【俺に全てを委ねろ】
『今までの夢が全部現実。夢の中だからって、割り切ってできたことも数えきれないほどあった。でも、たくさんの心ある人に出会って、一緒の時間を共有して…、いつしかホントに自分がその夢の住人になったような気持ちになっていたのも事実。
信じていた人に裏切られたり、本当の兄妹みたいになったり、娘になったり、プロポーズされたり。ほんとにいろんなことがあった。苦しいこともあった。悲しいことも、悔しいことも、死にそうにもなった。でも楽しかったこと、うれしかったこと、感動したことのほうが、この胸に残っている。みんな、それぞれの世界で、平凡な私を愛してくれた。最初は怖くてしかたなかったけど、今ではどの国にいても、心から安心できる。
みんなのおかげだ…。みんなが私を必要としてくれた。どんな苦しいときも、みんなの笑顔を思い出したら、乗り越えることができた。そして…、そうこの人。この人がいたから私は乗り越えられたんだ…。』
「凱…。」自然に漏れた言葉に、心配して部屋に入ってきた凱が気づき、
「莉羽…。こんなこと突然言われても…、だよな。…。俺も最初莉月さんから話を聞いたとき、なんの話だろうって困惑した…。しばらく自分が自分じゃなくなったような感覚になった。でも、お前が夢で怪我したことに気づいてから、守らなくちゃ…、と思った。俺がお前を支えていかなきゃって…。お前のあの時の顔がやばすぎて…。」真剣な顔をしていた凱が突然茶化す。
「えっ?今、そんなこと言うの?凱。ひどすぎる。」自分が「神遣士」だと告げられた事実を受け入れる事が出来ず、泣き腫らした顔の私は、枕を凱に投げつけて顔を隠す。
「嘘だよ。ほんとごめん…。」凱は何とか私の気持ちを軽くしようとしたのだろうが、今の私には逆効果だったことに気付いたのか真剣な顔で謝る。そして、
「これは1人で抱えられることじゃない。俺はお前の眞守り人、バートラルだ。お前の苦しみ、悲しみ、全ての思いを、俺は一緒に引き受ける。」真剣な眼差しで私を見る。その瞳に嘘偽りはない。
私は少し顔を上げて、
「…。まだ呑み込めないよ…。でも落ち着いて考えてみる…。」そう言うのが精いっぱいだった。
「ああ、そうだな。事が大きすぎる。神だの従者だの、世界だの…。訳わかんないのが当たり前だ。」凱は私の頭に手を置いて、
「これだけは忘れないでほしい。世界中が敵に回っても、俺だけはずっとお前の味方だ。大丈夫。俺がついてる。」私は凱の顔を見上げて、そして見つめあう。その優しさをたたえた凱の瞳に、私の目から再び涙が溢れ出る。
「凱…。」私が名前を呼ぶと、凱はそっと私を抱き寄せる。
「俺が命を懸けて守るのはお前だけだ。だから俺に全てを委ねろ。」私はこの言葉に体中の熱が上がって行くのを感じ、凱の服を掴んでいる手に力が入る。
『これは神と従者としての関係性の話だ。勘違いしちゃダメ。莉羽、分かってる?』私は自分の心に言い聞かせる。そして、引きつった顔を見られないように、凱の胸におでこを押し当てたまま、
「いつからそんなイケめてるセリフを言うようになったの?」泣き笑いして気持ちを誤魔化す私。
凱は、自分のセリフの臭さに、きっと気づいたのだろう、いつも冷静沈着なのに少し焦ったような口調で、
「ちゃ、茶化すなよ…。」と私を抱きしめた手を急に離す。
「先に茶化したのはそっちじゃない!」私は相変わらず顔を見せることが出来ない。
お互い照れくささでしばらく無言でいると、その沈黙を破ったのは意外にも凱の方だった。
「それはそうと…、聞いてもいい?」
「何?」凱がこんな甘えるような口調で話しかけてくるのは珍しい。私はその違和感にようやく顔を上げ、不思議に思いながら聞き返す。
「エルフィー皇子とは…、その…、なんだ…。」歯切れの悪い凱。
「なに?何の話?」私は何のことか分からず再び聞き返す。
「はぐらかすってことはそういうことか…。」動揺して凱はうつむく。
「だから何?」とことん歯切れの悪い凱に、いらいらしてしまう私。
「だから…、式のことだよ…。」ふてくされたように答える凱。
「式…。え?」私ははっと気づく。
「…。」
「もしかして…。気になるの?」私が疑心暗鬼の目で聞くと、
「いや、やっぱなんでもない…。」と顔をそむける。
「ちゃんと言ってよ。」今度は私がふてくされて言う。
「何をだよ。もう、言わない…。」しつこい私に凱も少しむっとしたのか、明後日の方を見て、
「じゃあ、考えすぎんなって言っても無理だと思うけど…、ちゃんと寝ろよ。」と言ってそそくさと部屋を出ようとする凱。
「うん。分かった。努力はしてみる…。おやすみ。」凱のおかげで、少しの間でも気を紛らせることが出来たなと、凱に感謝しつつ、最後の話題が腑に落ちない私。
『エルフィー皇子とのことを聞いてくるなんて、今更何?どういうつもり?』と少しイラつく。
しかし母の衝撃的な告白に、それどころではなくなっていた。
きっと今日は眠れないんだろうと考えていた私の予想に反して、その日は不思議と夢を見ずにぐっすり眠ることができた。
まるで、この後起きる嵐の前の静けさのように…その夜は静かすぎた。




