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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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第三十話 黒騎士

更新が空いてしまい、すみません


 怪我人の捕虜は、何グループかに分けて返還が行われた。

 そして、夜になってようやく、最後のグループの返還が終わろうとしている。


 それに合わせて、俺はレクトル方面の城壁に移動していた。


「本当に攻撃してきますかね?」


 捕虜を返した瞬間、レクトルは攻撃してくるという俺の意見に対して、セドリックが疑問を口にする。

 確かにヴォルターは一日待つといった。

 だからヴォルターは明日の朝まで何もしてこないだろう。


 捕虜の受け入れや、後方への移送などやることも多いからだ。

 けれど、レクトルはそうではない。


 ここで攻めることで発生するデメリットは、ウォルターとの関係性に傷が入ることだが、ウォルターはエルトのように自身の名誉を大事にするタイプではない。

 おそらく清濁併せ持つ将だ。


 利を見つければ、良しとするだろうし、もしかしたらレクトルが動くことを期待しているかもしれない。


「まぁ、見てろ。見張りには盾を。守備兵は城壁の後ろに待機してろ。たぶん大量の矢が飛んでくるぞ」

「レイナ様もあなたの案には賛成しているようですし、一応準備はしておきます。しかし、そこまで常識外れな使徒なのですか?」

「その言い回しは不適切だな。使徒は全員、常識外れだ。レクトルもウォルターも。そしてレイナもな」


 まともなら使徒になんてなってない。

 どこかおかしいのが使徒というものだ。


 とくにレクトルに関しては、自分以外の人間を人間と思っていない節があるし、ここでの奇襲を躊躇うとは思えない。


「それには同意しますが、捕虜を返還した敵に奇襲などすれば卑怯者と罵られます」

「卑怯者と罵られても、勝つ。レクトルはそういう奴だ。実際、歴史を作るのは勝者だ。ここで卑怯と言える奇襲をしたところで、勝てばそれでいい。俺たちが間抜けと歴史書に書かれるだけだ」

「レグルスの使徒の方々は大なり小なり、名誉を重んじます。同じ使徒でそこまで違うものでしょうか?」

「違う。使徒の共通点なんて、戦が強い、神威が使える、性格がわがままってところくらいだ。考え方も十人十色。名誉を重んじる奴もいれば、そんなものは犬にでも食わせておけって奴もいる。レクトルは当然、後者だ」


 そう言った瞬間。

 独特の風切り音が俺の耳に届く。


「盾を構えろ!!」


 それは矢が大気を切り裂く音だった。

 少しして、無数の矢がナルヴァ要塞に降りかかった。


「ぐわぁ!?」

「うわぁ!」


 盾で防ぎきれなかった矢が、兵士や騎士の腕や足に刺さる。

 幸い、盾のおかげで致命傷を負った者は見える範囲ではいないようだ。


「怪我人は下がれ! 残りは城壁に登れ! 敵が来るぞ!」


 指示を出しながら、俺は両腰の剣を抜き放つ。

 この攻撃は開幕の一手だ。


 成功しようが失敗しようが、こちらに精神的ダメージを与える。

 奇襲があるかもしれないと思うだけで、守備側には負担なのだ。


 レクトルも初手で要塞を落とせるとは思ってはいないだろう。

 だが、奴のことだ。


 自分の力を誇示するために、それなりに強力な部隊で奇襲してくるはず。

 油断して雪崩れ込まれれば、取り返しのつかない損害を与えられるかもしれない。


「急げ!!」


 夜の闇に乗じて、接近していたのか、いくつかの場所に長梯子が掛けられる。

 速いことで。一日かけて準備をしていたに違いない。


 向かってくるのも精鋭。

 城壁にはまだ兵たちが揃いきっていない。


 だが。


「この状況で返り討ちにできれば、士気も高まるか……」


 今回の守備軍は騎士と兵士の合同軍だ。

 当然、騎士たちの士気は高いが、兵士はどうしても劣る。


 敵に使徒が二人もいると聞けば、誰だってそうなる。

 そんな兵士を後押しできれば、今後の戦いは有利に運べる。


「迎え撃て!!」


 猛烈な速さで梯子を登ってくる敵を見ながら、俺はそう檄を飛ばした。




◇◇◇




 奇襲部隊は狂戦士だった。

 ただ、俺の知っている狂戦士とは少し違う。


 やや知性のある動きを見せている。

 味方と連携したり、弱い敵を狙ったり。


 それでも動きは直線的だし、普通の人間から見れば、とても理性的とはいないけれど。


「狩りをする獣ってところか……!」


 二対一で俺に向かってきたマグドリアの兵士を、左右の剣で捌いていく。

 すでに強化は使っているが、二対一だとやはり防戦に回らざるをえない。


 ただ強大な力を振り回していた従来の狂戦士とは一線を画する。


 魔族ほどの圧倒的な感じはないが、それに近い者を感じる。

 考えられる要因は二つ。


 一つはレクトルの神威が進化したという点。

 十分ありえるというか、ほぼ間違いなく進化はしているはずだ。


 ただ、その効果というにはやや弱い。

 もう一つは魔族のように狂化への耐性がある兵士を集めたか。


 どこの国も使徒の下には直轄軍を置いている。

 使徒の素早い行軍、指示などに対応するためだが、それとは別に、使徒の神威による独特な戦法に慣れるためだ。


 エルトの突撃にしろ、レイナの風を操った上での遠距離攻撃も、単独では成立しない。

 エルトについていく騎士が必要であり、レイナの後ろから弓を射る騎士が必要となる。


 それと同じような形で、マグドリアは狂化に耐性を持つ兵士をレクトルの軍に集めたのかもしれない。


 そうなってくると厄介だ。

 目の前の兵士は二人でも十分手ごわい。

 こんなのがわんさか出てきたら、押し切られてしまうかもしれない。


「仕方ないか……強化、二倍」


 強化の段階を引き上げて、目の前の二人の剣を左右の剣で受け止める。

 そのまま力任せに押し返し、体勢が崩れた瞬間を逃さず、二人の首を刎ねる。


「小隊単位で戦え! 間違っても同数で戦うな! 数の利を生かせ!」


 乗り込んできた部隊はせいぜい数百人。

 一方、こちらの兵士の数は二千を超える。


 数の利を生かせば、負けはない。

 ただし、敵も押し切れるとは思ってはいない。


 頃合いを見て撤退の合図が出るだろう。

 それまでに犠牲者をできるだけ出さないようにしたい。


 そのためにも、俺ができるだけ積極的に戦い、敵を引き付けるようにしたい。


 しかし。


 俺はその場から動くことができなかった。


 マグドリアの兵士たちが身に着ける鎧は、どれも均一の鎧だ。

 しかし、その中で異質な輝きを放つ黒い鎧を着た騎士が俺の前に立ちふさがった。


 顔はフルフェイスの兜で隠れており、見ることはできないが、立ち振る舞いでわかる。

 こいつは強い。


 右手に握られているのは真っ黒の刀身の大剣。

 どう見ても魔剣だ。


「……ユウヤ・クロスフォード」


 くぐもった声が兜の奥から漏れてきた。

 黒い鎧の騎士で、俺の名を知っているというなら、間違いなくマグドリア黒騎士団の関係者だろう。


 ただ、ヘムズ平原の戦いで団長であるラインハルトをはじめとした主だった者を失い、黒騎士団は再建不能となり、解散となったと聞く。


 となると、黒騎士団がこの戦いに参戦しているというよりは、こいつが個人的にレクトルに仕えているとみるべきか。


「黒騎士団の生き残りか?」

「……そんなところだ。私は最後の黒騎士。ゆえにユウヤ・クロスフォードの首を取らねばならない。死んでいった者への手向けとして」

「はい、そうですかと渡せるほど安くはない」

「だろうな。では、力づくで奪わせてもらう!」


 そう言って黒騎士は一瞬で俺との距離と詰めてきた。

 兜を含めて、フル装備の防具でなんて速さだ。


 それに、大剣が俺の首に迫っていた。

 とっさに両手の剣で受け止めるが、腕には強いしびれが走る。


「っ!!」

「……ふん!」


 一瞬、力と力が均衡するが、結果は俺が弾かれるというものだった。

 まさか二倍の強化で力負けするなんて。


 驚きを感じつつ、体勢を立て直す。

 速さと力を兼ね備えた騎士。

 しかも大剣を自由自在に扱える技量も持ち合わせている。


 こんな奴がまだいたとは。


「お前のような奴がいれば、黒騎士団も再建できるだろうに。なぜレクトルの下にいる?」

「黒騎士団は敗北した。そして私も。あのヘムズ平原で、アルシオンの銀十字に。その敗北の屈辱を拭わねば……何も前には進まない」

「そうかい。ならもう一度、敗北を味合わせてやるよ!」


 今度は俺から距離を詰める。

 敵の獲物は大剣。


 さきほどの技量を見るに、接近すれば大丈夫なんていう安易な考えは捨てるべきだが、大剣の間合いで戦うのも論外だ。


 こちらは二本で向こうは一本。

 手数の差で攻めて、突破口を見つける。


 右、左、右。


 左右の連撃を浴びせるが、黒騎士は面白いように一本の大剣で受けていく。

 この数合でわかる。おそらく単純な剣の腕だけでは向こうのほうが上だ。


「ちっ!」


 ただし、剣の腕だけでは勝負は決まらない。


 右手の剣が止められる。

 その隙をついて、左の剣を逆手に持ち替えて、下から切り上げる。


 意表をついた攻撃だ。

 しかし、黒騎士は驚くべき行動に出た。


 剣を掴んだのだ。

 左の剣はレッドベリル。


 刀身を掴んだりすれば、籠手に守られていても無事では済まないだろう。


「なっ!?」

「甘い!」


 意表をついたつもりが、意表を突かれる。

 右手の剣が弾かれて、大剣が俺に迫る。


 レッドベリルを掴まれているため、下がることもできない。

 だから、俺は無理やり右足を跳ね上げた。


 曲芸じみた動き、大剣の軌道を無理やり変える。

 そのまま、レッドベリルから手を放し、空中で一回転。


 右手の剣で黒騎士の隙を狙う。

 だが、黒騎士はレッドベリルを放して、俺から距離を取った。


「……いい腕だ」

「そっちもな」


 落ちたレッドべリルを足で跳ね上げ、左手でキャッチする。

 そしてしばらくにらみ合いが続く。


 しかし、それは敵の陣地から聞こえてきた角笛の音で遮られる。

 撤退の合図だろう。


「……勝負は預けよう」

「いいだろう。あんたの名は?」

「……ルーザーとでも呼んでもらおう。もちろん、仮の名だが」


 そう言ってルーザーは奇襲部隊と共に悠々と退いて行った。

 後に残されたのは、敵の奇襲でやられたこちらの兵士の死体だった。


 それもかなりの数だ。

 初戦は向こうに軍配が上がったといったところだろう。


 俺がルーザーに抑え込まれたからだ。


「……また黒い騎士が立ちはだかるのか……」


 小さくため息を吐きながら、俺は剣を鞘に収めた。

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