【第10夜① ~異国の老人の証言~】
ファータでの凱との中途半端なやり取りに、寝ては起きてを繰り返していた私は、再び眠りに落ちる。
そして、また夢を見る…。
メルゼブルクではメルディスティアードである父の不可解な死と魔導書の紛失、そしてクラウディスの公開プロポーズが問題となる中、この地でも多くの人々が戻ってきたとの報告が入る。しかし、いまだに戻らない人も数多く、その捜索は続いている。
「報告。報告です。」団員が慌てた様子で部屋に入ってくる。
「どうした?」ぼんやり外を眺めていたクラウディスが、驚いた様子で答える。
「報告であります。例の事件で戻ってきた者の中に、異国の言葉を話す者がおりまして、対応しきれないとのことです。どのようにいたしましょうか?」私と凱は顔を見合わせる。
ファータでのやり取り後、凱とは苦しいながらも普段通りに接することが出来るようになった気もするが、シュバリエと同じような展開に、そんなことを意識する余裕すらなかった。
「何?異国の言葉?その者は今どこにいる?」クラウディスは眉間にしわを寄せる。
「今、王都に入ったところです。王宮内に入れてもよろしいでしょうか?」
「ああ、黒の間に通してくれ、すぐに行く。」
「はっ。」そう言って団員はそのまま退室する。
「この星の言語は…、3つだったよな?」思い出すように尋ねるクラウディス。
「そのはずです。」私は今回も、シュバリエと同じようにファータの住人かもしれないと思いながら答える。
「他の言語は聞いたことがないから…、会っても何を話しているか分からないだろうな…。」クラウディスは、頼りなさそうに話しながら歩みを早める。
「そうですね…。」私はシュバリエのように軽はずみな行動は控えなければと気を引き締める。
『ここはどこだ?私の国に帰してくれ。』と騒ぐ一人の老人。
「なんだ、この言葉は?ほんとに分からないなあ。初めて聞く言語だ。」物珍しそうに老人を見るクラウディス。私は凱と目で確認しあう。
この言葉は【シュバリエ】の言語。話の内容はもちろん全部分かるけれど、ここで私たちが言葉を理解している事を他者に悟られるわけにいかないと、その場ではわからないふりをする。
「莉羽は聞いたことある?」クラウディスの問いに、
「初めてです。でもこのおじいさん、なんだか可哀そう。とりあえず、食べ物と衣服と部屋を用意して差し上げたほうが…。」私の提案にはだいたい賛成するクラウディスは、
「そうだね。ほんとに気が回るな、莉羽は。」と言って、団員に全て用意させるよう伝える。
その後も聴取は続いたが、結局何の進展もなく、クラウディスは早々に諦めた。
「ダメだ、お手上げだよ。」
私たちはその後、いつも通り魔法の習得のため修業を再開するが、クラウディスの不在の間に、私はその老人の言語について調べるために書庫に行くといって、その部屋を出る。遅れて凱も書庫に駆け付ける。
「シュバリエの人だね。」私はいろいろありすぎる凱との間に少し距離を置いて話しかける。
「ああ。」
「あのおじいさんの話を聞きたいけど…、2人で行くと怪しまれるし、どうすればいいかな…?」
「このあとクラウディスは皇兵団との会議があると言っていたし、莉奈はまだ体調が悪くて出られないと言っていた。今しかない。」凱はいたって平常運転。それが気になりながらも、
「部屋に入るときの衛兵にはなんて言うの?」何か手がかりがないかと捜索モードに入る私。
「こういう時にこそ魔法だろ…莉羽。」凱はちょっと呆れたように言う。
「でも、魔法痕が残るよね?」
「俺がどんだけ修業してると思う?魔法痕が残らない魔法を編み出した。」どや顔の凱。私は驚いて、
「編み出す?魔法痕が残らないなんて…そんなことできるの?」目をキラキラさせながら聞くと、
「ああ、なんかできた。」私の反応があまりに素直だったので、ちょっと照れたのか顔を赤らめながら頭をかく凱。
「さっすが~。やるねぇ、凱。じゃ、直ちに行こう!」捜索モードに入った私は、以前の凱とのやり取りに嬉しさを感じ、新たな魔法に興奮していると、凱が呪文を唱え始め、私たちは先ほどの老人のもとに転移する。
その老人は用心の為か、別の部屋に移されていた。私と凱が突然現れたことに驚いた彼に、
「声を出さないで!」と伝えると、
「こっ、言葉が分かるんですか…?」と驚いて席を立つ老人。
「うん。わかるから安心して。あなたが知っている事を話してほしいの。」と言うと、ほっとしたような顔で話し始める。
彼は70代半ば、身長は背骨が曲がっているため、かなり小さく見える。肩まで伸びた髪は真っ白で、歯は何本か抜けてしまっているようだ。堀の深い顔立ちだが、痩せているため余計に目の印象が強い。衣服はシュバリエの老人では主流の一枚布を縫い合わせた、神話に出てくるようなつなぎの衣服をまとっている。
「私はシュバリエの北ポル地区に住んでいるボードといいます。私はその日、水を汲むために、近くの湖まで歩いていきました。その途中、突然武装した若い男に剣を突きつけられて…。そのあとのことは覚えてないんです。そして気づいたら、ここに連れてこられて…。」肩を落として話す老人。
「周りには魔物もいなかったんですね?」凱は優しい口調で聞きだす。
「はい。その男だけでした。」
「そう…。その男はどんな感じで武装していたんですか?顔は見えました?」
「いえ、面を被っていましたし、目だけ…、切れ長の紫の目と、それと、体は…、そう騎士団の物にそっくりな甲冑を纏っていました。」
その言葉に私と凱は顔を見合わせ、続きを聞こうとすると外から物音が聞える。
「そろそろ限界だ。」凱はそう言って、呪文を唱え始める。私は何が何だか状況がつかめずおろおろしている老人の手を取って、
「もし他に何か思い出したら、また教えてくださいね。私たちがここに来たことは内密に…。」と伝える。
「はい。誰も私の言葉を理解してくれないので心細いです。また会いに来てください。」寂しそうに話す老人。
「わかりました。必ず。」と微笑んで私たちはその部屋から一瞬にして姿を消す。
部屋に戻ると、私は凱に聞こえるか聞こえないかの声で、
「黒ローブ以外に犯人がいるってことね。それにしても…、騎士団の甲冑って。」
「俺の考えとお前の考えてること…、おそらく同じだろうな…。」
「うん、あの人だね…。」
「考えたくなかったが…、多分な…。」
私の部屋の壁に飾られている絵画の少女の目は、今なお怪しい光をたたえていた。
翌朝、私と凱に知らせが届く。ボードが何者かによって殺されたと。




