【第11夜① ~ロイへの想いと敵の目的~】
マグヌス殺害と騎士団長一家殺害の件で、一行は現場へと向かう。その道中、私と凱は、メルゼブルクでロイの裏切りを確信しながらも、この国において判明したわけではないので、確たる証拠が出てくるまでは、ロイの疑惑は口にしない事を約束する。
マグヌスとその部下は、魔の山から東に1キロのあたりで殺害されていたというが、一行が到着したときにはマグヌスの遺体だけ消えてなくなっていた。
「先に申し上げておきます。遺体の損傷が激しく、見るに堪えられないかと思われますので、莉羽様とアラベルは後方で待機されていた方がよろしいかと…。それと…、発見者の情報では、ここにマグヌス隊長のご遺体があったとのことでしたが…、この通りなくなっています…。」第一発見者から直接話を聞いたという団員が困惑しながら話す。
フィンは私とアラベルに下がるように指示し、私たちは少し離れた場所からその様子を見守る。
「周辺の警備のためにここを通ったとき、確かに3人の遺体がありました。それを報告するために北西地区騎士団詰所に向かい、応援を連れて戻った時には、もうマグヌス隊長の遺体だけが無くなっていました。」第一発見者である団員が、私たちの到着から少し遅れて報告を始める。
「その後、遺体の捜索に当たっておりまして、遅くなりました。」
「そうか…。で、その様子だと遺体はまだ見つかっていないのだな?」フィンが訊ねる。
「はい…。」隊員は悔しそうに唇を噛む。
「とりあえず、この遺体の状況を教えてくれ。」
「はい。遺体の様子から推測すると、こちらと団長一家の殺害の2件とも同一犯による犯行の可能性が高く、団長一家の殺害よりこちらの殺害の方が先かと思われます。」
「ふ~ん。切り刻まれた肉片から考えると死因は、魔獣によるものではなく、鋭利な刃物による失血死と考える方が自然だな…。」フィンが2人の遺体の様子を細かく確認していく。
「同一犯でこちらの殺害が先か…。順番に意味はあるのか?あるとしたら…。」フィンはぶつぶつと独り言を言っている。
「マグヌス隊長の遺体がないということは、君が発見した後、誰かに持ち去られたということか?」他の団員が聞く。
「私がここを離れた時間は30分程度だったと思われます。可能と言えば可能ですが…。」
「彼らの馬はどうした?」
「私が発見したときにマグヌス隊長の馬は傍にいましたが、他の2頭はいませんでした。」
「もしマグヌスが生きていたとしたら…?」少ない可能性をも捨てたくないフィン。
「乗ってこの場を去ったかもしれないということですか?」
「可能性は全て拾っておこう。もしマグヌスが生きていたら、この襲撃の犯人を見ているはずだ。この周辺をくまなく探してほしい。マグヌスがまだ生きていると信じよう。」北西地区の遠征騎士団にそう命じ、私たちは騎士団長の実家に向かう。
騎士団長の実家は、そこから南に20分ほど走ったところにある。そこで見たものは…、ロイの両親、妹夫婦とその生まれたばかりの赤ちゃん…、と思われる遺体。全員が切り刻まれ、どの肉片が誰のものか分からないほどひどいものだったと、私とアラベルは、後に聞かされることになる。
「なぜこんなひどいことを…。」家に入ったものは皆、胸を締め付けられるような思いでいる。
「団長は見たのでしょうか…。もしこの様子を見ていたら、団長1人で家族の仇をうちに行ったとは考えられませんか?」団員の1人が涙を流しながら話す。フィンはその団員の肩に手を置き、
「それはありうるかもしれない…。でも…、これは本当にむごい…、むごすぎる。」フィンはそれ以上、言葉が出ない。
フィンにとっては家族同様育ててもらったロイ一家。この惨状を見たフィンの心中は、もちろん穏やかではなかったはずだ。しかし、ロイ不在の今、自分が騎士団を率いていかなければという責任感が、今にも壊れそうな心を何とかつなぎとめている。
「死者を弔うためにも、まず家の洗浄、整理と、遺体の回収、埋葬と分担して進めてくれ。ロイ団長の大切な家族だ。心を込めて行ってほしい。」フィンは率先して行うが、誰とも会話を交わすことはなかった。この家でのロイ一家との思い出に浸る時間が彼には必要だった。
家に近寄ることもフィンに止められていたアラベルは、遺体の埋葬と家の整理がつくと、ようやく家の中に入ることを許された。その場にいないフィンを探し、家の裏庭で1人呆然と立ちすくむ兄を見つけると、駆け寄り後ろから抱きしめる。兄妹は家族を思い泣きつくした。私たち騎士団は2人を見守る以外に何もできず、ただロイ一家を偲ぶことしかできなかった。
全員が恐怖と不安に追い込まれる中、拉致事件の犯人に関する新たな情報が入ったとの知らせがくる。私たちはその日のうちに王都に帰還する。
※※※
「犯人につながる情報について詳しく説明してくれ。」王都に戻った私たちは休む間もなく、次の情報を整理していく。
「拉致事件の現場を目撃した者の話ですが、黒髪の女が不思議な術を使って対象者を闇に引きずり込んで連れ去ったというのです。」
「今度は黒髪の女?術?闇?どういう状況だ?」 フィンは自分の想像を超える話に戸惑う。
「すみません。その目撃者を今、こちらに向かわせておりますので少しお待ちください。」
「この数日で拉致事件の報告数が倍以上になっている。目撃者もこれから増えてくるかもしれないな。となると犯人につながる情報も…。」フィンは報告書を見ながら話す。
「しかし、黒いローブの男と言い、黒髪の女と言い、人間が関わっているとなると厄介ですね…。」マグヌスの代わりに特殊部隊を任されたモーデンがフィンに話しかける。
「敵は一体何者なんだ?」
そうこう話していると目撃者の青年が部屋に入ってくる。
「私は西地区のハッドに住むドイムと申します。先日、森に染色用の葉を集めに行ったとき、私より早く来ていた近所のアシエさんの前に、黒髪の女が突然現れたんです。それでその女が何かを呟いたかと思ったら、アシエさんの目の前に、人が1人入れるほどの大きさの闇が現れて…。その中に吸い込まれるように消えていったんです。その女もアシエさんを追うように、その闇の中に消えていきました。その女が消えると同時に、闇もいつの間にか消えてなくなったんです。」
「なんだ、その話は…。そんな魔術でも絡んだような突飛な話は、聞いたことないな…。」フィンがしばらく考えていると、その隣で話を聞いていたハルトムートが、
「石の力…、という可能性はあるんだろうか…。」と何かを思い出したような表情で言う。
「確かに…。石にはどんな種類があって、どんな力を秘めているのか、まだ解明されていない。その可能性は否定できないな。」フィンは続ける。
「もしかしたら…、この国の石をすべて集め、人を拉致することで、その石の能力の適合者を探しているのかもしれない。とすると、適合しない人々が戻されているということになるな。ハルトムートの姉上は、黒い〈石〉と能力が適合し、連れていかれた…。そう考えるとつじつまが合う。」
「適合者とは、〈石〉の力を受け入れ、その力を限りなく引き出すものという事でしょうか?」モーデンは驚いた顔で話す。
「ああ、そうだ。でもそれが事実だとしたら…。」フィンが答える。
「なるほど…。あの黒ローブの男は、あの石の能力を引き出す武器を作るためにうちに来た。たまたまあの石が姉さんの能力に呼応して、力に目覚めたということか…。いや、待てよ。あの時…、あの男はテーブルまで姉さんの手で剣を持ってきてほしいって言ったんだ。あの時、なぜ姉さんに頼むのか違和感しかなかったけれど…。」ハルトムートがハッとする。
「初めから分かっていたということか?お前の姉さんの能力を。」フィンが声を上げる。
「だとしたら、敵はそれを見極めるだけの力を持つものということか…?」ハルトムートは敵の計り知れない能力に肩を落とす。
「待って。じゃあ、そんな力を持ってるなら、こんなにも多くの人を拉致する必要がないんじゃないかしら?」さっきまで考え込んでいたアラベルが口を開く。
「もしその人たちにそれだけの能力があるにも関わらず無差別に拉致するっていうことは、他にも目的があるということ?」
「その可能性が高い。…手強いな。厳しい戦いになりそうですな…、副団長。」モーデンはこの星の〈石〉の産出分布図を見て眉をひそめる。
「〈石〉の種類や力は解明されていないが、この星に存在する〈石〉の数だけの能力があるのかもしれない…。もしその中にとてつもない力を持つものがあると仮定して、それを敵が手にしたら…。」 フィンは自分の提示した仮定にぞっとする。
「この星はそいつに奪われる…。というわけか…。」そう言ったハルトムートの声のトーンがさらに低くなる。
最悪の事態まで行き着いた推測が、この部屋にいる者全ての心に暗い影を落とした。この重苦しい状況の中、私は、
「そんなの嫌だ。それはあくまで仮定の話でしょ。まだ、ロイ団長も見つかっていないし、魔の山にだって私たちは行っていない。だから、まず私たちはこの目で確かめに行かなくちゃ!この国で何が始まろうとしているのかを…。それから私たちに何ができるのかをみんなで考えても遅くないと思う。」ロイの、この国での無実に一縷の望みを込め、声を張り上げてみんなに思いを伝える。
「そうですね。莉羽の言う通りです。まだそう決まったわけじゃない。私たちの力で真相を確かめに行きましょう。団長代理フィン様のもと、私たちが民を、この国を守りましょう!」 モーデンも私の意見に同調し、皆を鼓舞する。
「おお~!」皆が一斉に立ち上がり声を上げると、
「団長代理か…。ロイの奴、早く帰って来いよ…。」フィンはこう呟きながら、覚悟を決めたのかその表情もいつになく険しく、その拳は強く握り締められていた。