラクタの王」バザックの拠点だ。


交渉のテーブルに着くには、手ぶらではいられない。金も、物資も、今の俺にはない。俺が唯一、商品にできるのは、この頭脳と腕だけだ。俺は、道中で拾ったガラクタから、一晩で組み上げた小さなガジェ

ットを懐に忍ばせた。俺の技術力を示すための、ささやかな名刺代わりだ。


第1区画に近づくにつれ、周囲の景色が変わっていく。無秩序なガラクタの山は姿を消し、代わりに、高く積み上げられたコンテナや鉄壁で区画された、要塞のような街並みが現れた。入り口には、武装した

見張りが立ち、出入りする人々を厳しくチェックしている。


ここは、バザックが支配する王国。力による秩序が、この街を統治していた。


「おい、小僧。何の用だ」


見張りの一人が、無骨なスピアを俺に向けて言った。

俺は動じず、答える。


「バザックに会いに来た。取引の提案がある」

「王に? お前みてえなガキが?」


見張りは、嘲るように笑った。俺は黙って、懐からあのガジェットを取り出し、彼に放り投げた。それは、手のひらサイズの、金属製の箱だ。


「なんだ、こりゃ」

「水を入れて、スイッチを押してみろ」


男は訝しげに、近くの水たまりから汚れた水を汲み、箱に注いだ。そしてスイッチを押す。

すると、箱が静かに振動し、数秒後、反対側の排出口から、透き通った真水が、ぽたぽたと滴り始めた。不純物を分子レベルで分解する、簡易的な携帯浄水器だ。


「なっ……!?」


見張りの男が、目を丸くする。ドロスポートでは、安全な水は金よりも価値がある。それを、こんな小さな機械が生み出した。男の顔から、嘲りの色が消えた。


「……ここで待ってな」


男は浄水器を握りしめ、慌てて要塞の奥へと消えていった。


しばらくして、別の屈強な男が現れ、俺を中へと案内した。

要塞の内部は、一つの都市として機能していた。人々が行き交う市場、武具を整備する鍛冶場、そして、バザックに忠誠を誓う者たちが住む居住区。ここは、無法地帯ドロスポートにおける、唯一の秩序ある

場所だった。


俺が通されたのは、要塞の中央にある、最も大きな建物の「玉座の間」だった。

玉座は、巨大なダンプカーの運転席を改造したもので、その上には、山のような巨体の男が、ふんぞり返って座っていた。全身に無数の傷跡を刻み、その眼光は、俺の全てを射抜くように鋭い。

この男が、「ガラクタの王」バザック。


「……お前か。面白いもんを作る小僧がいると聞いてな」


バザックの、腹の底から響くような声が、玉座の間に響いた。


「それで、取引とは何だ」

「あんたが管理する、最高品質のジャンクが欲しい。特殊合金用の抵抗器、冷却ユニット、それと、一月分の食料と魔力バッテリーだ」

「ほう。随分と大きく出たな。で、対価は?」

「俺の技術だ。あんたの抱えるどんな問題でも、俺が解決してやる」


俺の言葉に、バザックは面白そうに口の端を吊り上げた。


「気に入った。威勢のいいガキは嫌いじゃねえ。だが、お前の技術が本物かどうか、試させてもらう必要があるな」


バザックは、玉座から立ち上がった。その巨体は、まるで小さな山のようだ。


「一つ、仕事をやってもらう。俺の部下たちが、誰一人として達成できなかった、厄介な仕事だ」

「内容を聞こう」

「この区画の地下深くに、旧時代の地下鉄の駅がある。その先には、まだ誰の手もついていない、極上のジャンクが眠る『聖域』があると言われている。だが、その駅は、イサルーンが浮上する前の、旧式の

自動防衛システムが今も生きていてな。近寄る者は、人間だろうが機械だろうが、スクラップにされる」


バザックは、俺の目を真っ直ぐに見て言った。


「お前に、その防衛システムを無力化し、『聖域』への道を切り開いてもらう。成功すれば、お前の要求したものは全てくれてやる。だが、失敗すれば……お前のその技術も命も、俺のモンだ」


それは、王からの、挑戦状だった。

危険な任務だ。だが、ヒートランスを完成させ、生き延びるためには、この取引に乗るしかない。


「……いいだろう。その仕事、引き受けた」


俺の答えに、バザックは満足げに、ニヤリと笑った。

こうして俺は、ガラクタの王との危険な契約を結び、未知の脅威が待ち受ける、旧時代の遺跡へと挑むことになった。

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