前編
私には婚約者がいた。
三つ年上の彼ランディリーは冷たい目つきが特徴的な青年。
しかし彼がそういう目つきをしているのは私に対してだけなのだと気づくことになる――そう、彼は、私ではない女性を愛していた。
浮気相手である女性フィリアの前での彼は紳士だった。
フィリアと共に過ごしている時のランディリーは、私に接している時のランディリーと同じ人物だとは到底思えないほど凛々しくも優しい表情を浮かべている。
……そしてついにその時がやって来た。
「ガーベラ、貴様との婚約は破棄とする」
ある夜、珍しく向こうから会いたいと言ってきて、嫌な予感はしたけれど応じた。すると彼はフィリアと二人でやって来て。まるで恋人であるかのような腕の絡め方をしながら私の前に現れた彼は、少しばかり低い圧をかけるような声でそう宣言してきたのだった。
「ごめんなさいねぇ、奪うみたいになっちゃってぇ」
「フィリアさん……でしたっけ」
「ええそうよ! 覚えていてくれてありがとう! でも、もう二度と会うことはないから。忘れてしまって大丈夫よ!」
フィリアは笑顔で言葉を発する。そして片手を前へ出した。何をしているのだろう、と思ったのも束の間、彼女の手のひらから光の球体が現れる。
「だってもう、明日はないんだもの!」
光を球体をこちらに向けて飛ばしてくる。
避ける間なんてなくて。
気づけば私はそれに直撃されていた。
そうして命を落とした。
「あっさりあの世に逝ったわね!」
「作戦通りだな」
「これで言いふらされる危険はなくなったってことよね。さすがランディリー、名案だったわ」
「そうだろうそうだろう」
「ランディリーったら、もー、悪すぎるけど有能なんだからぁ」
口封じのために殺されたの? そんなことのために? ……そもそも私が何をしたというのか。ただ彼と婚約していただけ、それ以外には何もなかった。なのに死ななければいけなかったのか? しかもこんな不意打ちのような状況で、両親にさよならも言えないままで? 酷すぎる。でも……それが彼らの作戦だったのだろう。自分たちにとって都合の悪い話をする人間は消す、彼らの思考はそういうものだったのだろう。
◆
思わぬ形で落命した私は、気づけば、絵本のような世界に倒れていた。
なにこれ……、と戸惑いつつも、ゆっくり上半身を起こし辺りを見回す。
キノコの椅子が幾つか横並びに置かれていたり、空がところどころ虹色だったり、不思議な世界。
少なくとも私が生まれ育った世界ではないなとすぐに理解することができた。
だが、だとすれば、ここはどういう世界なのだろう?
――そう思っていた時だ。
「いらっしゃーい」
「いらっしゃしゃーい」
「いらっしゃしゃぃーっん」
木の陰から歌いながら妖精数匹が出てきた。
彼らは皆筋肉の鎧を身に着けていて。
女性のような見た目ではなく男性のような見た目であった。
焼き鳥のような色をした肌は艶やかだ。
気づけば取り囲まれていた。
「貴女は我々の女神さまに選ばれました~」
その中の一匹は、ふくよかな姿をしていて、いつだったかに一瞬見たことがある力士という職の人に似ている。
「え……」
「ですので~、これからは、我らフェアリリン族の女神さまとなってもらいますよ~。よろしくお願いします~」
力士のような妖精はそんな風に軽い挨拶を済ませると、数回四股を踏み、それから「ゴッッッッツァントミセカケミセカケフェアリー!」とよく分からない呪文を唱えた。
すると私の傍に豪華な椅子が一つ出現する。
「そちらにお座りください~」
こうして私は妖精たちの国で女神として生きることとなったのだった。




