【第6夜③ ~若き長 ハルトムート~】
「莉羽。莉羽。おい、莉羽。」凱の呼ぶ声がかすかに聞こえ、徐々に凱の顔が見えてくる。私は騎士団の作戦本部テント内にある救護ベッドに寝かされている。
「あ…。凱…?私…。」起き上がろうとするも、体に激痛が走り、起き上がることができない。
「莉羽。起きなくていい。ひどい怪我をしてるから。俺は…、お前のおかげで命拾いした。ほんとは俺が守るべきところを俺が守られてしまった…。」不甲斐なさで下を向き、顔をあげられない凱。そんな凱に、
「凱…。無事だったんだね…よかった。」凱の無事を確認すると、ほっとして、自然に涙が出てくる。頬を伝う涙の温かい感触と、私の手を握る凱の手の温もりで、自分が生きていることを実感する。
「私…、生きてるね。初陣の務めは果たせたのかな…。」か細い声で話す私に凱は、
「十分果たしたよ。安心しろ。」そう言ってほほ笑みかける。
すると、私が目覚めたのに気付いたフィンの妹アラベルが、ロイとフィンに、
「莉羽が目を覚ましたよ。」と伝える。するとテントの中の団員が、私のベッドのまわりを囲み、
「よかった、莉羽。」みな歓声を上げる。
「莉羽!」マグヌスも喜んでくれている。そして驚くべきリアクションをしたのが、フィンだった。ベッドの周りの団員を推し避け、ベッドの側に来ると、
「莉羽。生きててほんとによかった…。かなりの出血だったし、もう目覚めないかと…。」そう言って、私の手を握る凱の手を振り払い、両手で私の手を取って、鼻をすすりながら泣き始めた。
『女が騎士団に入るなんて…。やめさせたほうがいいよ。』
事あるごとに冷たく突き放し、訓練では鬼のように厳しく当たってきたフィンのその姿には、さすがに他の団員も驚いていた。その周りの雰囲気に気付いたのか、
「なんだよ…。団員の無事を喜んで何が悪いんだよ…。」泣き顔で照れる副団長はあまりにキュートで、そんな姿を見た団員たちは、常日頃、フィンに鬼の特訓を強いられていることから、ここぞとばかりに彼をいじってやりたいと思っていた。しかし、これ以上触れると面倒になることも容易く予想されるので、結局団員たちは口を開かなかった。もともとフィンは年齢よりも童顔、愛されキャラで、団員の中でも「女の子だったら可愛いのになぁ…。」と残念がる声がないわけではなかった。そんな彼の泣き顔は、一見の価値があると、ここにいた者全員がそう思ったに違いない。
「あの後、戦いはどうなったの?ここにみんながいるっていうことは終わったの?」
「ああ。幸いなことに死者はいない。ここまでの戦いで死者が出なかったことは、不思議でならないほどだ。神のご加護があったからに違いない。しかしかなりの数の負傷者が出て、アラベルが救護班の中心になって診てくれているところだ。」フィンの後ろからロイが応える。
「団長…。こんな怪我を負ってすみません。私…。」私が自分の不甲斐なさに泣きそうになっていると、
「何を言ってるんだ。初陣だというのに、莉羽のおかげで多くの命が助かったんだ。十分に戦ってくれた。逆に礼を言わねばならない。そんな事より傷はどうだ?背中の方は浅そうだが、腕の傷はかなり深そうだ…。本当にすまなかった。まさか相手が盗賊だったなんて…。しかも煙幕なんて想定外だった。」ロイが悔しそうな表情で言う。
「私の方は…、痛いですけど大丈夫です。…敵はまさかの盗賊だったんですね?」
「ああ、もう存在すらしていないと思っていたのに…。その盗賊の方は全員捕らえて、これから聴取する予定だ。でも、どうやら俺たちの真の敵ではなさそうなんだ…。」フィンの声にいつものような覇気がない。ここ何十年もシュバリエには姿を現さなかった盗賊まで現れ、事がよりややこしくなってきたことに頭を巡らせているようだ。
『真の敵…、いったい何者なんだろう…。盗賊はここで何をしていたの?』
盗賊の聴取のため、ロイをはじめとする騎士団の主要メンバーが集まる。
「お前たちの長はどいつだ?」強い口調でフィンが聞く。盗賊の年令構成は、ざっと見たところ30代くらいの男が大半を占めている。年輩の者で60代、10代の若者は数人しか見当たらない。が、そのうちの1人が口を開く。
「俺だ。」皆がその声のほうを見るも、その若さに驚く。
「ほんとに…お前が長なのか?」とフィンが聞く。するとその栗毛の若者はふてくされたように、
「お前も俺と、ほとんど変わらないんじゃないのか?」とフィンを小馬鹿にしたように答える。フィンもふてくされて、
「僕は今年で19だよ。」と言い放つと、
「なんだ。俺もより年下じゃないか。俺は22だ。」フィンをからかうような笑みを浮かべる盗賊長。その小競り合いを制するように、
「まあ、いい。ところでお前たちは、南の地からこのシュバリエの採掘場に何しに来た?」マグヌスが尋ねる。
「俺たちは何も悪いことはしていない。濡れ衣もいいところさ。」栗毛の青年は言う。
「じゃあ、なぜここにいたんだ?」フィンは馬鹿にされたことを気にしているのか、不機嫌をアピールするかのように、腕を組み眉を吊り上げて尋問する。
「まあ、あんたらの想像通り、俺たちは盗賊を継承していることは間違いない。でもそれは、俺のじいさんの代までの話だ。じいさん達は所謂「盗賊」という悪事を働いていたらしいが、俺たちはそういう奴らの討伐を請け負っている。真逆なことをして、その報酬で生計を立てているってわけだ。ここに来たのもある人の依頼を受けたからで、ここの〈石〉に手を出すなんて馬鹿な真似を、俺たちがするわけがない。」呆れたような表情で話すその長に、
「ある人とは…、南国ウィルドア国王か?」ロイが声を落として聞く。
「なんでウィルドアが?」フィンは思ってもいなかった名前が出たことに驚く。
「先日ウィルドアの使者が、シュバリエの南部で殺されているのが見つかった。その殺され方が、人の仕業とは思えないほど異常な殺され方だった。それを南部の騎士団が調査し始めたのが一昨日のことだ。それと関係しているんだな?」ロイは歩みを止めて栗毛の若者を見る。
「あんたの言う通りだ。実はウィルドアでも〈石〉の盗難が、1か月ほど前から起き始めている。現状〈石〉の力について、ほとんど解明されていない。〈石〉の解明と有効活用に関して、各国がそれぞれ研究しているところだが、ウィルドアの研究機関がその中でも一番の成果を上げている。あんたらのシュバリエ国王が、この星最大の〈石〉産出国であるウィルドアに、その解明を依頼している事は知っているか?」
「ああ。でも知っているのはここでは、この私だけだろうが…。」その事実に驚く一同とは裏腹に、ロイは落ち着いて返事をする。
「ウィルドアの研究施設に保管されていた、シュバリエ所有の特別な〈石〉も、今回の盗難事件の被害に遭った。ウィルドア国王は、盗難の報告の他に、シュバリエの王都より採掘場に近い位置にいる俺たちが、採掘場の調査に入れる許可申請の書簡を使者に持たせた。しかしあんたのさっきの話を聞く限り、使者は殺され、書簡は奪われたってことだろうな。俺たちはその調査が目的でお前たちより先にここに来て、許可が下りるのを待っていたんだが、お前らが来て…。この感じだと〈石〉はすでに無くなっているんだろう?」若者は心なしか肩を落としたように見える。
「ああ。採掘場の労働者も石も何もかも、奪われてしまったようだ。敵の目的は、やはり〈石〉の収集、人の拉致ってことに間違いはなかったってことか…。」フィンが悔しそうに話すと、ロイがフィンの肩に手を置いて首を振る。
「フィン、きっとそれだけじゃない。敵の狙いは〈石〉と俺たち騎士団と盗賊の共倒れ…。」マグヌスが悔しそうに言うと、ロイは静かに頷き、
「そうであって欲しくないと…、この話をすればおそらく皆が混乱するだろうと思い、躊躇していたが…。」意味深なところで話しを切るロイにフィンが、
「そこまで言ったのなら話してくれ、ロイ。」静かに言うと、ロイはここにいる全員の顔を見回してから、口をぎゅっと結んで慎重に言葉を選んで話し始める。
「皆は、〈石〉には様々な謂れがあるのは知っているか?過去の文献や絵画などの歴史的遺産などからも、〈石〉の力と歴史は深い関係があることは分かっているが、その詳細はいまだ解明されていない。しかし、ここ最近の歴史学者、科学者の研究において、〈石〉を持つ者が、世界を掌握できるとの仮説が生まれている。今までは、〈石〉の力だけが注目されてきたが、それを持つ者の能力によって、その〈石〉がもつ潜在能力が解放されるのでは…というのだ。もしその仮説が正しいのだとしたら…〈石〉の中にはこの世界を壊滅させる力を持つものもあると言われている。その力をお前たちが敵と呼んでいる奴らが狙っているとしたら…?」ここに集まった全員の背筋が凍り付く。
「最悪の話だがな…。」ロイは眉間にしわを寄せてそう言うと、若き長を見て、
「ウィルドアはこの件に関与してはいないということで間違いはないな?」と詰問する。
長は片目を吊り上げながら、さっきより低い声で続ける。
「ウィルドアは昔から国土の80%に及ぶ森林の恩恵を受け、その資源によって潤ってきた国だった。しかし数代前の、目先の利益だけに重きを置いてきた国王によって、その森林資源は現状ほぼ皆無になっている。長年の森林伐採で自然の均衡が崩れ、近年1ミリも雨が降ることなく…その結果訪れた干ばつに人々は住む土地を失っている。現在、失った森林を取り戻すためにシュバリエからはかなりの資金援助を受け、国民のほとんどがシュバリエによる食料援助を受けている。シュバリエからの〈石〉の研究費用として受け取っている金も、いまやウィルドアにはなくてはならないものになっている。ここまでの状況下で、小国ウィルドアが秘密裏に、大国シュバリエを…など考えるわけがない。それは明白なことだろう?」それを聞いたロイは頷く。
「分かりきったことだけど…、尋問なんでね。」ロイの代わりにフィンが答える。それに対して栗毛の長は、
「今の状況では疑われても仕方ない。しかしまさか…それが敵の目的だとすると…、この2国間の話では済まないな…。こんなところで争っている場合じゃない。それで、そちらさんの今回の被害者の数はどうなんだ?」と尋ねる。
「俺たち騎士団の方は、多数の負傷者が出たけど、死者は出ていない。」フィンが少し誇らし気に答える。
「そうか…それはよかった。俺たちの方も死者はいない。」若者は安堵の表情で答える。
「でもなぜ、俺たちが騎士団と分かっていながら戦いを挑んできたのだ?」同盟関係にあるにも関わらず攻撃を仕掛けてきた疑問をロイがぶつける。
「そこなんだが…俺たちの目にはお前たちが魔物に見えた。お前らのその甲冑を見れば、騎士団だと誰が見ても分かるだろうが、俺達には魔物に見えたんだ。信じられないだろうがな…。そこで考えたんだが…おそらく〈まやかしの石〉が使われていたんだと思う。昔話に出てくるだけの代物だと思っていたが…、ここまで〈石〉が関係してくるとなると、その存在は否定できない。《力》を持った〈石〉がはるか昔から存在し、その力は失われていないとの証明になったと思う。話によると、戦争が多発していた時代には多く使われていたらしい…。だが、まさかそれが実在して、今回の戦いで使われていた可能性があるとなると…、話は我々の想像のはるか上を行くものだ。」数多くの戦闘を繰り広げてきたと思われる彼らでさえも見たことが無いという希少な〈石〉を使うことで、両勢力の壊滅を狙ったことが確実視される中、
「確かにそういう力を持った石の話は、昔から語り継がれてはいたが…、実在するのか…。ん?ということは、まだ解明されてない未知の〈石〉が敵の手に渡ってしまった可能性があるという事か?」机をたたきながらフィンが悔しがる。
「そういう事だな。」静かに答えるロイ。
「とりあえず、王都に戻るぞ。王にこの件の報告を…。お前たちにも来てもらう。」ロイが長に声をかける。
「ああ。」そう言って頷く若者。すると、フィンが何かに気付いたように若者に話しかける。
「…ところで、お前、名前は?」フィンは、さっきまでの対応が嘘のように、やんちゃな笑顔で聞く。
「ハルトムートだ。」




