パートナーとして
明かりのない地下鉄を、カイムとニオが走っていた。スネークが突破されたのに気づくまでたいして時間もかからず、逃げているのだ。
「アンドロイドが後ろから五十体以上来てる! これじゃ、スネークは……」
「お前と同じなら、体がなくてもなんとかなるだろ。今はこの場を切り抜けることを考えろ――こうもマギアが薄いと、俺もたいして力になれん」
「逃げ道に逃げたつもりが、追い込まれてるとはね……」
長年使われていなかった地下鉄池袋駅のホームは、崩落により閉ざされている。次の駅までは当然距離があり、マギアが入ってこられないのだ。
二人は必死に走るが、アンドロイドたちは人間以上の速さで駆けてくる。
「チッ」
ブレードの先端から、後方へ弾丸を数発放つ。暗闇の中で弾けた弾丸は、何発かアンドロイドに命中したようだ。
「ダメだな、威力が低い」
ブレード内部に送り込むマギアが少ないのなら、形成される弾丸も小さくなる。発射もマギア頼りなため、地上と比べて半分ほどしが威力も出ていない。
「ニオ、地上に繋がるのはどこからだ」
走りながらドローンを飛ばしていたニオは、苦虫を噛み潰したような顔で、「この先二駅もホームが崩落している」と答えた。
つまり、五十体ものアンドロイドが迫るというのに、カイムは全力の半分も出せずに立ち向かうことになる。少量ずつマギアを使っても、地下鉄内に流れるマギアがなくなってしまうのは、経験から明らかだ。
(マギアをかき集めて、天上をぶち抜く……流石に足りないか)
あの手この手で考えるも、やはりマギアが少ないのでどうにもならない。牽制のつもりで撃つ弾丸も威力が低下していき、連射もできなくなる。
(とはいえ、それは奴らも同じなはずだ)
アンドロイドたちがマギアライフルやブレードで攻撃してくるのなら、戦う条件は、数以外は同じだ。カイムなら薄いマギアでも、アンドロイド以上の力で戦える。
問題は数だが――カイムはドローンを飛ばすニオへ目をやった。
「機械兵をハッキングできるとか言っていたな」
突然の質問に反応が遅れつつ、ニオは肯定する。
「なら、アンドロイドはどうだ」
ニオはしばし考え、不可能ではないと返す。ただ、
「スネークがやっても、ちょっと時間を稼げただけだから……ボクに、それ以上のことは……」
「一瞬でいい。斬りかかってくるかマギアライフルを構えたアンドロイドを一瞬動けなくすれば、あとは俺がやる」
一瞬の隙を見て斬りかかる。一瞬マギアライフルを撃つのが止まった瞬間に距離を詰める。逃げ道がない以上、戦うしかないのなら、これしかないだろう。
そうと決まれば、迎え撃つまで。二人は追ってくるアンドロイドたちに振り返る。ブレードの刀身には、いつものようなバチバチとした雷こそ纏わせられないが、これでやるしかないのだ。
次第に、瞳を赤く点滅させたアンドロイドたちがぞろぞろと現れる。ブレードを構え、カイムは踏み込んだ。カイムという一人に対し、アンドロイドは五体がブレードを振り上げる。それをニオが止め、切り裂いた。
(懐には飛び込めた……あとは端から切り倒すだけか)
地下鉄は、マギアは薄いが崩落もあり狭い。五十体ものアンドロイドが満足に展開できるはずもなく、一度に相手をするのは、精々十体。これくらいなら、なんとかなる。ニオのハッキングで動きを止めたアンドロイドを切り裂き続ければいい。活路は見えたと、気が緩んだ瞬間のことだった。
「飛んだ?」
後方のアンドロイドが地下鉄内を飛んでいた。マギアが薄く、浮遊するほどの濃度はない。
なぜ飛べたのか。目で追うと、旧式のジェットパックにより飛んでいた。身構えるも、カイムを通り過ぎていく。アンドロイドの狙いは、後方で支援するニオだった。
「小賢しいことを……!」
撃ち落としてやろうと、数えるほどしかない弾丸で狙い撃つ。しかし、後方からは潰えることなく、アンドロイドがニオを狙って飛んでいく。
飛び込んだ懐からニオの元へ駆けよるも、カイムが間に合うことはなく、
「あっ……!」
「ニオ!」
マギアライフルではない。鉛玉が、ニオの胸を撃ち抜いた。血が飛び散り、力なく倒れる。
「このっ……!」
即座に空中のアンドロイドたちは撃ち落とした。そのせいで残弾が尽きたが、まだブレードで戦える。怒りに任せて、カイムは迫りくるアンドロイドたちを切り裂こうとする。だが、アンドロイドたちは、意識を失ったように崩れ落ちた。
なにが起きたのか。カイムは理解できない。
「カ、イム……」
そこへ、ニオの今にも途切れてしまいそうな声が届いた。復讐心に飲まれていたカイムは、ハッとし、ニオの元へ駆けよる。
「ニオ……」
「は、はは……ドジったね……」
その言葉通りだ。撃ち抜かれた胸からの出血は止まらず、もはや止血は間に合わない。
狼狽するカイムへ、ニオはなんとか意識を保ちつつ、「心配ないよ」と口にした。
「いざって時は、君のIドロイドに逃げるって、初日に言ったろう?」
そういえば、そんな話をしていた。ベルトからIドロイドを手に取り、ニオへ見せる。
「窮屈そうだけど……死んだら、お終いだしね……」
ニオの体から力が抜けた。モニターの中に意識を移した時のように、移動したのだろう。カイムは安堵するも、すぐにニオの体が動き出し、口から血を吐き出した。
「あれ……おかしいな……移動、できない……」
「ちょっと待て、それはつまり……」
カイムの頬を冷汗が伝う。ニオも呼吸を荒くして「おかしい、おかしい」と繰り返していた。
「このままだと体が限界で……自我データも崩壊する……」
やがて、ニオはポツリと「死ぬのかな」と言う。カイムは必死に胸からの出血を止めようとしていたが、もうどうにもならない。
「なら、せめて……」
ニオは薄れ行く意識の中で、自らの中に保存しておいた「録音データ」を起動する。
カイムが復讐するにあたり、自分に万が一のことがあった時のために用意しておいたものだ。アダムと話し、突き止めた神の目的について、まとめてある。グッタリとしたニオの口から機械音声が流れた。
『これが再生されているということは、たぶんボクは死にかけている。もしくは死んで、音声だけを発しているんだろうね。聞こえているかな、カイム』
カイムの腕の中にいるニオは、もうまともに喋ることも叶わない。それでも、カイムのため、喉から元気な声がする。
カイムはニオが決死の覚悟で残したのだろう声に、「すまない」とだけ言った。
『ま、どんな生物もいつか死ぬし、機械だって壊れる。ボクも同じだ。だから一人ぼっちになっちゃった君に、伝えるよ。神の目的を』
神の目的。ずっと謎だったことに、カイムはニオを抱き留めながら、いつの間にか聞き入っていた。
『神の目的。それは、マギア環境下で活動可能な強靭な器を造ること。アダムはそのために造られたんだ。いずれは神という一人の人間が、意識を移すための器としてね。これだけ聞くと、なんで君を巻き込んだのかわからないよね』
その通りだ。カイムはずっと、それがわからなかった。ヘイズが言うに、カイムを戦わせたのは神の命令によるもの。神はなぜ戦わせたのか。それをようやく知れると、ニオの声に耳を貸した。
『簡単なようで、難しいことだよ。神はマギアを生み出し、それを操ろうとした。でも、神自身の体がマギアに耐えられなかった。じゃあどうするってなった時、神はマギア環境下で動ける器を欲したんだ。『ポッター』という名のね。ここまではいいとして、そのために、マギア環境下でのデータが必要だったんだ。器にフィードバックさせるためのデータがね。さて、なんとなく理解できたかな? いや、一番重要なことまでは、わからないか』
一番重要なこと。なんだろうか。カイムは考えた。パートナーの死の間際、残してくれた言葉から、推測する。
マギア環境下のデータは人類軍も欲しがっていた。だが神は戦闘データも欲した。それはなぜか。カイムの脳裏にいくつもの考えが浮かぶ。
「戦闘データ……」
それは間違いなく、カイム自身のものだろう。カイムが世界中の戦場渡りをするにあたり、神は自らの造った機械兵をカイムと戦わせた。人類軍もそれに合わせた。
戦場はあらかじめ作られたものであり、そこでの行動すべてが神と人類軍に渡った。
その中で、神が特別視したのが、戦闘データだ。
(器にフィードバックさせるための、戦闘データ……)
そこまで来てようやく、カイムはニオもたどり着いた仮説に届く。カイムを人類軍以上にモルモットとして扱う、神の目的に。
『いいかい? 神の目的はね。君を――』
そこで、ノイズが混ざる。何事かと、カイムはニオを揺すった。
「死ぬなとは言わない……! だがせめて、お前が命を賭して残したことだけは……!」
聞かなくては、ならないのだ。
それが、パートナーとしての、最後の役割。
「ニオ!」
カイムはただ、一人のパートナーのために叫んだ。




