【第7夜② ~拉致事件in魔法の世界~】
魔法省の大会議場。物々しい雰囲気でメルディスティアードである父が入室するのを待っている魔法省幹部たち。ここ数日前から起きている事件についての緊急会議が始まるのだ。そこに父が登壇すると、ざわついていた室内の空気が一瞬で張り詰める。
「ここ数日前から、このメルゼブルク国内で拉致事件が多発している。わがメルゼブルクの民の100%が魔力を持つことから…、以前より国内外で特に特殊魔力を持つ幼子の拉致、人身売買が横行してはいるが、今回の件は魔獣による拉致の目撃が多いことから、別件として扱わねばならぬ重大案件である。魔獣の急増と拉致について、全魔法省の力を以ってこの事件を解決せねばならない。行方不明者計453人、老若男女問わず、ありとあらゆる年代の人々が姿を消している。魔獣による拉致の他に、大勢の人の目の前で、突如消えた者も多数報告されている。『能力者の魔力による拉致』との可能性もあるが、その手の魔法能力保持者は、数人しか確認されておらず、そのうちの3割が今回の犠牲者となってしまっている。よって、この事件は、魔力を使った事件とは考えにくい。こういった状況から、事件の現状の把握と警備を目的とした、地方への大規模な皇兵団の派遣を行いたいと思う。
計画では、第1、第2皇兵団が北部地域を、第3、第4で南部地域を、第5は東部を、第6、第7で西部を、第8は聖なる泉、ヴァイマリア周辺を、第9は王都周辺地域を担当し、一刻も早く真相を突き止め、事件解決に尽力してもらいたい。」
皇兵団の各団長と部隊長は、それぞれ担当地域の情報を集め、バランスよく能力者を配置できるよう連携して作業を行っている。ここで言う能力者とは3級以上の魔法の使い手を差す。下は6級からランク付けされる魔法の使い手の中でも、3級以上の保持者はさほど多くはない。ちなみに私とクラウディスは3級、莉奈は4級でメルディスティアードである父は最高位のSクラスである。
私と莉奈、クラウディス皇子と第2皇子率いる皇兵団は、この計画において第8に所属することになった。そこで遅れて姿を現したのが第2皇子である…、凱だった。私は驚きすぎて開いた口が塞がらない。
「どうされました?莉羽様。」夢と現実がリンクしているわけではないから当たり前の話だが、まるで何事もなかったかのように、凱はしらじらしく私の顔を見て話しかけてくる。
凱とは現実世界での一件以降、顔を合わせていなかったので、焦った私はクラウディスの背中で身を隠す。後ろにいる私を不思議そうに見るクラウディス。
「どうしたの?莉羽?」
「何でもないですよ。ははは。」その背中から凱の様子を見ると、さっきまで私の近くにいた莉奈が、凱の隣で楽しそうに話している。凱は凱で、私の方を少し気にしながら、莉奈の相手をしているように見える。いや、正確に言うと、気にしていて欲しいという私の願望が、そう見えるようにさせているのかもしれない。なんとも言えない気持ちで、その後の作戦を気もそぞろの状態で聞く私。
第8皇兵団との合同調査及び警備強化に出発する日が決まり、皇兵団の各部隊は、日に日に出動に向けた意識が高くなっていくのを感じる。それぞれが武器の整備、魔法の確認、習得に力を入れ始めている。私もこの後、昨日習得した炎魔法の復習をすることになっているが、凱と莉奈と顔を合わせることを考えると気が重い。
部屋に戻りベッドの上に座って、
「なんであんなに莉奈といちゃついてんのよ…。」と、むしゃくしゃしながら壁にクッションを投げつける。そんな事をする事しかできない自分の情けなさから、自分を取り戻し、ふと冷静になって考える。それにしても…、
『この星でも拉致事件が起きているなんて…、偶然?出来すぎた話じゃない?夢ってほんとに自由だなぁ…』と思いながら、また凱のことを考える。
『凱は私のこと、単なる幼馴染としか思ってないのかな…。』そう考えたら、またむしゃくしゃして、
「きぃ~。」と奇声を発しながら、今度は枕を投げつける。
壁に飾られた少女の絵画の目に埋め込まれた石を介して、私の言動全てが監視されていることをその時の私はまだ知らなかった。
※※※
戦闘経験の少ない未熟な私たち姉妹は、それぞれの得意魔法を再確認する。私は治癒、莉奈は防御魔法を得意としているが、実戦の経験がないため、果たして得意魔法と言えるのかも疑問な状態であった。出発までのわずかな時間でも無駄には出来ない。そう思い、やれることは何でもやってみようと試みるが、あっという間に出発の日を迎えることになる。
私たちはその日の早朝、約300人の部隊で出発する。
魔力を【神の力】と崇めるメルゼブルクは、この星【ロードガイザー】の国家の中で、面積が最も小さい国である。しかしながら、人口の100%の人間が魔力を使える唯一の国家であること、また強大な魔力の加護を受けた2級以上の魔法使いが世界に名を轟かしており、他国はどれほど強力な武器を持ってしても、メルゼブルクに太刀打ちできず、結果メルゼブルクはこの星の最強国家となっている。周りを海で囲まれた島国で、その周囲は海抜100mの巨大な岩山がそびえたち、入国するには、南北に岩を切って作られた2つの港以外に手段はない。海から眺めたこの国は、その地形から閉鎖的に感じられるが、国民は全くそうは感じていない。なぜなら、王宮に隣接する巨大人口湖が、地底で港とつながっていることから、国民は通行証さえあれば、防水魔法の施された船で、諸外国への移動を、自由に行うことができ、輸出入も全てこの人口湖を中心に行っているため、商業活動についても不便はないのである。その為、国民は、孤島であっても何不自由ない生活を送っている。
この人口湖をはじめ、この国における重要なインフラの多くは、高度魔法を扱うことのできる、王族の為せる技だと、王族、魔力に対する信仰心は非常に高い。それだけ、魔力に重きが置かれたこの星において、聖なる泉は、最も神聖な場所であり、メルゼブルクのみならず、ロードガイザーでは聖地として、日々多くの人々がその加護を受けようと訪れていた。その為、警備の層は他に類をみないほど厚い。泉に近づくにつれて高い魔力を持った者たちによって護られ、魔物たちはそう簡単にはその壁を破ることができない。
しかし、ここ数日起きている拉致事件の約4割がこの周辺で起きており、そのためこの国の次期先導者となる私たちが、その調査を任されたというわけだ。
「でもさぁ、この事件って不可解だよね。」クラウディスが話し始める。
「魔法の力なしに人前から姿を消すって、普通に考えるとあり得ませんものね。」莉奈が答える。
「何か特殊な能力を持った奴の仕業なのかな?」クラウディスはいつになく真剣な様子で話す。その表情を見た第1皇子付き皇兵団の団長ロンバルトが、
「皇子…、わたくしめは、いつもおふざけがすぎる皇子の…、いつになくその真剣なお姿に感銘を受けております。このように成長されて…、わたくしは本当にうれしゅうございます。」今にもうれし泣きしそうなその姿に少し驚く面々。当人のクラウディスも、
「ロンバルト…。僕はいつだって真剣だよ。失礼な奴め、全く…。」と、少しむっとしながらも嬉しそうに言う。そんな二人の様子にほほ笑む私たちの目の前に、聖なる泉「ヴァイマリア」が姿を現す。
このヴァイマリアは、この国で最も高い山であるシザーク山、標高12,000mの麓に広がるジャミド樹海のほぼ中央にある泉である。幅50m、奥行き30m、深さは推定700mというそこまで大きくはないが、ここから感じられる魔力は凄まじい。今までに、何度かここを訪れることはあったが、今日は今までよりもはるかに透明度が高いのではないかと感じた私が、
「いつ来てもこの泉の水は綺麗ですね。」と、常駐兵の一人に話しかける。すると、
「いつもこの辺りは深い霧に覆われているのですが、今日は王族方がみえているだけあって、霧が嘘のように晴れておりますし、泉の透明度も魔力も、今日はいつになく高いですが…。」含んだような話し方をする兵に、
「何かあるんですか?」と尋ねる。常駐兵は周りを気にしながら、
「すでにご存じかもしれませんが…、ここ最近で一気に広まり、我々地方の兵団の中にも不穏な空気が流れ始めている事がありまして…。」ぼそぼそと話す。私は、
「後で聞かせて。」と言って、何事も無かったようにクラウディスの隣に着き、
「王族が来たことによって、霧も晴れ、泉の透明度も高くなっているそうですよ、クラウディス様。」私がそう伝えると、
「ははは。当然だ。次期国王となるこの私が来てくださっているのだからな。」おかしな言葉で偉ぶるクラウディス。その声がひときわ大きかったので、周りにも聞こえたのだろう。みんなの笑みがこぼれる。
私は先ほどの兵の言葉が気になり、改めてこの泉に神経を張り巡らすと、明らかにいつもと雰囲気が違うように感じる。どう表現したらいいかわからないが、何かが『違う』のだ。
『この感じ、何だろう…。』神聖な場所であるはずなのに、恐怖さえも感じるのだ。
何とも言えない違和感を覚えながら、私たちは泉の周辺を見回る。しかし、これといった変化はなく、私たちはこの先にある村、ヴァイマールに向かうことにした。




