6 青年ヘイズ
次にハイディは、平民の青年ヘイズに目を留める。
慎重に調査を重ね、確信を得たうえで声をかけた。
ヘイズは元々ウィート伯爵家の従者だった。
そして彼の父は、前当主の代からウィート伯爵家に仕える執事だった。
しかしある日、ヘイズの父は横領の罪で伯爵家を解雇されてしまう。
父とともに息子のヘイズも伯爵家を追い出され、親子は路頭に迷うことになる。
しかしヘイズの父は無実だった。
不審な金の流れが見つかり調査したところ、ウィート伯爵が自らの投資で失敗した多額の負債を隠していたことが判明し、伯爵に事実を追求するとあろうことか罪をなすりつけられ、解雇されたのだった。
信頼していた伯爵家からの裏切りによって、真面目だったヘイズの父は自暴自棄になり酒に溺れた。
その後、体を壊し無念の死を遂げる。
「ウィート伯爵家は代々、領地内の教会や孤児院に多くの寄付をしていました。しかしあの男は、父親の前当主が亡くなり自分が当主の座に就いたのをいいことに、いつしかその金にまで手をつけ、毎年少しずつ寄付金を減らした分、自分の投資や賭博に回していたのです」
そう言って、ヘイズは苦々しげに拳を握り締めた。
数年前、ハイディの仲介により、マーベル夫人とヘイズが対面を果たした日のことだ。
向かいに座るマーベル夫人はそっと手を伸ばし、怒りで震えるヘイズの拳に触れた。
ヘイズは夫人の優しさに視線で感謝を述べ、言葉を続ける。
「気づいた父がまさかと思いながらもウィート伯爵に尋ねると、『ああ、そのことか。じつは建物修繕などの大きな入り用がないから、少しくらい減らしてもいいと孤児院側から申し出があったのだ』とさらりと言ってのけました。不審に思った父が教会や孤児院に確認したところ、みな口々に伯爵から、『不作で税収が減っている、今までと同じだけの寄付が難しくなってしまった。私が不甲斐ないばかりですまないが今しばらく堪えてほしい』と鎮痛な面持ちで打ち明けられ、協力しなければと思っていたと言うのです」
「まあ、何てことを……」
信仰深いマーベル夫人は唇を震わせる。
ハイディはふたりの様子を見守りながら、ヘイズの言葉に耳を傾け続ける。
「それは氷山の一角に過ぎませんでした。年を追うごとにあの男の金遣いは荒くなり、借金は膨れ上がる一方で、それを何とかしようと父は進言を繰り返していました。同時に、領地内への影響を最小限に押し留めるべく奔走していたところ、あの男は突然、父に罪をなすりつけて解雇に追いやりました。父は元々仕えていた先代へのご恩もあり、あの男に当主としての責務を自覚してほしいと願っていたんだと思います。だがそんな父の思いすら、疎ましいとしか感じなかったのでしょうね……」
ヘイズは自嘲する笑みを浮かべたあと、ぐっと眉間のしわを深くした。
「でもそれ以上に許せないのは私自身です! 私は伯爵家を追い出されるまで、あの男の本当の姿に気づきもしなかった……!」
ヘイズは振り上げた拳で、自身の太ももをダンッと叩く。直後、ハッと意識を戻し、気まずげに居住まいを正した。
「申し訳ありません、少々取り乱しました……」
「……みなそうですわ」
ハイディはそっと息を吐き、感情を抑えるように言う。
時折、祖母を訪ねて来ていたウィート伯爵は紳士でとても気さくな人物だった。ときに冗談を口にして、ハイディを笑わせることもあった。
彼は母にだって好意的に接していた。見る目がなかったと言われればそれまでだが、悔しいくらいにウィート伯爵の狡猾な内面に気づく者はほとんどいなかった。
「ええ、ハイディさまの言うとおりですわ。わたくしも娘のことがなければ、ウィート伯爵は噂で聞くとおり英雄の名に恥じない、なんと正義感に溢れた高潔な紳士だろうとずっと思っておりましたもの……」
マーベル夫人は自分の愚かさを認める苦しげな笑みをこぼしたあとで、唇をキュッと噛み締めた。
ハイディがマーベル夫人の肩にそっと手を添えると、彼女はふっと体の強張りを解く。
ヘイズは嫌悪感を滲ませ、さらに続ける。
「あの第二次アガスタン戦争での栄光も偶然の手柄です。異国の姫君を助けたのも自らの失態を隠すため……。誇り高き英雄がじつは虚栄心と保身の塊だと知る者は、おそらく私の父くらいしかいなかったのではないでしょうか。私ですら、自分の父の言葉にもかかわらず、酒に溺れた者の虚言だと取り合うことすらしませんでした。伯爵家を追い出されたあと、父が罪を犯すはずがないと思いながらも、あのウィート伯爵が父に罪をなすりつけることもない、何かの間違いだとずっと信じていました。でも真っ先に疑うべきはあの男だったのに──っ!」
ハイディはヘイズの気持ちが痛いほど理解できた。
ウィート伯爵家の執事だったヘイズの父は、ハイディが調べきれなかった事実を数多く知っていた。
伯爵が英雄だともてはやされるようになった、『第二次アガスタン戦争』。
そこで敵の猛将を討ち取った話の真相は、偶然流れ弾に当たった敵将が目の前で倒れた事実を、ウィート伯爵が自分が討ち取ったと言い、自分の手柄にしただけだった。
異国の姫君の暴走した馬車は、本来ウィート伯爵が目の敵にしていた人物が乗る予定だった。馬に細工をし、亡き者にしようと企んでいたのだ。
しかしそこへ我が国を訪れていた姫君が通りがかり、目の敵にしていた人物が向かっている領地に興味を抱いた姫君は、その馬車への同乗を望まれた。そして馬車が暴走──。異国の姫にもしものことがあれば、戦争に発展しかねない大惨事になる。焦った伯爵は事実を揉み消そうと、必死で姫を助けた。
その結果、英雄としての名が高まっただけの話だった。
次から次に出てくる事実に、ハイディは胸を掻きむしりたくなるほどだった。
貴族としての誇りと矜持を持ちあわせていないばかりか、高潔さや慈悲の欠片もない。
クズな人間の本性がそこにはあった。
「声をかけていただき感謝申し上げます、ハイディさま」
ひとしきり話を終えたあとで、ヘイズは椅子から立ち上がりその場で膝をつき、胸に手を当てて言った。
「私は父の汚名を晴らしたい。そのためならどんなことでも厭いません」
その言葉に対し、ハイディは鋭い眼差しで確固として頷く。
「ええ、わたしも元よりそのつもりですわ」
こうして三人は志をともにするようになった。
数年前のことだ。
それからウィート伯爵への復讐計画を緻密に立て、そして昨夜ついに叶ったのだ──。






