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2.永貴妃の依頼(2)


 永貴妃が去った後、入れ直した茶を持ってきたのは藍玉(らんぎょく)だった。藍玉は部屋の隅にいたのでこの話を聞いている。落ち着かない様子で聞いた。


「あの話、引き受けてよろしかったんでしょうか」


 藍玉が言いたいことはよくわかる。第四皇子と親しくしておきながら第二皇子の依頼を受けるのはいかがなものかと考えているのだろう。紅妍は几を睨みつけたまま言った。逡巡の末に出した結論だと示すように硬い面持ちである。


「鬼霊が絡んでいるならわたしが出るしかないと思う」

「確かに、鬼霊を祓えるのは華妃様と秀礼様だけですが」

「秀礼様に頼みたくないというのなら、わたししかいない」


 それは自らに言い聞かせるようなひと言だった。紅妍自身もいまだ悩んでいる。

 藍玉は物憂げに息をつく。


「華妃様はご存じないかもしれませんが、永貴妃様と秀礼様はよい仲と言い難いのです。特に永貴妃様は秀礼様を快く思っていないと聞きます」


 永貴妃は融勒の生母である。融勒が次期皇帝になれば永貴妃は太后になるのだ。彼女にとって秀礼は目の敵だろう。


「まして秀礼様は宝剣に選ばれていますから」


 藍玉が言った。宝剣は永貴妃も語っていた。紅妍はそれを鬼霊を斬り捨てる剣だと思っていたが、永貴妃や藍玉の語りを聞くとどうもそれだけとは思えない。


(宝剣には、わたしの知らないものがたくさんあるのかもしれない)


 第二皇子の融勒が鬼霊を祓えないことから彼は宝剣を所持していないのだろう。それによる鬼霊祓いも好まないと永貴妃が話していた。


「それにしても、鬼霊の妃というのは随分失礼な物言いですね」


 呆れたように藍玉が言う。これには紅妍も苦笑した。


「痩せぎすで血色も悪い華妃様といえ鬼霊は失礼でしょう」

「藍玉も随分な語りようをしているけれど」

「あら。これは本当ですよ。華妃様はもっと食べて、体に力を蓄えるべきです」


 そうは言われても。こう見えて冬花宮にきてからの紅妍は良く食べている。里にいた頃と比べて食事は美味しく、量も多い。たびたび甘味や果物が出てくるので甘い物を好むようになったほどだ。

 目の前で華仙術を使っても藍玉の態度はいままでと変わらない。むしろ日に日に親しさが増していく気がしている。紅妍は藍玉の様子を伺った。永貴妃に告げられた悪評はいまも頭に残っていた。


「……藍玉も、わたしが不気味だと思う?」


 紅妍が訊いた。

 これに藍玉は驚いた様子で紅妍を見る。しばし目を瞬かせた後、からからと笑いだした。


「まさか! どこが不気味でしょう。花を用いる術なんて美しいじゃあないですか。それに鬼霊を祓ってくださるなんてありがたいことです」


 それに、と藍玉が続ける。視線は窓の先にある庭の方へ向けられていた。


「冬花宮の者はみな華妃様を慕っていますよ。特に霹児(へきじ)なんて、華妃様のためにと毎日楽しそうに仕事をしています」


 庭には霹児の姿があった。霹児は秋芳(しゅうほう)(きゅう)の宮女だったが、(よう)()を殺めた宮女長に脅されて郷里に戻っていた。彼女としては宮勤めをして家族らを食べさせていきたかったのである。秋芳宮の一件の後、紅妍は霹児を呼んだ。放っておけないと考えた末の提案だったが、これに藍玉は随分と喜んでいた。霹児の境遇を哀れに思っていたのだろう。

 いまや霹児は冬花宮に勤めている。庭手入れや(くりや)を手伝っているようだ。あれから何度も姿を見ているが元気そうにしている。秋芳宮に呼んだ時の(やつ)れて、泣き崩れた姿を思えばよい変化だった。


「霹児は、楊妃様を救ってくださった華妃様に感謝していますよ。毎日楽しそうに華妃様の話をするのでこちらが参るほどです」


 視線に気づいたらしい霹児がこちらを見た。礼をした後、微笑んでいる。

 藍玉の話を聞く限り、冬花宮の者たちは紅妍を疎んじていないようだ。それは藍玉がうまく立ち回っていることもあるのだろう。ここは華妃を気味悪がっていないのだと知れば、胸のうちに巣くっていたもやが晴れたような気がした。疎んじられるのは仕方の無いことだと諦めていたくせに、安堵してしまう。荒んだ心が凪いだ。


「この後はどうされます?」

「さっそく最禮宮に行ってみようと思う。瓊花(たまばな)のことも調べたいと思っていたからちょうどいい」


 最禮宮は第二皇子の融勒が住まう宮である。近くまで寄って鬼霊の気配を確かめておきたい。

 それとは別に瓊花のことも気にかけていた。秋芳宮の宮女長は協力者は鬼霊だと話し、瓊花を吐いて死んだ。本来は考えられない死に方である。こういった不自然な死に方をするのは呪術や鬼霊と考えて間違いはないだろう。


(どこかに瓊花の鬼霊がいるはずだ)


 瓊花が咲き誇る季は終わろうとしている。だが花はなくとも木は残る。周辺に花があればそれの記憶を詠めばいい。


「わかりました。では支度をしますね」

「それから震礼宮に文を出す――この件は秀礼様の耳に入れておいた方がいいと思う」

「ええ。そのように」


 藍玉は文の用意をするため部屋を出て行く。文を出した後は後宮の散策だ。支度しなければと考えながら紅妍は深く息を吐いた。

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