【第6夜② ~初陣~】
それから1日半ほど走り、ようやく採掘場付近までたどり着いた騎士団一行。採掘場はこの星最大級の規模を誇り、幅30キロ、奥行き50キロの面積、全ての施設が地下に作られており、地上からの外観は小高い緑あふれる山々という感じで、まさかこの地下に採掘場があるとは、誰一人として想像もし得ないだろう。そんな緑あふれる自然豊かな風景の真下にある採掘場で、今、大規模な戦いが起きようとしていた。
採掘場のある地区を担当する部隊の隊長によると、外から見える様子はいつもと変わりないとのことだった。その報告を受け、採掘場の正面入り口から、ロイ団長率いる中央部隊が突入し、その周辺を中央部隊以外の全部隊が包囲するとの計画が立てられる。
「まず魔物の好物クシャの実を入口にばらまき、しばらく様子を見る。何の変化もなければ「光石」を置いて中の様子を見よう。その状況次第で合図とともに私は左手から、フィンは右手から入る。突入の合図、撤退の合図、すべて訓練のとおりだ。イレギュラーがおきた場合は「石笛」を吹くので指示を待て。わかったな。」
「はい。」総勢300人の騎士団中央部隊所属の精鋭部隊全員の顔がいつになく強張っている。皆がその時が近いことを理解している。心臓の音が周りに聞こえそうなほどの緊張が、私を襲ってくる。さあ、いよいよだ。
「始めるか…。」ロイが作戦の始まりを告げるとフィンが片手をあげ、作戦の口火が切られる。クシャの実が計画通りの位置に置かれ、その様子を固唾をのんで見守っているが、まだ何の反応もない。少し経って、「光石」も投入されたが、空気の乱れを感じることもなく、聞こえてくるのは隣の団員の唾を飲み込む音だけで、音の変化も何もない。ロイはフィンに耳打ちをして左右に分かれる。いよいよ見えない敵との戦いが始まる。それぞれの緊張がマックスになったところでロイの指笛の合図。すると控えていた騎士団が、一斉に採掘場に突入する。団員が地面を蹴る音、甲冑がこすれる音、今までの静寂が嘘のように、空気が乱れる。そこにその乱れた空気を断ち切るような鋭い音が響く。
『シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ』
放たれた無数の矢音と共に、多くの団員がバタバタと倒れ始める。すると、『ピピ―』という耳を劈くような高音の「石笛」が吹かれ、緊急事態を知らせる。
「盗賊だ。盗賊の弓矢だ。岩陰に隠れろ。」ロイの命令をフィンが採掘場に響き渡るような大声で伝える。私の目の前を走っていた長身の団員もその標的となり、岩陰に隠れた私と凱の目の前に倒れこむ。私は恐怖で身動き一つとれない。
『怖い、怖い、死ぬかもしれない』
体中の血管が脈打ち、心臓が爆発しそうに鼓動が早くなる。それに伴って体温の上昇を感じる…だが一方では、顔は異様なほどの冷や汗もかいている。甲冑の中を流れていく汗で、さらに上半身の熱が上がるような感覚に吐き気を感じる。これが生死をかけた戦いなんだ。フィン副団長の地獄の特訓なんて呼んでいたものも、今のこの状況に比べたら、なんて甘っちょろいものだったと身をもって知る。戦場を甘く見ていた自分を恥じる。
この岩陰から出たら生身の戦いが始まり、そして上方からは弓矢の嵐が降り注ぐだろう。どう出ても戦いは避けられない。だからこそ、この状況において一瞬の隙は命取りになるし、勝機を見逃すことが死に直結することを意識しなければならない。
この緊張の糸がこのまま平行線をたどると思われた矢先、突如、盗賊が煙幕を張り、あたり一面が煙に包まれた。これに動揺した騎士団の多くが、岩陰から視覚を確保するために飛び出し、次々に矢の雨に打たれていく。
「莉羽、莉羽。どこだ。」凱の呼ぶ声が聞こえる。傍にいたはずの凱と、いつの間にか離れてしまっていた私。焦りと不安で必死に声をあげる。
「凱。凱~。」辺りを見回しても凱の姿は見えない。何とか目を開けながら辺りを確認していると、煙の中から突然盗賊が現れ、私の頭を目掛けて剣を振り下ろしてくる。私は反射的にそれをよけるも、後ろに倒れてしまう。そこに切りかかってくる男。私は倒れた体を横に回転させ、何とか煙の中に身を隠すことに成功した。しかし、起き上がろうとする私の顔の数センチ横をかすめる敵の矢が、地面に突き刺さる。攻撃をかわしても、かわしても、次から次へと繰り出される敵の猛襲。恐怖を感じる間もなく、ただひたすら反射的に動く事に意識を集中する。感情を乱されることが死に直結する。今この瞬間を本能で乗り切る。それが私にできる精一杯のことだった。
止むことなく続け様に繰り出される煙幕の中での攻防を通し、私は生まれ持った運動神経のおかげで相手が剣を振り上げてから振り下ろすまでの1秒に、自分がどう躱し、どう反撃するかの計算を組み立てられるようになっていた。さらに、研ぎ澄まされた感覚で、矢が空気を切るわずかな振動と音に反応する技も体得した。動くごとに私は自分が成長していくのを肌で感じていた。そして今度は、凱を探すため積極的に煙幕の中に飛び込む。ほんの一瞬だが、私の数メートル前に凱の姿を確認するも、上方から凱を狙う盗賊一人、私と凱の間にある岩陰から凱の背後を狙う盗賊一人を視認し、剣を構える。しかしその真横から私を狙う敵が剣を振りかざしてくるのが見える。私はまず1秒で弓を構える上方の敵に、自分の腰に差してあった短刀を投げつけ、それと同時に凱に切りかかろうとする敵を走りこんで切りつけ、その前にある岩を利用しながら回転し、そのまま私を狙う敵をしとめる算段を立て、即座に実行に移す。私は予定通り、上方の敵に投げた短刀を突き差すことに成功し、凱に剣を向ける敵の手に私の剣が突き刺さったことを確認すると、すぐさま剣を目の前の敵に向けて振り下ろした。その敵は、剣が振り下ろされる直前に、私に気づき応戦してくる。それに気づいた凱がその敵を切りつけるが、私を狙っていた真横の敵に右腕と背中を切りつけられ、私はそのまま地面に倒れこむ。
一瞬目を開け、そして再び閉じる。ぼーっとする頭の片隅で、
『この感じ、この前見た夢?目が覚めても怪我が残ってたやつだ…。体が重いし、痛い。生暖かい血の感触…、気持ち悪い。凱どこ?助けて…。』
そのまま再び、目を閉じる。




