神の子と語ることを禁ずる呪い
かつては若者の街と呼ばれた渋谷も、今やビルにツタが生え、誰一人として住んでいない。
高速道路上から渋谷の街並みを眺める二人以外に、動いている姿はない。しかし、それはそれで不可解だった。
「機械兵の姿がないね」
「情報では、ドームに集中しているとは聞いたが……妙だな」
人間軍を迎え撃つために、最低限の見張りが巡回していると思っていたのだ。だが、いくら見回してもいない。
ニオが携帯していた小型ドローンで辺りを探したが、やはり見当たらない。
「どうやら全員、ドームにいるみたいだよ」
割れた天井からドーム内に入ったドローンの映像を見ようとするが、
「だーめだ、かなり強いジャミングがかかってる」
その言葉通りのようで、画面はノイズまみれになった。
「回収も難しいか……さて、どうする? 作戦は一応、偵察だけど」
情報通り、ドームに集中していました。そう伝えるのは簡単だ。しかし、カイムは半円状のドームを見やってから、しばし考える。
「奴らが隠れてコソコソなにかやっているのは確かだ。乗り込むぞ」
カイムはマギアライフルのマガジンを装填した。そのまま高速道路上からマギアで飛んでいこうとすると、ニオが慌てて止めた。
「渋谷全域に展開してた機械兵が集まってるんだよ? いくらなんでも無茶だ!」
「そのために、マギアライフルもブレードも二つずつ持ってきた……ああそうか、お前は後方支援か」
いつものように背中を任せるわけにはいかない。任せたとてすぐに死なれてばかりだったが、時間稼ぎと数を減らしてはくれていた。
それをなしに、更には量産型の武器で渋谷全域に展開していた機械兵の相手をするのは、流石に難しい。
「武器がもたないな」
何気ないカイムの言葉に、ニオがピコンと反応する。
「もしもだけど、武器の数があれば戦えるの?」
「数を気にしなくていいなら、どうとでもなる」
「そっか……ちょっと待ってね」
ニオはベルトのIドロイドを手にすると、目にも止まらぬ速さでタップした。しばらくして頷くと、得意げに笑っている。
「武器の確保ができたよ」
「……どこにだ?」
「どこでしょう?」
遊ぶなと頭を小突いたカイムに、ニオはニヒヒと笑いながら空を指差した。
「衛星軌道上にある武器製造工場をハッキングさせてもらったよ。これで、いくらでも君へ向けて武器を投下できる。行く行くは、君専用の武器だって作れる」
「お前……意外とすごいんだな」
「意外は余計だよっ。ま、ブレードを千本寄越せとか言わない限りは、手元に届くまで数秒で随時降下させるから。ただドーム中だと、天井を突き破ることになるけど」
「取り返した後に直したらいい。それで、俺は突撃するが、お前はどうする」
「近寄ってくる機械兵を、少しならハッキングして無力化するくらいはできる。君が前に出てバッサバッサ倒してくれるんなら、後ろからついて行くよ」
頷き合うと、カイムは距離を取っておくようにだけ忠告し、マギアを纏った。ニオも当然のように纏い、ドームへ向けて飛んでいく。
入り口部分に着くと、ニオのハッキングで閉じられていた扉が開いた。案の定機械兵たちが視界一杯におり、一斉に二人を捉えた。
「シンニュウシャ カミノコヲマモレ」
「カミノコ……神の子とでもいうつもりか? なんにせよ、破壊する」
左手にマギアライフル、右手にブレードを手に、カイムは敵の中へ飛び込んだ。
マギアライフルを一点に向けて放つ。前方の敵を退けると、そこへ踏み込む。
「フンッ」
即座にブレードへ雷を纏わせ、残った前方の機械兵を薙ぎ払う。
続けざまにもう一振りすると、ブレードは壊れていった。
「次!」
マギアライフルの残弾で奥から押し寄せる機械兵を牽制しながら叫ぶ。するとニオの言った通り、ドームの天井を突き破って、ブレードがカイムの目の前に突き刺さる。
「便利なものだなっ!」
即座に掴みマギアを纏わせ、雷へと変えて切り払う。ニオのおかげでブレードが次々に届くので、常に全力だ。
「マガジンの詰まったマギアライフルを一丁、ブレードを二本!」
次第にどれだけの要求が可能かもわかっていく。カイムの怒涛の攻撃に、視界一杯の機械兵は次々に破壊されていく。
しばらくは、カイムの一方的な戦いが続いた。そうしてブレードの斬撃が奥に並んでいた一団を斬り飛ばす。
(やけに手薄いな……)
ドームの奥まで突き進んだカイムは一抹の不安を覚える。それが現実になるよう、機械兵たちは意志があるように後退していく。
嫌な予感のするカイムは逃がすかと追うが、機械兵たちはドーム最奥にあった二つのカプセルの前で、身を盾にするように手を広げた。
「カミノコ コロサセナイ カミノコ マモル」
「さっきからカミノコ、カミノコと……」
なにが入っているか知らないが、ロクでもないものなのは確かだ。空から降ってきたブレードを手に、大きく振りかぶった一撃で機械兵は焼け焦げ吹き飛んだが、
「やけに固いな」
二つのカプセルは微動だにしなかった。どう破壊したものかと見据えるカイムへ、ニオが切羽詰まった声を上げる。
「ちょっとそのカプセルから離れて!」
なに? と振り返ろうとすれば、二つのカプセルが開いた。冷気と共に、なにかの影がある。
「あれはなんだ」
瞬時に飛び退いたカイムへ、ニオは「ヤバいヤバい」と狼狽している。
「なんだか知らないけど、機械兵なんかと比べ物にならないエネルギーだよ!」
「新手か……?」
これまでの戦場渡りで、機械兵以外の敵はいなかった。もし冷気の先にいるのが新たな敵なら、それ相応の対策が必要だ。
「ブレードを俺の前に二本。後ろに十本用意しておけ」
「逃げた方がいいって!」
「どうやら、そうもいかないみたいだ」
冷気が晴れて現れたのは、裸の人間だった。白髪の男女で、人形のように整った顔立ちの二人が目を開くと、カイムを赤い瞳で捉える。
(機械兵に肉と肌を付けた……だけじゃないな)
考えていると、裸の二人は身を屈め、目にも止まらぬ速さで距離を詰めた。
「なにっ」
反応が送れ、目の前に突き刺さっていたブレードを奪われた。
二人はすかさずブレードを振りかざしたが、ギリギリのところで飛び退く。舌打ちをしながら、後方にある二本を引き抜き構える。
(明らかに機械兵ではない。こんな頭を使うこと、奴らには出来ない)
神が創った新しい人類とでもいうのか。身構えるカイムに、二人は飛び掛かってくる。その動き自体は単調であり、なんとか二対一でも反応しきれた。
しかし、時間と共にカイムの動きを先読みするように斬撃を繰り出し、次の攻撃へと続ける。まるで戦いながら成長しているかのように、カイムの攻撃より速く的確な一撃を繰り出してくる。
それが二人同時なので、カイムが片手で受けた斬撃の衝撃から、ブレードを手放してしまう。
「カイム!」
そのまま切り裂かれる寸前に、ニオがマギアライフルを二人へ向けて放った。当然のように躱した二人は、カイムを背に、ニオへ斬りかかる。
不味いと思ってカイムが動くより早くブレードが振り下ろされる。思わず目を閉じたニオだが、
「……止まってる?」
ニオへ振り下ろされた斬撃は、首元スレスレで止まっていた。
「おな、じ……」
「なか、ま……」
二人は歯切れの悪い言葉を発すると、カイムへ向き直った。
なぜかは知らないが、ニオを攻撃しない。とはいえ、カイムへと二人は迫ってくる。すでにカイムの反応を超えた成長に、ため息を一つ吐きだす。
「二対一、それにこの力――今の本気で迎え撃つしかないな」
カイムはマギアを弾くボディアーマーをパージする。カイムの周囲に、弾いていたマギアが濃く集う。浮遊し、ブレードを構えたまま一瞬で詰め寄った。
あまりの速さに対応できなかったのか、二人の構えたブレードは弾かれ、飛んでいく。カイムのブレードも膨大なマギアに崩れたが、拳にマギアを集中させ、男の体をしている方へ振りかぶる。
「ッ!」
顔面を殴られた男は、頬に傷跡を作る。口の中をモゴモゴとし、血を吐き出した。
その隙にもう一発殴ろうとしたが、男の声が拳を止めた。
「おまえ、が、カイム」
喋った。それが、カイムの動きを止める。
「……なぜ知っている」
「かみ、が、おしえ、た」
「神だと……?」
意思の疎通ができて、自分を知っていた。カイムは倒すのではなく、機械兵たちが「カミノコ」と守っていた二人に問いかける。
「……そいつはどこにいる」
押し黙る二人は、やがて口を開きかけたが、
【それ以上語ることを禁ずる】
「!」
【今は退くのだ】
どこからか響くこの声は、カイムが忘れもしないあの声――神の声だ。
「どこだ! どこにいる!」
カイムが怒りの声を上げた。もはや、目の前の二人はどうでもいい。近くに神がいるのなら、すぐにでも殺す。
そう、頭に血が上ったからか、二人が声に従って逃げていくのに気づけない。ニオが必死に呼びかけているのにも気づかない。
ニオが必死に体を揺すり、言葉をぶつけた。
「ちょっと! 誰を探してるのか知らないけど、ドームが崩れ出したよ! このままじゃボクはともかく君は生き埋めだ!」
「俺は! 俺は奴を殺して……!」
「カイム!」
ニオが背伸びをし、カイムの胸倉をつかんだ。
「なんだか知らないけど、生きていないと、その誰かさんを殺すこともできなくなるよ!」
カイムが肩で息をして落ち着くころには、もう神の声はしない。歯を食いしばってブレードを床に叩きつけると、天井へ目をやる。
無理やり武器を投下していたからか、崩れつつある。激しい怒りを無理やり抑え、崩れ落ちるドームから飛び出て行った。
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ドームが完全に崩れ落ち、裸の二人もどこかへ消えた。神の声もどこから聞こえていたのか定かではない。ため息をつき、カイムは頭を押さえて、冷静になろうと意識する。
「……ニオ、さっきの声は聞こえたよな」
「あの偉そうな声でしょ? あれから君がおかしくなったからよく覚えてるよ」
「場所の特定は、無理か」
難しい顔をしたニオがIドロイドを操作するも、ドームの放送を乗っ取ったとしか調べがつかなかった。
「いったいなんなのさ。まだタッグを組んで初日だけど、さっきの君は、ハッキリ言って異常だったよ」
「あの声は……俺が殺す相手だ」
「殺伐としてて何にもわからない返答どーも――詳しく教えてくれないと、手助けもできないよ」
手助け。カイムの戦場渡りにあったようで、今までなかった概念だ。しばし考え、ポツリポツリと話し出した。
「……さっき、お前は知らないところにいたと思ったら、周りは自分のことを知ってる状況にいると言ったな」
肯定するニオへ、一人では難しい問題だと割り切ることにした。
「あの声の主が、俺を無理やり戦場へ送り、無理やり意識を奪い、気が付くとッ!」
戦場渡りのことを話そうとしたら、頭に電撃のような痛みが走る。体中が痙攣し、立っていられなかった。
「どうしたの!」
血相を変えたニオが駆けより、肩を借りて立ち上がる。
「……クソッ!」
ここ数か月で一番の悪態が出る。
(誰かに話すこともダメなのか)
しかし、司令官や別の兵士たちには相談できた。神気取りの誰かにとって、ニオへ話すのは都合が悪いのだろうか。
わからない。ならば、カイムにできることは、
「ニオ、さっきの声の主について調べてくれ」
「いいけど、体は平気なの?」
「……それも調べてくれると助かる」
この体に何かされているのは確かだ。それさえどうにかすれば、問題を根底から解決することもできる。
ふらつきながら、カイムは元来た道を戻る。まずはあの二人について知らせるために。